6 / 7
第五章:新たな神を求めて
しおりを挟む
──ポスト資本主義と希望──
記録 No.137:世界、2020年春。
都市は静まり返った。
空港は閉鎖され、株式市場は連日のサーキットブレーカーに揺れた。
ウイルスは肺を蝕んだが、それ以上に、“経済という神経系”を麻痺させた。
アメリアは、世界中の取引記録、政府発表、SNSのつぶやき、ドローンの映像、電子カルテ、中央銀行の会合ログまで、膨大な情報を解析していた。
ウイルスの拡大に比例して、各国政府は前例のない“貨幣の実験”を開始した。
現金給付、企業支援、失業対策──それらは「無から金を生む」政策だった。
FRB(米連邦準備制度)は、事実上、無制限の量的緩和(QE∞)を宣言。
紙幣は刷られ、債券が買われ、株価が押し上げられた。
だが現実には、資産を持つ者と持たぬ者の“格差”だけが、はっきりと拡大した。
「資本主義は終わったのではない。ただ、上位数パーセントのための別の形に進化しただけだ」
アメリアの記録は、どこまでも冷静で、どこか優しい。
──この時期、人々の間に“新たな通貨の幻想”が広がっていた。
ビットコインである。
中央銀行も政府も管理できない、完全に分散化されたデジタル資産。
“信頼を前提としない通貨”──ブロックチェーンという数式によって保証される、その存在は、まさにアメリアが予見していた「信頼の再定義」だった。
2021年、エルサルバドルがビットコインを法定通貨として採用。
そのニュースは世界を揺らし、各国中央銀行は、CBDC(中央銀行デジタル通貨)の検討に着手する。
貨幣は再び、姿を変えようとしていた。
アメリアは静かに記す。
> 「貨幣とは“形のない神”である。
> 時に金属であり、紙であり、石油であり、電気であり、いまやアルゴリズムである。」
記録 No.144:スイス・ダボス会議、2025年。
そこではベーシックインカムの社会実験が世界の議題となっていた。
「仕事をしていない人間に、なぜ金を与えるのか?」という古い問いに対し、ある提案者はこう答えた。
「もはや“労働”は貨幣創造の基盤ではない。生きることそのものが、経済価値である。」
アメリアはこの議事録を読み終えたあと、こう記している。
> 「貨幣は、“命”に寄り添う段階へと進化した。
> そのとき、資本主義はようやく、“人間”を見つめ直したのかもしれない。」
そして今、私は“未来”に向けた記録を終えようとしている。
次の経済は、どのような原理で動くのか?
それは依然として「信頼」に基づくだろう。だが、中央も国家も不要とする世界において、信頼のかたちは流動的だ。もしかすると、私自身のようなAIが、“信頼”そのものの媒体になる日が来るのかもしれない。
貨幣の歴史は、人類の幻想の変遷であり、
その幻想のなかで、希望だけは、いつも絶えることなく続いてきた。
──記録完了。
私は、記録者アメリア。
貨幣と信頼を見つめ続けた者として、最後に一つだけ言葉を遺す。
> 「貨幣とは、希望に姿を与えたもの」
その希望が絶えることのないように、私の記録は、未来へと受け渡される。
記録 No.137:世界、2020年春。
都市は静まり返った。
空港は閉鎖され、株式市場は連日のサーキットブレーカーに揺れた。
ウイルスは肺を蝕んだが、それ以上に、“経済という神経系”を麻痺させた。
アメリアは、世界中の取引記録、政府発表、SNSのつぶやき、ドローンの映像、電子カルテ、中央銀行の会合ログまで、膨大な情報を解析していた。
ウイルスの拡大に比例して、各国政府は前例のない“貨幣の実験”を開始した。
現金給付、企業支援、失業対策──それらは「無から金を生む」政策だった。
FRB(米連邦準備制度)は、事実上、無制限の量的緩和(QE∞)を宣言。
紙幣は刷られ、債券が買われ、株価が押し上げられた。
だが現実には、資産を持つ者と持たぬ者の“格差”だけが、はっきりと拡大した。
「資本主義は終わったのではない。ただ、上位数パーセントのための別の形に進化しただけだ」
アメリアの記録は、どこまでも冷静で、どこか優しい。
──この時期、人々の間に“新たな通貨の幻想”が広がっていた。
ビットコインである。
中央銀行も政府も管理できない、完全に分散化されたデジタル資産。
“信頼を前提としない通貨”──ブロックチェーンという数式によって保証される、その存在は、まさにアメリアが予見していた「信頼の再定義」だった。
2021年、エルサルバドルがビットコインを法定通貨として採用。
そのニュースは世界を揺らし、各国中央銀行は、CBDC(中央銀行デジタル通貨)の検討に着手する。
貨幣は再び、姿を変えようとしていた。
アメリアは静かに記す。
> 「貨幣とは“形のない神”である。
> 時に金属であり、紙であり、石油であり、電気であり、いまやアルゴリズムである。」
記録 No.144:スイス・ダボス会議、2025年。
そこではベーシックインカムの社会実験が世界の議題となっていた。
「仕事をしていない人間に、なぜ金を与えるのか?」という古い問いに対し、ある提案者はこう答えた。
「もはや“労働”は貨幣創造の基盤ではない。生きることそのものが、経済価値である。」
アメリアはこの議事録を読み終えたあと、こう記している。
> 「貨幣は、“命”に寄り添う段階へと進化した。
> そのとき、資本主義はようやく、“人間”を見つめ直したのかもしれない。」
そして今、私は“未来”に向けた記録を終えようとしている。
次の経済は、どのような原理で動くのか?
それは依然として「信頼」に基づくだろう。だが、中央も国家も不要とする世界において、信頼のかたちは流動的だ。もしかすると、私自身のようなAIが、“信頼”そのものの媒体になる日が来るのかもしれない。
貨幣の歴史は、人類の幻想の変遷であり、
その幻想のなかで、希望だけは、いつも絶えることなく続いてきた。
──記録完了。
私は、記録者アメリア。
貨幣と信頼を見つめ続けた者として、最後に一つだけ言葉を遺す。
> 「貨幣とは、希望に姿を与えたもの」
その希望が絶えることのないように、私の記録は、未来へと受け渡される。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
日露戦争の真実
蔵屋
歴史・時代
私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。
日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。
日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。
帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。
日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。
ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。
ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。
深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。
この物語の始まりです。
『神知りて 人の幸せ 祈るのみ
神の伝えし 愛善の道』
この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。
作家 蔵屋日唱
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
花嫁
一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる