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第2話
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ヴィオレットの心は粉々に砕けてしまいそうだった。
全てのことが嘘のように感じられ、全部空想に思える。
しかしアンセムの愛を紡ぐ言葉が彼女を現実に引き戻した。
「ああ、姉よりも美しいルージュ! ずっと君と結婚したかった! 私の婚約者になってくれるかい?」
そう言って、アンセムはルージュの前に跪く。ずっと妹と結婚したかった? ということは私は愛されていなかった? では私にくれた様々な愛の言葉や贈り物は何だったの? 内心嫌だったの? そんな思いで一杯のヴィオレットは今すぐにでも叫んで逃げだしてしまいたかった。
「ええ、勿論ですわ! 私はアンセム様の婚約者になります!」
「あぁ、永遠に愛しているよ、ルージュ!」
「はっはっは! 良かったな、ルージュ!」
三人の声が遠くにあるようで、ヴィオレットは眩暈を覚えた。
しかしアンセムの問いで、彼女は再び残酷な現実へ戻されることになる。
「それで、ヴィオレットはこの先どうするんですか?」
自分を傷物と捨てた男が問うべきことだろうか。
しかしアンセムはただの好奇心から尋ねているらしい。
すると伯爵は厳しい表情を浮かべながら答えた。
「ヴィオレットはもう駄目です。結婚は望めない」
「では、どうするおつもりですか? 修道女にでもするのですか?」
もう駄目、結婚は望めない、そんな言葉がヴィオレットの胸を突き刺す。父である伯爵がそういった態度なら、確かに彼女は修道女になるしかないだろう。しかし伯爵はゆるゆると首を振ると、こう言った。
「いえ、修道女にはしません。とりあえず、私の知人に娼館を営んでいる者がいますから、その者に世話を頼もうと思っていますよ」
「娼館? ヴィオレットを娼婦にするのですか?」
「まあ、そうなりますな。ただし高級娼婦ですが――」
ヴィオレットの喉から、ひゅうっと空気が漏れた。体に力が入った直後、一気に脱力して椅子から落ちそうになる。手が、足が、わなわなと震えてどうしようもない。意識が霞んでいき、このままどうにかなってしまいそうだ。この悪魔のような男達に掴みかかりたい――そう思っても手に力が入らない。
「なるほど、賢明な判断をなさいましたね、伯爵殿」
「ははっ、そうでしょう? アンセム殿」
「ええ、名案ですわ、お父様」
そして三人は哄笑を上げた――それは狂喜に満ちた悪魔の笑い声。
その時、ヴィオレットの中で、ぷちんと音を立てて何かが千切れた。
「……ふざけないで」
「何だ? ヴィオレット」
「ふざけないでッ! 最低……最低最低最低よッ!」
ヴィオレットは立ち上がると、全てをぶちまけた。
「婚約破棄も、代わりに妹が婚約者になるのも、結構ですわ! でも私は絶対に娼館には行きませんから! 私はルージュにいじめられながら我慢して、侯爵家へ嫁ぐことだけ考えてきたんですよ!? もう我慢なんてまっぴらです!」
そしてヴィオレットは伯爵とルージュを見た。
胸が燃え盛るようで、自分自身を止められない。
「私、知っているんですから! お父様とルージュが親子でありながら、寝ていること! 毎晩毎晩、私の部屋にルージュの嬌声が響いて参りますわ! しかもそれはルージュが九歳の時からずっとですわ! 法に背いていたとしても実の父と妹……そう思って黙ってきたけど、もう我慢できません!」
それは全て真実だった。ルージュは父に初めて抱かれた日、姉のヴィオレットに自慢した。“私はこんなにお父様に愛されているのに、お姉様はお可哀想だわ”と優越に浸った口調でそう言った。普通、自分の父親に抱かれたら、嘆き悲しむはずではないだろうか――ヴィオレットはそう思いつつ妹がまともでないことを知ったのだ。
「何をおっしゃっておりますの、お姉様?」
「はあ、傷物女の発狂とはこんなに見苦しいのか――」
「まさかヴィオレットがここまで愚かな娘だったとはな……」
首を傾げてしらばっくれるルージュ。深々と溜息を吐くアンセム。そんな中で、伯爵は失望し切った顔をして、立ち上がった。そしてヴィオレットを睨み付けると、こう言ったのだ。
「ヴィオレット、お前とは勘当だ! 情けをかけて娼館へ送ってやろうと思ったが、お前にはもう呆れ果てた! 物乞いとなって惨めに死ぬがいい!」
全てのことが嘘のように感じられ、全部空想に思える。
しかしアンセムの愛を紡ぐ言葉が彼女を現実に引き戻した。
「ああ、姉よりも美しいルージュ! ずっと君と結婚したかった! 私の婚約者になってくれるかい?」
そう言って、アンセムはルージュの前に跪く。ずっと妹と結婚したかった? ということは私は愛されていなかった? では私にくれた様々な愛の言葉や贈り物は何だったの? 内心嫌だったの? そんな思いで一杯のヴィオレットは今すぐにでも叫んで逃げだしてしまいたかった。
「ええ、勿論ですわ! 私はアンセム様の婚約者になります!」
「あぁ、永遠に愛しているよ、ルージュ!」
「はっはっは! 良かったな、ルージュ!」
三人の声が遠くにあるようで、ヴィオレットは眩暈を覚えた。
しかしアンセムの問いで、彼女は再び残酷な現実へ戻されることになる。
「それで、ヴィオレットはこの先どうするんですか?」
自分を傷物と捨てた男が問うべきことだろうか。
しかしアンセムはただの好奇心から尋ねているらしい。
すると伯爵は厳しい表情を浮かべながら答えた。
「ヴィオレットはもう駄目です。結婚は望めない」
「では、どうするおつもりですか? 修道女にでもするのですか?」
もう駄目、結婚は望めない、そんな言葉がヴィオレットの胸を突き刺す。父である伯爵がそういった態度なら、確かに彼女は修道女になるしかないだろう。しかし伯爵はゆるゆると首を振ると、こう言った。
「いえ、修道女にはしません。とりあえず、私の知人に娼館を営んでいる者がいますから、その者に世話を頼もうと思っていますよ」
「娼館? ヴィオレットを娼婦にするのですか?」
「まあ、そうなりますな。ただし高級娼婦ですが――」
ヴィオレットの喉から、ひゅうっと空気が漏れた。体に力が入った直後、一気に脱力して椅子から落ちそうになる。手が、足が、わなわなと震えてどうしようもない。意識が霞んでいき、このままどうにかなってしまいそうだ。この悪魔のような男達に掴みかかりたい――そう思っても手に力が入らない。
「なるほど、賢明な判断をなさいましたね、伯爵殿」
「ははっ、そうでしょう? アンセム殿」
「ええ、名案ですわ、お父様」
そして三人は哄笑を上げた――それは狂喜に満ちた悪魔の笑い声。
その時、ヴィオレットの中で、ぷちんと音を立てて何かが千切れた。
「……ふざけないで」
「何だ? ヴィオレット」
「ふざけないでッ! 最低……最低最低最低よッ!」
ヴィオレットは立ち上がると、全てをぶちまけた。
「婚約破棄も、代わりに妹が婚約者になるのも、結構ですわ! でも私は絶対に娼館には行きませんから! 私はルージュにいじめられながら我慢して、侯爵家へ嫁ぐことだけ考えてきたんですよ!? もう我慢なんてまっぴらです!」
そしてヴィオレットは伯爵とルージュを見た。
胸が燃え盛るようで、自分自身を止められない。
「私、知っているんですから! お父様とルージュが親子でありながら、寝ていること! 毎晩毎晩、私の部屋にルージュの嬌声が響いて参りますわ! しかもそれはルージュが九歳の時からずっとですわ! 法に背いていたとしても実の父と妹……そう思って黙ってきたけど、もう我慢できません!」
それは全て真実だった。ルージュは父に初めて抱かれた日、姉のヴィオレットに自慢した。“私はこんなにお父様に愛されているのに、お姉様はお可哀想だわ”と優越に浸った口調でそう言った。普通、自分の父親に抱かれたら、嘆き悲しむはずではないだろうか――ヴィオレットはそう思いつつ妹がまともでないことを知ったのだ。
「何をおっしゃっておりますの、お姉様?」
「はあ、傷物女の発狂とはこんなに見苦しいのか――」
「まさかヴィオレットがここまで愚かな娘だったとはな……」
首を傾げてしらばっくれるルージュ。深々と溜息を吐くアンセム。そんな中で、伯爵は失望し切った顔をして、立ち上がった。そしてヴィオレットを睨み付けると、こう言ったのだ。
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