『神々の沈黙と光の世紀』

leviathan

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【第三部:沈黙と再誕】

第一章:忘却の福音

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21世紀末、北欧・アイスランド共和国。
首都レイキャヴィーク郊外、薄曇りの空の下――
一人の青年が、古びた石造りの教会跡に立っていた。

名をリヴィ・アインス。
アイスランド大学 宗教考古学科に所属する、若き研究者。
宗教を信じない者が、宗教の記憶を研究するという矛盾を抱えている。

彼の研究テーマは、「信仰の断絶と再生」。
人類が神を“信じた記録”ではなく、
神を“忘れた記録”にこそ、宗教の本質が宿ると考えていた。



「この地には、9世紀ごろの小規模な礼拝堂があった……らしい。
が、文献はどれも断片的。建物の図面も残っていない」

フィールドノートに記しながら、リヴィは慎重に土を掘り返していた。

彼が頼りにしているのは、10年前に偶然発見された1冊の羊皮紙断章。
そこには、ある異教徒の戦士と修道女の名が記されていた。

“Eirikr and Lea.”

翻訳者の注にはこうあった:

「この二人の名は、ヴァイキング伝承にも、キリスト教聖人録にも正式な記載がない。
おそらく、宗教の狭間で生き、いずれの側にも記録されなかった者たちである」

リヴィは、その名前に何か惹かれるものを感じていた。
そして今日――

シャベルの刃が、木の板のようなものにぶつかった。

「……何だ、これは……?」

彼は慎重にそれを取り出す。
それは、朽ちかけた木箱だった。
開けてみると、中には文字の刻まれた石板が1枚と、
破れかけた布に包まれた、十字と円環が交差した奇妙な紋章。



大学に戻ったリヴィは、石板の解析を進めた。
文字は古ノルド語とラテン語の混在。
だが、決して公式な宗教文書ではない。

むしろそれは、**誰かが個人的に遺した“祈りの記録”**だった。

「我らは神の声を聞かず、剣を捨てて歩んだ。
沈黙の中にこそ、神はおられると知ったから。
我らの祈りが誰にも届かずとも、
それでも祈る。記憶されることなくとも、
それでも愛する」

読んだ瞬間、リヴィの胸に――根拠のない、だが確かな感覚が走った。

「……この“誰か”を、俺は知っている気がする」



翌日、彼は教授にこう言った。

「僕はこの祈りの主を探したい。
文献じゃなく、地層でもなく――
“記憶”の中に生きていた誰か”として、辿りたい」

教授は静かに笑った。

「君は宗教を信じていない。
だが、“人が何かを信じるということ”には、惹かれているようだね」

「ええ、たぶん――信仰とは“感情の化石”なんです。
誰にも届かない、けれど確かに残ってる」

その言葉に、教授は頷いた。

「ならば行きなさい。
沈黙の祈りを辿る旅へ」



こうして、リヴィの旅が始まった。
科学でも信仰でもなく、失われた“感情”の形を求めて。
それが、神の不在を語る現代における、唯一の“再誕”の道となるかもしれないと知らぬままに――。
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