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第3話
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隣国の王子であることを看破すると――エヴァン様は微笑みました。
「流石だ。天才手芸家の域を超えているな」
「私がただの天才手芸家ではないとご存知で?」
するとエヴァン様は美しい瞳を光らせ、私の正体を口にしようとしました。
「ああ、知っている。伯爵ヴィオラの正体は――……」
エヴァン様はそう言いかけて、口を閉じます。そして私の肩を抱くと、歩みを速めながら耳元で囁きました。
「……すまない。つい気分が高揚してしまい、君の正体を公爵家の屋敷内で口にするところだった。すぐに馬車へ向かおう」
「お気遣い感謝致します。しかしそんなに喜んでいただけるとは」
「ああ。俺は君をスカウトできたことが、思っていた以上に嬉しかったようだ」
そして私達は公爵家を出て、馬車に乗り込みました。
「このまま竜車の搭乗口へ急ぐ。三時間後にはネッシーレ国だ。爵位は返上、屋敷と土地は売却、財産は我が国の銀行口座へ移すだろう? 委任状にサインをくれるか?」
「勿論です。至れり尽くせりですね」
私に家族も友人も恋人もいないことは、調査済みなのでしょう。やがてサインを終えた頃、馬車が停まりました。そのまま竜車に乗り込みむと、座席に腰かけたエヴァン様がぽつりと呟きます。
「……レアスキル【アミュレットマスター】の持ち主。それが君の正体だ。この世界に数人だけしかいないスキル頂点者。だからこそ君は手芸品に加護を付与できる」
「仰る通りです。それで、私に何を頼むつもりなのでしょうか?」
「話が早い。このままだと、俺は君を益々好きになる」
「左様ですか」
するとエヴァン様は困ったように眉尻を下げました。
「君、本当に十六歳の少女か? 中身は高齢女性じゃないのか?」
「私は【アミュレットマスター】の加護を使い、自らの精神面を強化しております。ですので、肉体年齢よりもわずかに精神年齢の方が高いかと」
「わずかに……じゃないだろう?」
「わずかにです」
エヴァン様はふっと笑い、本題に入りました。
「君には、ネッシーレ王家専属の手芸家になってもらいたい。そして王家から仕事を受けてほしいのだ。すでにいくつか依頼があるが、聞いてくれるか?」
「どのような依頼でしょう」
実は、内心では面倒臭いなぁと思っておりました。こういうのが嫌だったから匿名だったのですよね。しかし匿名でいたからこそ、モニカ様のような馬鹿が調子に乗ったのです。今後はきちんと名前を出し、功績も責任も受け取ることに致しましょう。
「依頼者はブフル国のモハメド国王だ。この国では、二十年ごとに国王が呪いにより亡くなっている。そして今年がその二十年目らしい」
「つまり呪いを解き、モハメド様の命を守ってほしい、と」
「天才手芸家の仕事の域を超えているが、できるか?」
私はそこで初めて笑みを見せました。エヴァン様が目を見開き、息を飲みます。
「可能です」
「そうか、楽しみにしている。俺はしばらく眠るが、構わないか?」
「ええ、お邪魔は致しません」
そして五時間後――竜車はブフル国へ辿り着きました。
「……おい? 俺達はなぜブフル国にいるのだ?」
「エヴァン様が眠っている間に、行き先へ変更しました」
「調査をする気なのか? それならそうと言ってくれれば――」
そんな会話をしながら、砂漠の国へ降り立ちます。ブフル国は魔石の産地で、非常にお金持ちな国です。魔石で成功した人物のことを、魔石王と呼んだりもします。
すると黄緑色の美しい羽虫が、エヴァン様の肩に留まりました。
「天然記念物の虫がいるな……」
「可愛いですね。ほら、お菓子をお食べ」
私は、ビスケットの欠片を虫に差し出します。すると虫は美味しそうにビスケットを食べ始めました。
「それでは、モハメド国王の元へ挨拶に行くか。調査はその後だ」
「いえ、国王へ【魔除け】の加護ありネックレスを渡せば、依頼達成です」
「……何? 依頼達成だと?」
エヴァン様は私を振り返り、怪訝そうに眉を顰めます。どうやら彼は私の実力を見くびっているようですね。
「五時間あったのですよ? 私が窓の外を眺めて時間を潰していたとお思いですか?」
「では……ずっと仕事をしていたというのか……?」
「ええ。もう呪いは解けたも同然です――」
さて、お代はいかほど頂けるのでしょうか?
「流石だ。天才手芸家の域を超えているな」
「私がただの天才手芸家ではないとご存知で?」
するとエヴァン様は美しい瞳を光らせ、私の正体を口にしようとしました。
「ああ、知っている。伯爵ヴィオラの正体は――……」
エヴァン様はそう言いかけて、口を閉じます。そして私の肩を抱くと、歩みを速めながら耳元で囁きました。
「……すまない。つい気分が高揚してしまい、君の正体を公爵家の屋敷内で口にするところだった。すぐに馬車へ向かおう」
「お気遣い感謝致します。しかしそんなに喜んでいただけるとは」
「ああ。俺は君をスカウトできたことが、思っていた以上に嬉しかったようだ」
そして私達は公爵家を出て、馬車に乗り込みました。
「このまま竜車の搭乗口へ急ぐ。三時間後にはネッシーレ国だ。爵位は返上、屋敷と土地は売却、財産は我が国の銀行口座へ移すだろう? 委任状にサインをくれるか?」
「勿論です。至れり尽くせりですね」
私に家族も友人も恋人もいないことは、調査済みなのでしょう。やがてサインを終えた頃、馬車が停まりました。そのまま竜車に乗り込みむと、座席に腰かけたエヴァン様がぽつりと呟きます。
「……レアスキル【アミュレットマスター】の持ち主。それが君の正体だ。この世界に数人だけしかいないスキル頂点者。だからこそ君は手芸品に加護を付与できる」
「仰る通りです。それで、私に何を頼むつもりなのでしょうか?」
「話が早い。このままだと、俺は君を益々好きになる」
「左様ですか」
するとエヴァン様は困ったように眉尻を下げました。
「君、本当に十六歳の少女か? 中身は高齢女性じゃないのか?」
「私は【アミュレットマスター】の加護を使い、自らの精神面を強化しております。ですので、肉体年齢よりもわずかに精神年齢の方が高いかと」
「わずかに……じゃないだろう?」
「わずかにです」
エヴァン様はふっと笑い、本題に入りました。
「君には、ネッシーレ王家専属の手芸家になってもらいたい。そして王家から仕事を受けてほしいのだ。すでにいくつか依頼があるが、聞いてくれるか?」
「どのような依頼でしょう」
実は、内心では面倒臭いなぁと思っておりました。こういうのが嫌だったから匿名だったのですよね。しかし匿名でいたからこそ、モニカ様のような馬鹿が調子に乗ったのです。今後はきちんと名前を出し、功績も責任も受け取ることに致しましょう。
「依頼者はブフル国のモハメド国王だ。この国では、二十年ごとに国王が呪いにより亡くなっている。そして今年がその二十年目らしい」
「つまり呪いを解き、モハメド様の命を守ってほしい、と」
「天才手芸家の仕事の域を超えているが、できるか?」
私はそこで初めて笑みを見せました。エヴァン様が目を見開き、息を飲みます。
「可能です」
「そうか、楽しみにしている。俺はしばらく眠るが、構わないか?」
「ええ、お邪魔は致しません」
そして五時間後――竜車はブフル国へ辿り着きました。
「……おい? 俺達はなぜブフル国にいるのだ?」
「エヴァン様が眠っている間に、行き先へ変更しました」
「調査をする気なのか? それならそうと言ってくれれば――」
そんな会話をしながら、砂漠の国へ降り立ちます。ブフル国は魔石の産地で、非常にお金持ちな国です。魔石で成功した人物のことを、魔石王と呼んだりもします。
すると黄緑色の美しい羽虫が、エヴァン様の肩に留まりました。
「天然記念物の虫がいるな……」
「可愛いですね。ほら、お菓子をお食べ」
私は、ビスケットの欠片を虫に差し出します。すると虫は美味しそうにビスケットを食べ始めました。
「それでは、モハメド国王の元へ挨拶に行くか。調査はその後だ」
「いえ、国王へ【魔除け】の加護ありネックレスを渡せば、依頼達成です」
「……何? 依頼達成だと?」
エヴァン様は私を振り返り、怪訝そうに眉を顰めます。どうやら彼は私の実力を見くびっているようですね。
「五時間あったのですよ? 私が窓の外を眺めて時間を潰していたとお思いですか?」
「では……ずっと仕事をしていたというのか……?」
「ええ。もう呪いは解けたも同然です――」
さて、お代はいかほど頂けるのでしょうか?
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