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Night.1-7
しおりを挟む「酷え……痛え……」
枕がクリーンヒットした顔を両手で押さえ、しゃがみ込んだ敦が呻いている。
「酷くね……いやさすがに酷くね……物投げるとか……」
ぶつぶつ言っている背中。
東はずんずん進むと枕を拾い直しもう一度打撃を食らわす。
敦は、ぎゃっと悲鳴を上げ、顔を覆ったまま丸くなった。
「エーンエーンお母さ~ん!!」
「何、故、ここにいる……!?」
息を切らせた東は、枕を握り締め、振り上げた。応答によっては手荒に追い返してやる。
「待って待って!タンマ!弁明の余地を下さい!」
「良かろう」
ぜえぜえと息の下で答えると、敦は頭を庇う腕を下ろしへたり込んだ。
「……昨日の今日じゃん。羽鳥さんが?なんか気まぐれ起こして?知らない内にふらっと死んじゃったら~とか思ったら、怖えし寝れねえしで、とりま缶とか片付けて、あ、聞いて、風呂も洗っといたの」
褒められたがりの子供のような顔に、東は何だか馬鹿馬鹿しくなって腕を下ろした。枕をベッドに放り、フローリングに座り込んでいる敦に視線を合わせてしゃがむ。
「心配かけて悪かったな」
確かに、自分が昨夜関わった人間が、別れた後に死んだと思うと後味が悪い。
一晩時間を置いたせいか、やけに頭がすっきりしていた。今しか死ねない、といった焦りも跡形もなく消え失せている。
「もう大丈夫だ」
敦は眉をひそめた。言葉に説得力がないのは仕方がない。いっときは男に身体を預けてでも死のうとしていたのだ。
溜め息と共に、立ち上がりつつ軽く敦の頭を撫でる。
未成年か成人かも危うい子供に、なんて顔をさせているんだ。
苦笑と欠伸を漏らし、洗面所へ向かった。
歯を磨き、洗顔を済ませ、リビングへ戻ると、寝ぼけ眼では見えなかった部屋の全貌が視界に入った。
そこかしこに散らかしていた空き缶は見当たらず、結局飲み切ることのなかった大量の缶もない。
使い古したラグマットの姿を探すと、ベランダにかけられているのを見つけた。
自分がぐうすか寝こけている真横で甲斐甲斐しく面倒な自殺未遂の酔っ払いの部屋を片付けてくれている姿を想像し、居た堪れなさと罪悪感が東を苦く笑わせた。
「うっわ!」
小型の冷蔵庫を開いた敦が、悲鳴を上げた。直後、ゲラゲラ笑い出す。腹を抱え兼ねない勢いに、東は首を傾げた。
そんなに面白い物など、冷蔵庫に入れた覚えはない。
事実上、肩越しに見える中身はウコン入り飲料とコーヒーのニリットルボトル、エナジードリンクと栄養ドリンクくらいだ。
あとは確か冷凍室に冷凍食品のチャーハンが残っていた気がする。
振り返った敦は、目尻に涙を浮かべていまだに笑っていた。
「物、ねぇじゃん!」
あるだろ。少しムッとする。
「あずまさん妖精かなんかなん!?お花の蜜吸って生きてんのかよ!」
「煩いな。ひとり暮らしの男の冷蔵庫なんてそんなモンだろ」
……そんなモンのはずだ。
一抹の不安を覚えるが、ここは自信を持っておかないといけない気がし、胸を張る。
それを見た敦は再びツボにはまったらしく、今度こそうずくまって笑いこける。
「そこ自信持つとこかよ……っ!ヒィッ!」
引き笑いに転じるのを呆れて物も言えずに眺めていると、唐突に笑い声が止んだ。
「いや死ぬわ!食って!食べて下さい!」
物凄い勢いで上げられた顔と真剣そのものな表情、声音に、呆けていた東の肩が跳ねる。
敦は冷蔵庫を仇のように睨むと閉め、決然とした顔つきで立ち上がった。テーブルの下に置いていたパーカーを引っ掴むと立ち上がる。
「ちょっとコンビニ行って来るわ。あずまさんはゆっくりしてて」
止める間もなく、Uターンし玄関へ向かってしまう。慌ててその背中を追うと、既に玄関でスニーカーをの紐を結んでいた。例の赤いハイカットのシューズだ。
明るい栗色の髪と、ラフなパーカー、細身のジーンズ、ハイカットのシューズがやけに様になっている。若さだろうか。
自身もそう年かさでもないのにそんなことを考えていると、スニーカーを履き終えた敦はすらりと立った。
「んじゃ、あずまさん、ごゆっくり」
「……ん」
朗らかながら有無を言わさぬ笑顔を向けられ、すっかりペースに載せられた東は渋々頷いた。
「……?」
腕をさすりながらリビングへ引き返しかけ、足を違和感に止める。
何かが引っかかる。
あずまさん、と呼びかける声が脳裏に蘇り、堪らずドアを振り返った。
「……何で名前知ってんだよ!!」
今時のストーカーは侮れない。
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