揺るがぬ愛を御身に

にのみや朱乃

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揺るがぬ愛を御身に

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 或る街に若く美しい娘が居ました。
 多くの男が彼女に求愛しました。けれど、彼女が受けることは有りません。
 彼女は愛を疑っていました。揺るがぬ愛など存在しないと固く信じていたのです。愛など、いずれ脆く崩れ去るものだと思っていたのです。

 誰もが、揺るがぬ愛だと彼女に説きました。
 誰もが、崩れ去る愛だと彼女に断られました。
 彼女は言います。何があろうと揺るがぬ愛など私が識らないのです。ほんの少しの不和で崩れ去る愛しか識らないのです。
 そのような愛を捧ぐことに何の価値が有りましょう。


 その街を魔女が訪れます。
 魔女は薄汚れた外套を纏い、片瞳を隠すように黒髪を伸ばし、まるで亡霊のような格好でした。
 街の民は魔女に平伏します。嗚呼、魔女様、この街にも豊かさを。
 魔女を崇める民が居ます。国王に叡智を授ける者と知っているから。
 魔女を貶める民が居ます。国王の側近とは思えぬ身なりのままだから。
 その魔女の名は、隻眼の魔女。

 領主が尋ねます。魔女様、如何なさいましたか。
 魔女は答えます。ただの視察です。皆様どうぞお気遣い無く。
 領主は応じます。ならば、街を案内させましょう。

 その街が国に納めるべき税を滞納していることは、誰もが知っています。税を納めないことによって、領主と街が豊かになっていることも。
 そして、恐らく隻眼の魔女がその調査に来たことも。
 そこで、領主はあの娘に目を付けました。
 聡明な彼女ならば、国王に仕える魔女であろうと欺けると思いました。

 領主は命じます。聡明な娘よ、必ず魔女を追い返すのだ。罪を悟られてはならぬ。お前がまだ生きていたいのなら。
 彼女は魔女を貶める民と考えられていました。彼女自身が美しいから。
 聡明な娘は従います。では、魔女様をご案内しましょう。

 娘と魔女が出逢います。
 魔女は言いました。どうぞお気遣い無く。税の徴収ではありません。
 娘は尋ねました。税の徴収ではないのですか。
 魔女は微笑みます。少し、哀しそうに。
 わたしにその権利は有りません。わたしの用件は、国王様も税の滞納をご存知だと知らしめることですから。

 娘は警告と悟りました。速やかに支払わねば罰する、と。
 娘は温情と悟りました。速やかに支払うなら問わぬ、と。
 けれど、娘の胸中は全く別のことで満たされてしまいました。
 嗚呼、魔女様、何と美しい方なのでしょう。その外套は下々を魅了しないための奇策だったのですね。

 娘は尋ねます。魔女様は何故着飾らないのですか。
 魔女は答えます。元より美しい方が着飾るべきでしょう。わたしは国王様のお側に居られれば良いのです。
 娘は首を傾げます。元より美しい方でしょう、魔女様は。
 魔女は笑いました。貴女は、国王様と同じことを仰るのですね。
 さあ、戻りなさい。貴女はもうわたしの真意をご存知でしょう。

 そうして、隻眼の魔女は立ち去ります。
 そうして、聡明な娘は取り残されます。
 娘は考えました。これは時に崩される愛か、或いは時で深まる愛か。
 娘は疑いました。これが、何があろうと揺るがぬ愛となるのだろうか。



 その夜、満月も照らせぬ路地裏で、領主は娘に問います。
 隻眼の魔女は何を求めた。税の徴収ではなかったのか。
 娘は答えます。その鋭き思考で射止めた真実を。

 領主は怒りました。何故、税の滞納など無いと言わなかった。
 娘は言いました。何故、税の滞納など無いと欺けるのでしょう。魔女様は全てお察しの上で、貴方に御温情をお与えになったのに。
 領主は怒りました。お前のせいでこの街の豊かさが奪われるのだ。
 領主は衛兵を呼びます。この娘を捕らえろ。この娘を処罰せよ。

 娘は衛兵たちに捕らえられてしまいます。
 領主は言いました。せめてお前を売り飛ばして儲けることとしよう。美しいその身なら、きっと高値で売れることだろう。
 衛兵は言いました。下卑た貴族に愛されると良い。これまで多くの男の愛を打ち砕いた罰だ。

 けれど、娘の身体は突然解放されました。
 娘は振り返ります。腕が後ろで癒着した衛兵たちが苦痛を叫んでいました。脚は大地に突き刺さり、最早動くことさえ叶いません。
 声が聞こえます。誰もが指一つ動かせませんでした。
 ならば、わたしが買いましょう、領主様。貴方が納めた税で。
 そこには隻眼の魔女が居たのです。失われた片瞳を光らせて。

 魔女は言いました。領主様、その娘は幾らでお売りになるおつもりでしょうか。
 領主は答えません。応えられません。
 魔女の手には、瞳には、魔が渦巻いていたのだから。

 領主は言いました。魔女様、どうか、どうか、お赦しください。
 魔女は突き放します。裁くのは国王様です。御言を待ちなさい。

 そうして、隻眼の魔女は立ち去ります。
 けれど、娘は追いかけます。
 娘は言いました。魔女様、私をお連れください。最早この街に居場所など有りません。
 魔女は言いました。されど、あの城に居場所など有りません。
 娘は諦めません。ならば、この手で居場所を掴み取りましょう。

 魔女は微笑みます。少し、困ったように。
 ならば、その決意を国王様にお伝えください。真に決して揺るがぬのなら、きっとお認めになるでしょう。



 隻眼の魔女は娘を連れて王城へ戻ります。
 国王は尋ねます。魔女よ、この娘は何者か。
 魔女は答えます。国王様、この娘は奉公を望む者です。
 娘は言います。国王様、私は魔女様への奉公を望む者です。

 魔女は驚きました。若き娘よ、何故わたしに。
 国王は訝りました。若き娘よ、何が目的だ。
 娘は堂々と答えます。魔女様に揺るがぬ愛を捧ぐために。
 国王に睨まれても娘は動じません。それこそが、揺るがぬ決意と言うように。

 国王は命じます。ならば、その揺るがぬ愛を証明できるか。お前はその愛が揺るがぬものと断じることができるのか。
 娘は答えます。証明しましょう。私の愛が揺るがぬことを。
 国王は疑います。馬鹿な。如何にして、愛が揺るがぬことを示すのだ。
 娘は答えます。魔女様。その魔で、私の心をご覧ください。
 さすれば、この愛が揺るがぬことをお示しできましょう。

 その場を静寂が包みます。
 居合わせた衛兵は困惑します。目の前の娘があまりにも揺るがないから。
 娘は語ります。私は自らの言葉に一片の嘘も無いことを誓います。
 さあ、魔女様。どうぞ、この言葉の真偽を国王様にお伝えください。

 国王は笑います。一片でも嘘が有るならば、其方はどうする。
 娘は見据えます。一片でも嘘が有るならば、この身を切り裂いてください。
 魔女様にこの命を奪われるのなら、悔いは有りません。
 
 その場を静寂が包みます。
 居合わせた衛兵は恐怖します。目の前の娘があまりにも揺るがないから。
 その愛が揺るがぬことに、一片の疑いすら持っていないから。

 魔女は困惑します。目の前の娘があまりにも揺るがないから。
 国王は命じます。魔女よ、その娘の言葉に嘘が無いことを確かめよ。
 魔女は従います。ならば、この魔を以て確かめましょう。
 真に揺るがぬ愛ならば、この魔が彼女を裂くことは有りません。

 魔女の手に、空洞の瞳に、昏い魔が渦巻きます。
 居合わせた衛兵は戦慄します。目の前の娘が魔を見ても笑っているから。
 娘は腕を広げます。魔を迎え入れるように。
 娘は目を細めます。魔女を受け容れるように。
 娘は言いました。さあ、魔女様。私の愛が揺るがぬことをお示しください。

 魔が刃となり娘を襲います。瞬く間に娘は魔に飲み込まれました。
 衛兵は騒めきます。嗚呼、やはり魔に裂かれてしまった。
 けれど、国王も魔女も動きません。
 まるで、魔の非情な審判を最後まで見届けているかのように。

 やがて魔が晴れます。
 そこには、無傷のまま微笑む娘の姿が在りました。
 娘は言いました。さあ、国王様。私の愛が揺るがぬことは示されました。
 国王は肯きました。実に、満足そうに。
 良いだろう。認めよう、これより其方は隻眼の魔女の侍従となれ。

 娘は言いました。この揺るがぬ愛を、永久に捧ぐことを誓います。



 侍女は隻眼の魔女の変わらぬ姿を見て、遠い日を思い出していました。
 侍女は願います。いつまでも、愛しき魔女の傍に仕えられるように。

 侍女は言いました。魔女様、本日もお美しいですね。
 魔女は困りました。このように薄汚れていますが、どこが美しいのですか。
 侍女は笑いました。いいえ、それで良いのです。
 魔女様の美しさを知るのは、国王様と私だけで良いのです。

 ねえ、そうでしょう、国王様。



 それは、彼女が幸せに過ごしていた頃の記憶。


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