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【第一部:神々の剣】
第二章:神の名を呟く者
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焔が街道を包んでいた。
薪を積んだ馬車に火を放ち、家屋の屋根は焼け落ち、叫び声が夜を裂いていた。だが、若き戦士エイリクの心はなぜか、先ほどから静かだった。
死者は神々の宴に加わる。
それがこの地の理(ことわり)だ。
だが――。
「……なぜ、怯えていない?」
それは物陰に隠れていた一人の少女を見つけたときだった。
胸元に銀の十字架をかけ、焔の中で顔一つ歪めずに、ただ手を組んで俯いていた。
年はエイリクと同じか、少し若い程度。
髪は煤で汚れ、血が頬を伝っていたが、恐怖に縋る気配はなかった。
「名前は?」
「……主よ」
「は?」
少女は俯いたまま、こう囁いた。
「――主よ、彼を赦し給え」
その一言に、エイリクの背に冷たい風が走った。
敵に命乞いをするのではない。神に赦しを乞うのでもない。
敵に対して、赦しを願う祈りなど、エイリクは聞いたことがなかった。
⸻
焚き火の前、村への帰還の途中。
船に揺られながら、エイリクは少女を縄で縛りつつも、何度も盗み見る。
「名前くらい、答えられるだろ」
「……レア。修道女の卵でした」
「修道女……?」
その響きもまた、エイリクには異質だった。
フローキならこう言うだろう――
「信仰とは、剣を振るう理由であり、死を誇るためのものだ」と。
だが彼女の祈りは、ただ静かで、命を求めるものでさえなかった。
「なぜ……あのとき俺を睨まなかった?」
焔の中で見つめ返されたとき、エイリクは自分が“裁かれている”のではなく、“赦されている”ように感じた。
レアは少しだけ笑った。
「怒る理由も、憎む力も、持っていないからです」
「戦争だぞ? 家族も殺されたんだぞ?」
「……だからこそです。憎しみはまた、次の戦いを呼びますから」
その言葉に、エイリクは初めて、自分の握る剣の重さを感じた。
⸻
夜、夢の中。
氷原を歩くエイリクの前に、二つの影が立つ。
ひとつは片目の老人――オーディン。
黒き羽根を纏い、グングニルを手に、彼を見下ろす。
もうひとつは、白き光に包まれた男――顔は見えないが、その手は槍ではなく、差し伸べられていた。
「信仰とは選択だ。誰に命を預け、誰に死を託すか――お前はまだ、剣に頼るのか?」
目覚めたとき、エイリクの額には汗が浮かび、焚き火の火は消えていた。
だがその夜から、彼は二度と、略奪前の“戦士の祈り”を口にしなくなった。
薪を積んだ馬車に火を放ち、家屋の屋根は焼け落ち、叫び声が夜を裂いていた。だが、若き戦士エイリクの心はなぜか、先ほどから静かだった。
死者は神々の宴に加わる。
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だが――。
「……なぜ、怯えていない?」
それは物陰に隠れていた一人の少女を見つけたときだった。
胸元に銀の十字架をかけ、焔の中で顔一つ歪めずに、ただ手を組んで俯いていた。
年はエイリクと同じか、少し若い程度。
髪は煤で汚れ、血が頬を伝っていたが、恐怖に縋る気配はなかった。
「名前は?」
「……主よ」
「は?」
少女は俯いたまま、こう囁いた。
「――主よ、彼を赦し給え」
その一言に、エイリクの背に冷たい風が走った。
敵に命乞いをするのではない。神に赦しを乞うのでもない。
敵に対して、赦しを願う祈りなど、エイリクは聞いたことがなかった。
⸻
焚き火の前、村への帰還の途中。
船に揺られながら、エイリクは少女を縄で縛りつつも、何度も盗み見る。
「名前くらい、答えられるだろ」
「……レア。修道女の卵でした」
「修道女……?」
その響きもまた、エイリクには異質だった。
フローキならこう言うだろう――
「信仰とは、剣を振るう理由であり、死を誇るためのものだ」と。
だが彼女の祈りは、ただ静かで、命を求めるものでさえなかった。
「なぜ……あのとき俺を睨まなかった?」
焔の中で見つめ返されたとき、エイリクは自分が“裁かれている”のではなく、“赦されている”ように感じた。
レアは少しだけ笑った。
「怒る理由も、憎む力も、持っていないからです」
「戦争だぞ? 家族も殺されたんだぞ?」
「……だからこそです。憎しみはまた、次の戦いを呼びますから」
その言葉に、エイリクは初めて、自分の握る剣の重さを感じた。
⸻
夜、夢の中。
氷原を歩くエイリクの前に、二つの影が立つ。
ひとつは片目の老人――オーディン。
黒き羽根を纏い、グングニルを手に、彼を見下ろす。
もうひとつは、白き光に包まれた男――顔は見えないが、その手は槍ではなく、差し伸べられていた。
「信仰とは選択だ。誰に命を預け、誰に死を託すか――お前はまだ、剣に頼るのか?」
目覚めたとき、エイリクの額には汗が浮かび、焚き火の火は消えていた。
だがその夜から、彼は二度と、略奪前の“戦士の祈り”を口にしなくなった。
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