『神々の沈黙と光の世紀』

leviathan

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【第二部:十字架と影】

第四章:赦されざる者

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その名を、風が運んできた。

フローキ――
かつてエイリクに戦の誇りと信仰を教えた“導き手”。
今は異教徒の集落を束ね、「オーディンの巫子(ふし)」と呼ばれている男。

かつての信仰の象徴は、
今や“赦されぬ者たち”の王となり、
神なき新時代に、神を取り戻そうとする者たちの灯火となっていた。



「会いに行くつもりか?」

レアは焚き火の前で問う。
エイリクは頷いた。

「俺は、あの人に育てられた。
剣の握り方も、信じるということも――全部、あの人から教わった」

「でも今、彼は……信仰の名を掲げて、戦を始めようとしているわ」

「だからこそ、止めたい。
あの人は、“剣と信仰は共にあるべきだ”と思ってる。
でも、俺の中では、もうその2つは同居できないんだ」



エイリクは、山岳地帯に築かれた異教徒の砦を訪れた。
石と木でできた簡素な砦。その中央に、オーディン像がそびえていた。

そして、その像の前に、彼は居た。

フローキ。
片目に包帯を巻き、黒いマントを羽織り、老いた姿ながら、背は真っ直ぐだった。

「エイリクか……お前が来るとは思っていた。
剣を捨てた男が、なぜここに?」

「確かめたかった。
あの頃の“信仰”は、今のあなたにとって、まだ意味を持つのかどうか」

フローキは笑う。

「意味などいらん。ただ、我らの神は忘れ去られようとしている。
だから俺は、その記憶に火を灯す。それが俺の信仰だ」

「火は、誰かを傷つける。
それでも、神の名を使うのか?」

「それが“赦されざる者”の道だ。
俺たちは、光の神にとっては“穢れ”だ。
ならばせめて、古き神々の夢の中でだけでも、存在していたいのだ」



エイリクは剣を抜かないまま、立ち尽くした。

「なら、俺は戦わない。
でも、あなたの信仰が再び火を招くなら、それを止めるために立ちはだかる」

「……殺しに来たのか?」

「違う。忘れに来たんだ」

その言葉に、フローキはわずかに沈黙した。

「ならば、お前は“選ばれし者”ではない」
「それでいい。俺は“自らの意思で選ぶ者”になる」

その夜、エイリクは砦を去った。
戦いは起こらなかった。
だが、フローキの瞳には、わずかな揺らぎがあった。



数日後。

フローキの砦は、自らの手で解体された。
オーディン像は静かに倒され、火も剣も使われなかった。

誰にも語られることなく、
ある老戦士が信仰を手放した夜だった。
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