キスから始まる恋心

にのみや朱乃

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16. わたしの傷痕

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 昼休み、わたしは悠夏と昼食を終えて、そのまま食堂の席で話していた。

 わたしが瀧本くんの家で一週間待ってほしいと言ったのは、あの場で言う勇気がなかったからというのもあるけれど、悠夏の意見を聞いておきたかったからだ。悠夏もわたしの背中の傷痕のことは知らない。悠夏がどういう反応をするのか、悠夏から見て瀧本くんは受け入れてくれそうか、先に聞いておきたかった。それによって、わたしがどれだけ覚悟しなければならないかがわかる。もしかしたら今日にでも言えよという話になるかもしれないし、瀧本くんの気持ちが冷めてしまう可能性を先に察知できるかもしれない。

 さっさと切り出せば良いのに、昼食が終わってしまった。教室では話しづらいし、できるならここで話し終えてしまいたい。わたしは一度深呼吸して、悠夏に向き直った。

「ねえ、悠夏。相談があるんだけど」
「どしたの? 旦那の話?」
「まあ、そうかも。わたしね、こ、告白しようと思って」

 悠夏はその言葉を聞いて首を捻った。意味がわからないという顔をしている。

「まだだったんだ。早くしたら? 旦那待ちくたびれてるよ」
「う、そ、それでね、告白するにしても問題があって」
「ないよ。旦那が詩織を振るわけないでしょー? あれ相当ぞっこんだよ?」

 そうなんだ。客観的に見たら、瀧本くんがわたしに好意を寄せているのもわかりやすいのか。

 でも、それをひっくり返すほどの情報が手元にある。明かさなければならない手札がある。わたしは呆れたようにしている悠夏に、隠していた秘密を打ち明ける。

「わたし、背中にすごい傷痕があるの」
「そうなの?」

「うん。小さい頃に虐待されてて、その時の傷とか、火傷とかが痕になって残ってるの。それがすごく気持ち悪いんじゃないかなって」
「ふんふん。それで?」

 悠夏は驚く気配もない。もう少し反応があると思ったのだけれど、実際に見ないとこういう反応なのだろうか。悠夏が思っているよりも絶対に醜いものなのに。

「それで、そんなものあったら瀧本くんに嫌がられるんじゃないかなと思ってるの」
「なるほどねぇ。そんなに酷いの?」

「見る? わたしは結構酷いと思ってるんだけど」
「見ましょう。見たらあたしの考えも変わるかもしれないし」

 わたしは頷いて席を立つ。食べ終わった食器を返却口へ返して、悠夏とトイレに向かう。

 誰にも見せたことがない傷痕。悠夏は、わたしのいちばんの親友はどんな反応をするのだろうか。悠夏が引くようだったら、わたしは瀧本くんにこの想いを伝えられるだろうか。いつか見られるかもしれないと思いながら、瀧本くんに愛を告げることができるだろうか。

 幸いにして女子トイレには誰もいなかった。わたしは制服のシャツを捲り上げて、悠夏に醜い傷痕を晒す。わたしに刻まれた暴力の証を。

 悠夏は、眉ひとつ動かさなかった。

「ここだけ?」
「うん。やっぱり、結構気持ち悪いよね?」
「まあ、あたしの感想だから、旦那とは違うかもしれないけどぉ」

 悠夏はそう前置きして、わたしの傷痕をそっと隠した。

「この程度で愛を止められると思うなよ、かなぁ」
「ど、どういうこと?」
「あたしだったら気にしない。お腹にあっても気にしない。だって、見た目だけが好きなわけじゃないから。中身も含めて、詩織が好きだから。詩織は気にしてるんだろうけど、詩織が思うほど周りは気にしないんじゃないの?」

 悠夏のまっすぐな言葉が胸に刺さる。わたしは何も言えなかった。

「むしろねぇ、こんなものがあるってだけで愛が冷めると思われたことがショックだよ。そんな軽い気持ちで好きになってないから。その傷痕も、傷痕を汚点だと思う詩織も、まとめて全部愛してやるよって思う」

「こんなものがあっても、いいのかな? 瀧本くん、何も言わないかな?」

「言わないよ。瀧本くんは絶対に大丈夫。それは、あたしより詩織のほうがわかってるんじゃないの? 瀧本くんなら受け入れてくれるって、自分でも思ってるでしょ?」

「わかんない。瀧本くんがどう思うのか。それが、怖くて」

「それで詩織がずっと告白しなかったって知ったら怒るかもね。そんなもので俺の愛がどうにかなると思ったか、とかね」

 悠夏が瀧本くんの声を真似しながら言うから、わたしは思わず笑ってしまった。

 あとはもう、瀧本くんを信じるしかないのだ。この傷痕があると知っても、瀧本くんは何も言わないのか。悠夏の言うように、この程度では愛が冷めないのか。それは、瀧本くんにこの傷痕のことを告白してみないとわからない。

「大丈夫。詩織と瀧本くんの愛は、こんなものじゃ引き裂けないよ」

 悠夏はやわらかく微笑んだ。わたしを勇気づけるように。

「で、いつ言うの? 今日?」
「今日は、ちょっと。もう少し心の準備が」

「しなくていいから。結果なんてわかりきってるんだからさぁ、怯えることないよ」
「怖いの。瀧本くんがわたしのことを好きなのはわかってる。でも、この傷痕があるせいでそれがひっくり返ったらどうしようって」

「絶対ひっくり返らないって。悪いほうに考えすぎなの。うまくいくことだけ考えればいいの」
「でも、今日は無理。せめて明日」

 悠夏がこれ見よがしにため息を吐く。わたしの踏ん切りの悪さに呆れたのだろう。

「じゃあ明日でもいいけどさぁ、いつ言っても一緒だよ?」
「わかってる。わかってるけど」
「早めに言ってあげなよ。旦那も待ってるのしんどいと思うし」

 それは理解している。瀧本くんのためにも、早く決心しなければならない。

 明日。明日か。一週間と言ってあるし、もう少し気持ちを整理しても良いかもしれない。


 そんなことを言っているから、ずるずると先延ばしになるのだけれど。
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