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第18話
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魔王は愛おし気にエイリスの髪を撫で、こう告げる。
『こいつは俺の花嫁となる女だ。今日こそ永遠の契りを結ばせてもらう――』
「ちょっと……魔王! 私はこの国の聖女なのよ!?」
『問題ないだろう? 俺はいつなんどきだってお前の元へ駆けつける。好きなだけスライア国の聖女を続けるがいい。俺は愛した女には寛容だから、どんな望みだって叶えてやろう。エイリス、愛している』
「そ、そんな……――」
エイリスは押され気味になっていた。
まさか魔王がそんな考えだったとは思っていなかった。
無理矢理城に連れていかれ、監禁される――そう思っていたのだ。
魔王の意外な一面に、エイリスの心が揺れていた。
ふと表情が緩み、頬に朱が差す。
そんなエイリスの表情変化をキリヤとトワイルは見逃さなかった――
「それなら僕だって、エイリスさんの望みなら何だって叶えます! だから僕のお嫁さんになって下さい!」
「このトワイル、騎士団長の肩書を捨ててでも、エイリス様に尽くします! どうか我が妻となって下さい!」
「ちょっと……!? 先に求婚していたのはわたくしですよ……!?」
麗らかな昼下がりの中庭――場は混乱していた。
上空から降ってきたキリヤ、禍々しい魔力を発する魔王、それに気付いた衛兵や侍女達が集まってきて、怯えつつも興味津々で成り行きを見詰めている。
そんな中、冷笑を浮かべたレイトが威厳を持って発言した。
「……これはもうエイリス様に決めてもらうしかないんじゃないですか?」
ピリッと空気が緊張するのが分かった。
そうだ、エイリスの意見を聞いていない――男達は納得した。
誰しもが黙り込む彼女をじっと見詰めている。
『なるほどな、エイリスの意見を聞いておこうか』
「ですね。エイリスさんは誰を選ぶんですか?」
「全てはエイリス様の判断に委ねられました」
「我が姫君、この中の誰を選ぶんです?」
「さあ、誰を伴侶に選ぶんですか?」
エイリスは人生最大のピンチを迎えていた――
全員の顔が頭の中で渦巻き、エイリスは眩暈を覚えた。
「あ、あの……あのう……私は……――」
エイリスの目から、ぽろりと一筋の涙が零れた。
それはこの状況に追い詰められたためではあったが、それだけではなかった。
自分は今、幸せなんだという実感がたった今追いついてきていた。
不和の蔓延るデルラ国にいたら、こんな状況は起きなかっただろう――きっと心無い王侯貴族や国民に振り回される不幸な日々を送っていた。
平和な日々――それがあってこその現在なのだと、エイリスの心は震える。
不意に目の前の者達に感謝が浮かんできて、彼女はさらに涙した。
『馬鹿な……何を泣いている』
「エイリスさん……ああ……泣かせてしまうなんて……――」
「エイリス様……! これで涙をお拭き下さい……!」
「我が姫君……あなた様を追い詰めてしまうなんて……!」
「失礼しました、エイリス様……! 私が悪かったのです……!」
男達はエイリスに近寄り、一生懸命に慰める。
しかし彼女は一層涙を流し、そして微笑んだ。
「ごめんなさい……私、こんな状況なのに、平和だなって思ってしまって……――」
このピンチにあって、平和を実感する愚かな自分にエイリスは笑ってしまう。
泣き笑うエイリスを見た男達は顔を見合わせ、そして口元を綻ばせた。
それを見ていた衛兵や侍女達は一様にほっと胸を撫で下ろした。
どうやら聖女を巡った争いは回避できたようである――
真の聖女が住むスライア国に、平和はまだまだ続きそうだった。
――END――
『こいつは俺の花嫁となる女だ。今日こそ永遠の契りを結ばせてもらう――』
「ちょっと……魔王! 私はこの国の聖女なのよ!?」
『問題ないだろう? 俺はいつなんどきだってお前の元へ駆けつける。好きなだけスライア国の聖女を続けるがいい。俺は愛した女には寛容だから、どんな望みだって叶えてやろう。エイリス、愛している』
「そ、そんな……――」
エイリスは押され気味になっていた。
まさか魔王がそんな考えだったとは思っていなかった。
無理矢理城に連れていかれ、監禁される――そう思っていたのだ。
魔王の意外な一面に、エイリスの心が揺れていた。
ふと表情が緩み、頬に朱が差す。
そんなエイリスの表情変化をキリヤとトワイルは見逃さなかった――
「それなら僕だって、エイリスさんの望みなら何だって叶えます! だから僕のお嫁さんになって下さい!」
「このトワイル、騎士団長の肩書を捨ててでも、エイリス様に尽くします! どうか我が妻となって下さい!」
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そうだ、エイリスの意見を聞いていない――男達は納得した。
誰しもが黙り込む彼女をじっと見詰めている。
『なるほどな、エイリスの意見を聞いておこうか』
「ですね。エイリスさんは誰を選ぶんですか?」
「全てはエイリス様の判断に委ねられました」
「我が姫君、この中の誰を選ぶんです?」
「さあ、誰を伴侶に選ぶんですか?」
エイリスは人生最大のピンチを迎えていた――
全員の顔が頭の中で渦巻き、エイリスは眩暈を覚えた。
「あ、あの……あのう……私は……――」
エイリスの目から、ぽろりと一筋の涙が零れた。
それはこの状況に追い詰められたためではあったが、それだけではなかった。
自分は今、幸せなんだという実感がたった今追いついてきていた。
不和の蔓延るデルラ国にいたら、こんな状況は起きなかっただろう――きっと心無い王侯貴族や国民に振り回される不幸な日々を送っていた。
平和な日々――それがあってこその現在なのだと、エイリスの心は震える。
不意に目の前の者達に感謝が浮かんできて、彼女はさらに涙した。
『馬鹿な……何を泣いている』
「エイリスさん……ああ……泣かせてしまうなんて……――」
「エイリス様……! これで涙をお拭き下さい……!」
「我が姫君……あなた様を追い詰めてしまうなんて……!」
「失礼しました、エイリス様……! 私が悪かったのです……!」
男達はエイリスに近寄り、一生懸命に慰める。
しかし彼女は一層涙を流し、そして微笑んだ。
「ごめんなさい……私、こんな状況なのに、平和だなって思ってしまって……――」
このピンチにあって、平和を実感する愚かな自分にエイリスは笑ってしまう。
泣き笑うエイリスを見た男達は顔を見合わせ、そして口元を綻ばせた。
それを見ていた衛兵や侍女達は一様にほっと胸を撫で下ろした。
どうやら聖女を巡った争いは回避できたようである――
真の聖女が住むスライア国に、平和はまだまだ続きそうだった。
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