8 / 10
第8話
しおりを挟む「えっと、私はあなた様の婚約者ですわ……? そうでしょう……?」
ルージュは目を白黒させて、そう呟く。
それを見ている貴族達も驚いている様子である。
しかしブラッドは冷たい態度を崩さずにこう言った。
「僕の婚約者はあなたではありません。本当の婚約者にはすでに結婚の承諾をもらっています。もう一度問います、なぜ無関係のあなたが前へ出たのですか?」
その言葉にルージュは目を剥いて口をぱくぱくさせた後、反論した。
「はああぁっ……!? 私はフェシニーク家から婚約を求める書簡を受け取っていますわよ……!? お父様、持ってきていますでしょう……!?」
紳士の集まりの中から、慌てた様子のルデマルク伯爵が現れた。
その手にはひとつの書簡がしっかり握られている。
それを目にしたブラッドはこう告げた。
「では、それを父上へお渡し下さい」
そして伯爵はフェシニーク公爵へ書簡を渡した。
公爵は眼鏡をかけて書簡を見るなり、首を振った。
「全くのまがいものです。これは我が家の書簡ではありません。紋章も似てはいますが、違います。おそらく捏造されたものでしょう。そもそも我が家では書簡だけで婚約を求めるなんて無礼なことはしませんし――」
「なっ……!?」
「そ、そんな……!?」
会場は騒然となった。貴族達は騒めき、好奇の視線をルージュへ送る。見られた当人は顔を赤くして震えるばかりだ。一方、ヴィオレットはその成り行きを不安な心地で眺めていた。きっとブラッドが裏で何かをしたのだ――そんな予感が胸を支配していた。するとブラッドが貴族達のざわめきの中で、こう発言した。
「ここでひとつルデマルク家のことで、忠告したいことがあります。ここにいますルージュは大嘘吐きです。実の姉ヴィオレットが呪われたと言いふらし、彼女が勘当されるように追い詰めたのです。ですから、かつて巷に流布していたヴィオレット様の噂は全くの大嘘なのです――」
会場はさらに騒然となった。ルデマルク家のルージュは大嘘吐き――この発言は彼女が書簡を捏造したと暗に告げているものだった。
「な、何をおっしゃっているんですの!? 私は嘘吐きじゃありませんわ! 書簡だって、捏造なんてしていません!」
「そうです! 我が家と娘を侮辱するなんて、許しませんぞ!」
ルージュと伯爵は口角泡を飛ばし、食ってかかる。ヴィオレットはそれを見て、内心はらはらしていた。確かにルージュが広めた噂は嘘だが、今の自分は体調を崩すあまり月のものが止まっており、子供を産めるとは言い難い。ルージュの言葉が嘘だという証拠がない今、ブラッドの発言は覆されるかもしれなかった。
するとそれを見ていた国王が声を上げた。
「ルデマルク伯爵とその娘ルージュよ、今は王位継承者の婚約者発表の場だ。発言を控えるがいい」
その言葉に二人は驚き、そして沈黙した。ヴィオレットは国王の言葉にほっと胸を撫で下ろす。ここで噂の真偽を確かめるからと、自分が引っ張り出されたら不味いことになっていた。やがて会場が静まると、ブラッドは王に一礼してから発言した。
「それでは、僕の婚約者を発表させていただきます」
そしてブラッドは愛しい人へ手を伸ばした。
「ヴィオレット様――さあ、前へ」
「え……――?」
ブラッドはそう言うと、ヴィオレットの目を見て微笑んだ。それはいつも男子寮で見ていた優しい笑みで、彼女は泣き出しそうになった。あまりのことに動けず立ち尽くしていると、彼の方からゆっくりと近付いてきた。
「久しぶりですね、愛しいヴィオレット様。“もし僕が求婚したら受け入れてくれるか”と尋ねたら、あなたは“勿論”と返してくれましたね? その気持ち、今でも同じですか?」
「あ、ああ……ブラッド様……私の気持ちはずっと同じです……――」
ヴィオレットの目から、嬉しさのあまり涙が零れる。
一ヶ月間の不安と心配が一気に消え去った瞬間であった――
しかしそれを見ていたルージュと伯爵は声を張って怒鳴り散らした。
「信じられませんわッ! 呪われて死ぬばかりの女が婚約者だなんてッ! あの女は呪いの剣を受けた所為で死ぬんですッ! これは嘘なんかじゃありませんわよ!」
「そうだッ! そいつは呪われている上に伯爵家から勘当された娘だ! 王位継承者の婚約者には相応しくないぞッ!」
するとブラッドは顔を上げ、国王を見詰めて言った。
「陛下、僕はヴィオレット様の呪いの解呪方法を見付けました。そして陛下は勘当された娘でも婚約者にする許可を下さいました。そうですね?」
「うむ、その通りだ。ヴィオレットはやがて健康を取り戻すであろう。勘当された娘であれど、我が認めれば問題はない。何か不満はあるか、ルデマルク伯爵よ?」
「ぐっ……ぐう……――」
「うぅ……――」
伯爵は顔を青ざめさせてわなわな震え出した。
ルージュも首を締められたアヒルのように押し黙る。
ルージュは目を白黒させて、そう呟く。
それを見ている貴族達も驚いている様子である。
しかしブラッドは冷たい態度を崩さずにこう言った。
「僕の婚約者はあなたではありません。本当の婚約者にはすでに結婚の承諾をもらっています。もう一度問います、なぜ無関係のあなたが前へ出たのですか?」
その言葉にルージュは目を剥いて口をぱくぱくさせた後、反論した。
「はああぁっ……!? 私はフェシニーク家から婚約を求める書簡を受け取っていますわよ……!? お父様、持ってきていますでしょう……!?」
紳士の集まりの中から、慌てた様子のルデマルク伯爵が現れた。
その手にはひとつの書簡がしっかり握られている。
それを目にしたブラッドはこう告げた。
「では、それを父上へお渡し下さい」
そして伯爵はフェシニーク公爵へ書簡を渡した。
公爵は眼鏡をかけて書簡を見るなり、首を振った。
「全くのまがいものです。これは我が家の書簡ではありません。紋章も似てはいますが、違います。おそらく捏造されたものでしょう。そもそも我が家では書簡だけで婚約を求めるなんて無礼なことはしませんし――」
「なっ……!?」
「そ、そんな……!?」
会場は騒然となった。貴族達は騒めき、好奇の視線をルージュへ送る。見られた当人は顔を赤くして震えるばかりだ。一方、ヴィオレットはその成り行きを不安な心地で眺めていた。きっとブラッドが裏で何かをしたのだ――そんな予感が胸を支配していた。するとブラッドが貴族達のざわめきの中で、こう発言した。
「ここでひとつルデマルク家のことで、忠告したいことがあります。ここにいますルージュは大嘘吐きです。実の姉ヴィオレットが呪われたと言いふらし、彼女が勘当されるように追い詰めたのです。ですから、かつて巷に流布していたヴィオレット様の噂は全くの大嘘なのです――」
会場はさらに騒然となった。ルデマルク家のルージュは大嘘吐き――この発言は彼女が書簡を捏造したと暗に告げているものだった。
「な、何をおっしゃっているんですの!? 私は嘘吐きじゃありませんわ! 書簡だって、捏造なんてしていません!」
「そうです! 我が家と娘を侮辱するなんて、許しませんぞ!」
ルージュと伯爵は口角泡を飛ばし、食ってかかる。ヴィオレットはそれを見て、内心はらはらしていた。確かにルージュが広めた噂は嘘だが、今の自分は体調を崩すあまり月のものが止まっており、子供を産めるとは言い難い。ルージュの言葉が嘘だという証拠がない今、ブラッドの発言は覆されるかもしれなかった。
するとそれを見ていた国王が声を上げた。
「ルデマルク伯爵とその娘ルージュよ、今は王位継承者の婚約者発表の場だ。発言を控えるがいい」
その言葉に二人は驚き、そして沈黙した。ヴィオレットは国王の言葉にほっと胸を撫で下ろす。ここで噂の真偽を確かめるからと、自分が引っ張り出されたら不味いことになっていた。やがて会場が静まると、ブラッドは王に一礼してから発言した。
「それでは、僕の婚約者を発表させていただきます」
そしてブラッドは愛しい人へ手を伸ばした。
「ヴィオレット様――さあ、前へ」
「え……――?」
ブラッドはそう言うと、ヴィオレットの目を見て微笑んだ。それはいつも男子寮で見ていた優しい笑みで、彼女は泣き出しそうになった。あまりのことに動けず立ち尽くしていると、彼の方からゆっくりと近付いてきた。
「久しぶりですね、愛しいヴィオレット様。“もし僕が求婚したら受け入れてくれるか”と尋ねたら、あなたは“勿論”と返してくれましたね? その気持ち、今でも同じですか?」
「あ、ああ……ブラッド様……私の気持ちはずっと同じです……――」
ヴィオレットの目から、嬉しさのあまり涙が零れる。
一ヶ月間の不安と心配が一気に消え去った瞬間であった――
しかしそれを見ていたルージュと伯爵は声を張って怒鳴り散らした。
「信じられませんわッ! 呪われて死ぬばかりの女が婚約者だなんてッ! あの女は呪いの剣を受けた所為で死ぬんですッ! これは嘘なんかじゃありませんわよ!」
「そうだッ! そいつは呪われている上に伯爵家から勘当された娘だ! 王位継承者の婚約者には相応しくないぞッ!」
するとブラッドは顔を上げ、国王を見詰めて言った。
「陛下、僕はヴィオレット様の呪いの解呪方法を見付けました。そして陛下は勘当された娘でも婚約者にする許可を下さいました。そうですね?」
「うむ、その通りだ。ヴィオレットはやがて健康を取り戻すであろう。勘当された娘であれど、我が認めれば問題はない。何か不満はあるか、ルデマルク伯爵よ?」
「ぐっ……ぐう……――」
「うぅ……――」
伯爵は顔を青ざめさせてわなわな震え出した。
ルージュも首を締められたアヒルのように押し黙る。
367
お気に入りに追加
4,569
あなたにおすすめの小説

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

婚約破棄をされて魔導図書館の運営からも外されたのに今さら私が協力すると思っているんですか?絶対に協力なんてしませんよ!
しまうま弁当
恋愛
ユーゲルス公爵家の跡取りベルタスとの婚約していたメルティだったが、婚約者のベルタスから突然の婚約破棄を突き付けられたのだった。しかもベルタスと一緒に現れた同級生のミーシャに正妻の座に加えて魔導司書の座まで奪われてしまう。罵声を浴びせられ罪まで擦り付けられたメルティは婚約破棄を受け入れ公爵家を去る事にしたのでした。メルティがいなくなって大喜びしていたベルタスとミーシャであったが魔導図書館の設立をしなければならなくなり、それに伴いどんどん歯車が狂っていく。ベルタスとミーシャはメルティがいなくなったツケをドンドン支払わなければならなくなるのでした。

婚約破棄されたので実家へ帰って編み物をしていたのですが……まさかの事件が起こりまして!? ~人生は大きく変わりました~
四季
恋愛
私ニーナは、婚約破棄されたので実家へ帰って編み物をしていたのですが……ある日のこと、まさかの事件が起こりまして!?

明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。
四季
恋愛
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。

溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。
ふまさ
恋愛
いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。
「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」
「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」
ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。
──対して。
傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。

王太子殿下の想い人が騎士団長だと知った私は、張り切って王太子殿下と婚約することにしました!
奏音 美都
恋愛
ソリティア男爵令嬢である私、イリアは舞踏会場を離れてバルコニーで涼んでいると、そこに王太子殿下の逢引き現場を目撃してしまいました。
そのお相手は……ロワール騎士団長様でした。
あぁ、なんてことでしょう……
こんな、こんなのって……尊すぎますわ!!

「不吉な子」と罵られたので娘を連れて家を出ましたが、どうやら「幸運を呼ぶ子」だったようです。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
マリッサの額にはうっすらと痣がある。
その痣のせいで姑に嫌われ、生まれた娘にも同じ痣があったことで「気味が悪い!不吉な子に違いない」と言われてしまう。
自分のことは我慢できるが娘を傷つけるのは許せない。そう思ったマリッサは離婚して家を出て、新たな出会いを得て幸せになるが……

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる