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いたいのいたいの
しおりを挟むある森に若い魔女が住んでいました。
若い魔女は特別な手を有していました。どんなに深い傷も、どんなに重い病も、その手で掴んで取ることができるのです。
忽ち噂は広まり、若い魔女は癒しの聖女と呼ばれるようになりました。戦争で深い傷を負った兵士が森の小屋に運ばれ、重い病に罹った者が遠い国から足を運び、若い魔女に助けを乞いました。
嗚呼、聖女様、どうか、どうか、命をお救いください。
若い魔女は、自分が聖女と崇められ持て囃されることを不快に感じていました。
けれど、若い魔女はその恵まれた手で人々を救います。人々はますます若い魔女を崇拝し、心酔していきます。いつしか若い魔女を神格化する宗教が興り、国を越えて広がっていきました。
嗚呼、聖女様、どうか、どうか、この世をお救いください。
人々が押し寄せた森は枯れ、人々が踏み締めた大地は荒れ果てました。
若い魔女は住み慣れた地を離れざるを得ませんでした。
誰にも悟られることのない山奥を求め、若い魔女は闇夜に紛れてその姿を消しました。闇夜は若い魔女を哀れに思い、人々の視線を欺きました。
崇拝する聖女を失った人々は天地が返るほど騒ぎました。寿命以外の死を忘れた人々には、どんな小さな傷病も恐怖でしかありませんでした。
嗚呼、聖女様、どうか、どうか、この地にお戻りください。
若い魔女は雲に尋ねます。誰も訪れぬ地を知りませんか。
雲は答えます。誰も訪れぬ地など有りません、哀れな聖女様。
若い魔女は樹から最も深い傷を奪い取り、雲に投げつけました。雲は苦しみ消えていきました。
若い魔女は岩に尋ねます。誰も訪れぬ地を知りませんか。
岩は答えます。誰も訪れぬ地など有りません、愚かな聖女様。
若い魔女は大地を蝕む毒の病を奪い取り、岩に投げつけました。岩は苦しみ砕けてしまいました。
若い魔女は烏に尋ねます。誰も訪れぬ地を知りませんか。
烏は答えます。誰も訪れぬ地など有りません、哀れな魔女様。しかし創ることはできましょう。
若い魔女は烏に尋ねます。誰も訪れぬ地など創れるのですか。
烏は答えます。その手をお忘れですか。傷も病も思いのままにできる魔法をお使いください。貴方が魔女であるならば。貴方が聖女でないならば。
若い魔女は頷きました。私を聖女にしていたのは私だったのですね。
烏は啼きました。その声は大地を震え上がらせました。
嗚呼、魔女様、どうぞ、どうぞ、誰も訪れぬ地をお創りください。
癒しの聖女を失った国では流行病がいくつも蔓延しました。
ある者は全身に黒点が現れ、やがて腐るように死んでいきました。
ある者は何をしても痩せ細り、やがて枯れるように死んでいきました。
ある者は肌に無数の傷が生まれ、やがて崩れるように死んでいきました。
流行病は誰にも治すことができませんでした。誰にも原因を突き止めることができませんでした。
国は弱り、民は減り、誰もが癒しの聖女を求めました。
嗚呼、聖女様、どうか、どうか、この身をお救いください、
ある貧しい娘も癒しの聖女を捜していました。
貧しい娘は流行病で両親を亡くし、住処を失くし、その手には何も残りませんでした。流行病に冒されていないその美しい身体も、すぐに滅びることでしょう。けれど、貧しい娘は癒しの聖女を捜していました。
貧しい娘は空も岩も見ません。知らないことを知っているから。
貧しい娘は真っ先に烏に尋ねます。あなたは若い魔女を知っていますね。
烏は答えます。魔女様に何か御用でしょうか、蝋燭のような御方。
貧しい娘は答えます。若い魔女は何処ですか。灯火が消える前に会わねばなりません。
烏は啼きました。その声は大空に響き渡りました。
嗚呼、恐ろしいことです、貴方のような才女を騙すなど。若い魔女のもとへお連れしましょう。
烏は貧しい娘の肩に止まり、若い魔女のもとへ案内しました。
若い魔女は烏に尋ねます。何故見知らぬ者を連れてきたのですか。誰も訪れぬ地を創ろうとしているのに。
烏は答えます。卑しいこの身は才ある御方に逆らえません。さあ、才女様、その灯火を業火に変える時です。
貧しい娘は語ります。わたしはあなたの罪を知っています。
若い魔女は嘲笑います。貴方が私の何を知っているというのでしょう。
貧しい娘は答えます。流行病はあなたが原因ですね。
才ある娘は全てを見通していました。流行病は若い魔女が樹木の病を掴んで人間に押しつけたものであること。遠く離れたこの地から烏の魔力を通じて伝染させていたということ。
若い魔女がその手で掴んだ傷や病は消失するのではなく、どこかに置かなければならないという制限さえも、貧しい娘は見抜いていました。
貧しい娘は語ります。あなたの住処がかつて滅びたのは、あなたが人々の傷や病を大地と樹木に押しつけたせいですね。あなたが創るのは誰も訪れぬ地ではありません。あなた以外の誰も存在しない地ですね。
若い魔女は嘲笑います。ならば、どうすると言うのでしょう、愚かな娘。今にも消えそうな命の灯火を吹き消してあげましょう。真実を照らす灯火など要りません。
貧しい娘は嘲笑います。真実を照らす灯火など有りません、愚かな魔女。ここに有るのは業火。あなたの罪を、夢を、そしてあなた自身を、火刑に処すのです。
若い魔女は俄かに苦しみます。身体の内側を火炙りにされているような熱感が全身を駆け巡り、若い魔女はその場に崩れ落ちます。
貧しい娘は尋ねます。あなたの手は呪いさえも掴むことができますか。わたしが命を賭して放った呪いを。
若い魔女は癒しの手でその呪いを掴みます。けれど、何処を掴むべきか判りません。呪いは既に全身を蝕み、呪われた手で掴んでも掴んでも薄くなりません。
若い魔女は烏に乞います。嗚呼、どうか、どうか、この身をお救いください。
烏は応えました。良いでしょう、救いましょう。
貴方のその力は、才ある御方にこそ相応しい。
貴方のその身は、怒れる業火にこそ相応しい。より燃え盛るためには、より多くの罪と愚かさが有るべきです。貴方の罪深き魂も、きっと業火に焼かれて救われることでしょう。
烏が啼きました。若い魔女は燃え尽き灰と化しました。
貧しい娘は倒れました。命の灯火は燻る程度しか燃えていませんでした。
烏は命僅かな娘に問います。魔女として生きるつもりはありませんか。
貧しい娘は拒みました。もう生きるつもりはありません。愚かな魔女への復讐を遂げたのですから。その力は苦しむ民のためにお使いください。
そうして、貧しい娘の命は空に解き放たれました。
烏は語ります。
嗚呼、やはり貴方は才ある御方。卑しいこの身の思惑さえも全てお見通しなのでしょう。故に、魔女としての生よりも人間としての死を選ばれた。僕はまた、真の魔女となり得る者を捜さねばなりません、
清らかな御身を讃えましょう。冴え渡る叡智を讃えましょう。
せめて、貴方の最期の願いを叶えましょう。
そして、貴方に安らかな眠りを与えましょう。
ある森に一際大きな樹が有りました。
大樹は人々を見守り、如何なる災禍も防いでいました。かつて蔓延した流行病も、突如現れた大樹によって根絶されていました。
生き延びた人々は大樹を崇拝していました。しかし、誰もが烏の教えを守り、大樹に近づこうとしませんでした。
烏の教えは語り継がれます。
誰も訪れぬ地とせよ。大樹の恩恵のみを得るのなら。
†
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