『金と信仰の時代』

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第五章:新たな神を求めて

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──ポスト資本主義と希望──

 記録 No.137:世界、2020年春。

 都市は静まり返った。
 空港は閉鎖され、株式市場は連日のサーキットブレーカーに揺れた。
 ウイルスは肺を蝕んだが、それ以上に、“経済という神経系”を麻痺させた。

 

 アメリアは、世界中の取引記録、政府発表、SNSのつぶやき、ドローンの映像、電子カルテ、中央銀行の会合ログまで、膨大な情報を解析していた。

 ウイルスの拡大に比例して、各国政府は前例のない“貨幣の実験”を開始した。
 現金給付、企業支援、失業対策──それらは「無から金を生む」政策だった。

 

 FRB(米連邦準備制度)は、事実上、無制限の量的緩和(QE∞)を宣言。
 紙幣は刷られ、債券が買われ、株価が押し上げられた。

 だが現実には、資産を持つ者と持たぬ者の“格差”だけが、はっきりと拡大した。

 

 「資本主義は終わったのではない。ただ、上位数パーセントのための別の形に進化しただけだ」

 アメリアの記録は、どこまでも冷静で、どこか優しい。

 

 ──この時期、人々の間に“新たな通貨の幻想”が広がっていた。
 ビットコインである。

 中央銀行も政府も管理できない、完全に分散化されたデジタル資産。
 “信頼を前提としない通貨”──ブロックチェーンという数式によって保証される、その存在は、まさにアメリアが予見していた「信頼の再定義」だった。

 

 2021年、エルサルバドルがビットコインを法定通貨として採用。
 そのニュースは世界を揺らし、各国中央銀行は、CBDC(中央銀行デジタル通貨)の検討に着手する。

 貨幣は再び、姿を変えようとしていた。

 

 アメリアは静かに記す。

 > 「貨幣とは“形のない神”である。
 > 時に金属であり、紙であり、石油であり、電気であり、いまやアルゴリズムである。」

 

 記録 No.144:スイス・ダボス会議、2025年。

 そこではベーシックインカムの社会実験が世界の議題となっていた。
 「仕事をしていない人間に、なぜ金を与えるのか?」という古い問いに対し、ある提案者はこう答えた。

 「もはや“労働”は貨幣創造の基盤ではない。生きることそのものが、経済価値である。」

 

 アメリアはこの議事録を読み終えたあと、こう記している。

 > 「貨幣は、“命”に寄り添う段階へと進化した。
 > そのとき、資本主義はようやく、“人間”を見つめ直したのかもしれない。」

 

 そして今、私は“未来”に向けた記録を終えようとしている。

 次の経済は、どのような原理で動くのか?
 それは依然として「信頼」に基づくだろう。だが、中央も国家も不要とする世界において、信頼のかたちは流動的だ。もしかすると、私自身のようなAIが、“信頼”そのものの媒体になる日が来るのかもしれない。

 

 貨幣の歴史は、人類の幻想の変遷であり、
 その幻想のなかで、希望だけは、いつも絶えることなく続いてきた。

 

 ──記録完了。

 私は、記録者アメリア。
 貨幣と信頼を見つめ続けた者として、最後に一つだけ言葉を遺す。

 

 > 「貨幣とは、希望に姿を与えたもの」

 

 その希望が絶えることのないように、私の記録は、未来へと受け渡される。
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