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28 佐伯10(明寿専用の運転手/32歳) 明寿の初恋2、暴力、強姦 (完)
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あの時、ああ言ったのは単なる気紛れだったのかもしれない。いや、多分そうだろう。
自分にとって生活の全ては暇つぶしだ。何もかもが楽しくてつまらない。
超能力などあってもなくても明寿には優れた頭脳と運動神経、適応力、全てが備わっていた。そのような小学生であれど、まぁ強いて言うならば足りないものと言えば感情の起伏というものだろうか。
生まれて数年、明寿は物心ついたころからあまり自身の感情を表に出すことがなくなった。というよりも物心がついたために己の感情をコントロールすることが上手くなったという方が正しいかもしれない。
一応、楽しいことは楽しいし、怒りも感じる。ペットが亡くなれば悲しいと思うし、ホラー映画だって見れば少しは怖いとも思うから別に問題はないだろう。
そんな大人びた明寿であるがたまには少しくらい悩むことだってある。
少しの悩み、というのがあの〝佐伯〟なのだが。
現在、明寿はそのことについて一人で散歩をしながら考えているのだ。
「何故僕は佐伯を勧誘しようと思ったのか。人助け?憐れみ?まさか…それはないね!う~ん、僕が人助けをするような人間だったとすれば今頃我が家には溢れかえるほどの使用人がいるだろうしな~。自分で言うのも何だけど、そこまで僕の性格はお人よしじゃない」
自己分析をしながら明寿はうんうん唸っている。久しぶりに脳みそをフル回転させているせいか独り言が多い気がする。もしかするとここまでうんうん唸りながら考え事をするのは初めてかもしれない。
自身の理解不能とも言える行動の意味がわからないのは気持ちが悪いものだ、とそこでも自己分析をしている明寿の姿はかなり珍しい。時々ハッとしたようにまた独り言を呟き再びうんうん唸り出す。
「はっ、もしや、これが、恋!!…などとは思えない。一目見て好きになりました~、なんて気持ちはこれっぽっちもなかったもんねぇ…。運命的な出会い~、でもなかったし?これが運命だったらちょっとどうかと思うけど~」
そんなことをブツブツ呟きながら、気が付けば明寿はあの公園へと辿り着いていた。ここは佐伯と出会った公園だ。ブランコに座る佐伯の姿を思い出し、明寿はフラリと公園へ入った。
何となくブランコに座りキーキーと漕いでみる。
「あの時の佐伯の顔はまるで世界の終わりのような雰囲気で気になったといえば気になったんだけど……、あれ?あそこにいるのは佐伯と……誰かな?」
ふと公園に生えている木々の隙間からチラリと見えたのは、訓練を終えて明寿の専属運転手となったばかりの佐伯の姿だった。
これから毎日、明寿の家で住み込みで雇うことになっている佐伯だが、普段着や下着などの衣類に収納棚など、細々とした生活用品を揃える必要があるために休暇を与えていた。
佐伯は別にいらないと言っていたが、譲らなかったのは明寿の両親だった。明寿が運ばせた佐伯の荷物はとても少なかった。生活用品と言えるものは衣類と洗面道具、あとは財布くらいで、スーツケースに入れるほどもないくらいだったのだ。
驚いた明寿の両親はこれでは東条家として納得できない!!など訳の分からないことを言い出し、佐伯に無理矢理休暇を与えて今から言うモノを全部買って来い!などと言いながらポイッとクレジットカードを一枚佐伯に強制的に手渡したのだ。
まさかクレジットカードをそのまま相手に渡すとは、流石の明寿も驚きに目を丸くしたくらいだ。領収書などいらぬ、とにかく買って来い、買うまで帰って来るな、ということだろうか。
もし悪用でもされたらどうするのだろう…とも思ったが、不思議と佐伯はそのようなことはしないだろうという確信があった。それを両親も感じていたためにカードを渡したのだろうが、当の本人である佐伯はその行動にドン引きしていたという。
ということで今朝から佐伯は一日買い物に行っているはずなのだが。
「…それにしても佐伯、何だか顔色が悪いけど具合でも悪いのかな?隣の男も気になるかなー」
佐伯の隣にピタリとくっついて歩くガタイのいい男は誰なのか、明寿は気になってそっと気付かれないように後をついていくことにした。公園から歩くこと数十分、時刻はそろそろ夕方になりつつある。空が少し暗くなってきた。
あれから目の前の二人は時々立ち止まり何やら話をしているようだが明寿のところまでは声は聞こえない。隠れてそっと覗いてみれば、男の言葉に佐伯は時々嫌そうな顔をしたり、距離を取ろうとしているが男が腕を掴んだまま放そうとしない。
しばらく歩き続け二人は誰も通らないような静かな路地裏へと入っていく。入っていくというよりは嫌がる佐伯を無理やり引っ張るようにして連れて行くというようにも見えた。
なにやら少し危ない気配を感じた明寿は足早に二人の入った路地裏へと向かっていく。角を曲がってそっと覗いた場所に、二人の姿はなかった。きっとまだ先の閉鎖された建物街へと進んだのだろう。
ただならぬ二人の様子に若干の焦りを感じたのか、明寿は立ち止まって目を閉じた。そして超能力の一つである遠距離の透視をすることにした。これは最近ようやくコントロールできるようになってきた能力で、神経を研ぎ澄ませることでどうにか見えない場所にいる相手の姿を覗くことができるのだが、声を聞き取ることはまだできない。
(とにかく集中して………、いた!…あっ、佐伯、ちょっとヤバイかも?ええっと、ここからだとどこら辺かな…)
明寿の脳内へと映し出された映像に二人はいた。しかしそこからわかる二人の雰囲気はとても危険な感じだった。狭い路地裏の奥、佐伯は逃げ場のない行き止まりで襲ってきた男に抵抗していた。
地面に叩きつけるように体を押し倒され、痛みと恐怖に佐伯の顔色は真っ青だった。それでも必死で暴れて抵抗する姿を最後に明寿の能力は途切れてしまった。やはり長時間使い続けるのは今の明寿には難しいようだ。
しかしおおよその場所の特定はできた。明寿は走った。
パンッ!!
頬を叩かれ佐伯は唇を切った。
パンッ!!
再び同じ場所を叩かれ佐伯の頬が赤く染まる。
「…っ」
「いい加減大人しくしろ!!今までどこにいたんだ!!俺から逃げられると思ってるのか!?お前は俺のモノだろ!!勝手に消えることなんて許すわけねぇだろ!!それとももう新しい男が出来たってか!?ああ??」
「ち、ちが…っ、お、おれはっ、おまえのモノじゃ…」
パンッ!!パンッ!!パンッ!!
佐伯が抵抗する度に男は何度も佐伯の頬を叩き続ける。
口の中も切れたのか、佐伯の吐き出した唾液には血液が混ざり真っ赤に染まっていた。男は我を忘れた様に発狂し、佐伯はガクガクと震える体で逃げようともがいている。
「逃げるな!!言ってわからないなら体に言い聞かせてやる!!」
「あああっ、やっ、やめっ…ひっ…」
ビリイイイイッ
男が無理やり佐伯の服を破り、佐伯の表情は恐怖で強張っている。充血した目からポロポロと涙が零れるが男は気にすることなく佐伯の体からボロボロに裂けた布を剥がしていく。
必死の抵抗虚しく、あっという間に佐伯は全裸にされてしまった。
逃げようとする度に男が力いっぱい腕や肩を握り締めるもので、既に佐伯の体にはあちらこちらに痣や傷が出来ていた。地面に擦れて全身の至る所に血が滲んでしまっている。
痩せた体で抵抗しても佐伯よりも数倍体の大きな男の前では無意味だった。
しばらくすると、とうとう佐伯は体力が尽きてしまったのかぐったりとしたまま動かなくなる。ゼーゼーと苦しそうに呼吸しながらも口は嫌だ止めてと何度も言い続けている。
男はニヤリとして佐伯の腰を厭らしく触り始めた。
「やっと大人しくなったな。おい、佐伯。」
「や…、やめ…っ…」
小学生だった明寿の日常に突然現れた佐伯という男に、ただ軽い気持ちで、単なる人助けのつもりで、それだけの気持ちで何となくそう言っただけ。
ただ、そう言っただけなのに、何故こうも佐伯という男が気になるのか、明寿にはわからない。
わからないことは好きじゃない。だからそばに置くのだ。そして観察すればいい。それだけだったのに。
何となく欲しくなってきたのだ。
初めて公園で出会った時に見た寂しそうな顔は自分よりも幼く見えたのに、迷子だと言って家まで送り届けてくれた時の顔は優しくて綺麗だった。
あんな顔で話しかけられたら世の中の男たちは皆、勘違いしてしまうかもしれないな、と明寿は思った。
そんなことを考えながら暗い路地裏を進んでいくと、どこからか物音がしたような気がして明寿は動きを止めた。
「…曲がり角にいる」
ポツリと呟きそっと音を立てずに歩いていく。そして曲がり角をこっそりと覗けばそこには目的の人物がいた。
それを見て明寿は目の前が一瞬、真っ赤に染まったような気がした。周りの音全てが消え、呼吸さえも止まったかと思った。
「佐伯…」
視線の先に佐伯はいた。地面に這いつくばりグッタリとする佐伯に男が覆いかぶさり体を揺さぶっている。付近には佐伯の体から溢れ出たと思われる夥しい量の血液と精液、それら以外の体液が飛び散りとても悲惨な状態だった。
佐伯の表情は下を向いているため見えないがきっと最悪の状態だということは誰にでもわかる。
時々くぐもったような声で唸る佐伯の声が聞こえ、明寿は二人に向かい歩き出した。
静かに進みながらとうとう明寿は二人の数歩手前までやってきた。
それに気付いたのは佐伯に覆いかぶさっている男だけだった。佐伯はきっと意識が朦朧としているのだろう、薄っすらと開いている目は何も見えていないようだ。
「おい、クソガキ!!ここはガキの来るような場所じゃねえ!!とっとと失せろ!!」
明寿に気付くなり、男は大声で怒鳴った。
しかし明寿には聞こえているのかいないのか、男の言葉に反応する様子がない。
そのままじっと男に組み敷かれたままの佐伯を見続けている。
明寿の顔に表情はなかった。静かに視線を下げたまま。
見下ろした佐伯の顔は思った以上に血の気が引いて真っ青になっていた。頬は叩かれた跡で真っ赤になっているし、唇からは血が垂れている。虚ろな目から溢れる涙は止め方を忘れてしまったのか、ずっと流れ続けている。
後ろに撫でつけられていた綺麗な髪もグシャグシャになり汚れていた。
裸に剥かれた全身は地面に擦り付けられどこもかしこも傷だらけで、美しいと感じていた佐伯の姿は無残なものだった。
男は明寿がいるにもかかわらず、その動きを止める気もないらしい。
夢中で腰を振り、気味悪く笑っている。
明寿の中で何かが切れた気がした。この現場を見て何を思い何をしたいのか、そんなことはどうでもよかった。
ただ一つ、今はこの男の存在が忌々しく感じられた、今すぐにこの男の存在を消したいと思った、それだけだった。
表情のない明寿の顔が変化した。
口角を上げ、ニコリと笑う。だが目は笑っていない。
「ねぇ、お兄さん、話があるんだけど、少しいいかな?」
「ああ!?失せろって言っただろうが!!」
「こっちを見てくれない?」
「あああっ!!クソガキ!!これ以上邪魔すると殴り殺すぞ!!」
男は切れた様に叫び、佐伯の中からペニスを乱暴に抜いた。その衝撃で佐伯は小さく叫んだが既に意識はなくそのままグッタリと地面に沈んでいる。
真っ赤に腫れ上がり充血した肛門は閉じ切らずにヒクヒクとしている。そこから男の精液と傷ついた腸内から垂れた血液がドロリドロリと流れ続けている。
ピクリとも動かなくなった佐伯に舌打ちし、男は激怒した様子で明寿の胸倉を掴んだ。
「邪魔しやがってクソガキが!!」
そう叫んで男は拳を振り上げた。
次の瞬間。
「〝動くな、そして口を閉じろ〟」
「…っ、………っ!!?」
明寿がそう言った瞬間、男は言われた通り動けなくなり口も閉じてしまった。驚いたように目を見開き明寿を見た。しかし明寿は男に胸倉を掴まれたまま恐怖に怯えることなくニコリとしていた。
動けなくなった体と開かなくなった口、そして明寿のその奇妙な笑顔に男の全身から冷や汗が流れる。
「〝その汚い手を放せ〟」
「…っ、……っ!!」
「……さて、どうしようかな。今すぐ死んでくれなんて言わないけど、相応に罰は必要だよね?」
「……っ」
わけのわからない状況と明寿の言葉に男は恐怖を覚え、全身を震わせ始めた。開かれた口から出る軽い言葉と冷たい視線、そして感情のない笑顔、全てが怖かった。
目の前にいるのは小学生くらいの子供なのに。何故自分は動けないのか、喋れないのか、言われるがまま手を放したのか、何もかもが理解できない未知の恐怖だった。
視線を逸らそうとしても逸らすことができない。明寿の目が怖かった。次に言われる言葉は一体何だろうか。その言葉に自分はどうなってしまうのか。
次第に男の息遣いは荒くなり、過呼吸のようになっていた。
明寿はその様子を見ても何の反応もしない。しばらくして明寿の口が開いた。
「…さて、…さて、どうしようか。あなたは僕の運転手に傷をつけたんだよ。僕が自分で選んだ美しい男を、あなたはボロボロにしてしまった。僕の佐伯を好きにしていいのは僕だけだ。おまえ、どうする?いっそ死んでしまいたいとおもうように生かせてやろうか?」
「…っ!!!!!」
明寿の言葉に、男はあまりの恐怖でパニックになった。血走った目を見開き全身がガクガクと震え、呼吸は益々荒くなっていく。それでも明寿は気にした様子もなく言葉を続ける。
「ねぇ、佐伯は気付いていないみたいだけど、佐伯はとっても美しいと思うでしょ?そうだよね、僕がそう思うのだから、だれが見ても佐伯は美しいよね。優しいし、可愛い。見ていると何だか胸が弾むような気がするし、嬉しくなってくる。こういう気持ちってなんて言うのかな?まだ子供の僕にはよくわからないけど、いずれわかる気がする。これから佐伯と一緒に生活していくうちに少しずつ気に入った理由もわかってくるんだって思っていたんだけど、僕のこれからの楽しい気持ちっていうのを全部グチャグチャにしたんだよ、おまえ」
「…っ、……ひぃっ…」
「見て、佐伯の姿。可哀想に。こんなに泣いて、傷ついて、ボロボロになって。きっと心も傷ついてしまったよ。せっかく僕の運転手として頑張ってくれようとしてたのに」
「ひぃっ、ひぃっ…っ!!」
明寿の口から言葉が出る度に男は情けない悲鳴を上げる。
もう男の耳には明寿の言葉は正確に入ってこないのだとわかり、明寿の表情は消えた。何も理解できないのならこれ以上男と話をしても無駄だ。もうこの汚らしい男の顔は見たくない。
無表情になった明寿に、男は最大の恐怖を感じた。心臓が今にも爆発しそうだった。
そして明寿はどうでもいいような口調で言う。
「もう僕の前から消えてくれる?その汚い顔を見るのも嫌だな」
「…っ、ひっ、ひっ、ひっ……っ…」
そう言って明寿は男に告げた。
「〝路地裏に向かって歩き続けろ、ひたすら歩き続けろ、歩いて歩いて歩いて、ずっと歩いて、いつまでも歩き続けろ〟」
「…ひぃーっ、ひぃーっ、ひぃーっ!!!!!」
明寿の命令通り、男は路地裏のもっと奥、ずっと奥に向けて歩いていく。ここは誰も住むことがなくなった廃墟の続く場所。いつまでも路地裏は続き、やがて辿り着く場所は深い闇の中。
男は歩き続けるだろう、一日、二日、三日、四日…。いつまで歩き続けるのかは明寿にもわからない。ただ歩き続けるのだ。
その後ろ姿を明寿が見ることはない。命令した瞬間から明寿の視線は既に佐伯へと移っていた。
誰にも見送られることもなく、佐伯を犯した男は暗闇に向かって消えていったのだった。
ピクリとも動かない佐伯を見て、明寿の思考は真っ白になった。息はしているが弱々しく、今にも死んでしまいそうなほど体は冷たくなってしまっていた。
子供の明寿の力では佐伯を抱えて連れて行くことはできないため、家から迎えを呼ぶ必要があった。その前に軽く体を拭いて少しでも綺麗にしなければならない。
「…佐伯、痛かった?ごめんね、もう少し早く来ればこんなに傷だらけになってなかったかもしれないのに…。もしかすると佐伯はこういう経験を今までにもしてきたのかな?こんなふうに襲われて、傷付いて…」
明寿は使用人の一人から聞いたことを思い出していた。
着替えを手伝った時に使用人は佐伯の体にいくつかの消えない傷があることに気が付いたらしい。それは縫った痕だったり、ケロイドになっていたり、変色していたりで。
どれも治っては繰り返したような痕ばかりで色も薄っすらと残っているものが多いが、中には傷が深いものもあったかもしれないようだ、と。
確かに、目の前にいる佐伯の体には今出来たばかりの傷が多いが、中には使用人の言う通り佐伯の全身には薄い傷痕が無数にあった。白く滑らかな肌には似つかわしくないような痕ばかりで、何となく嫌な気分になった。
「ケロイドとか、これ絶対タバコで焼かれたって感じだよね。佐伯が悪いわけじゃないかもしれないけど、こういうのは今日限りで終わりにしようね。僕の佐伯がこれ以上傷物になるのはあんまり好きじゃないな。…僕の?」
自分の言葉に明寿は疑問を覚えた。
そういえば先ほどから男に投げかけていた言葉の中で、明寿は無意識に『僕の佐伯』と何度も言っていた。何故自分は確認するように何度も『僕の』と言ったのだろうか。
「…確かに、僕の運転手なんだから、佐伯は僕のってことになるよね。だから『僕の佐伯』で間違ってないでしょう?佐伯は僕のだよ。僕だけの佐伯…、うん、佐伯は僕だけが好きにできるんだから別におかしくない。…ん~、専属の運転手だし、専属ってことは一生佐伯は僕と一緒にいるんだし、これからもずっと佐伯は僕のだし…」
考えれば考えるほどよくわからなくなってくる。
明寿はどうにもその考えがスッキリとせず、少し納得いかずにブツブツと呟きながら持っていたが佐伯の姿を再び見て、あまり時間をかけるわけにはいかないため、その考えを中断することにした。
とにかく早く汚れを拭いて迎えを呼ばなければならない。少し急ぎ足で鞄からタオルを取り出して佐伯の体を綺麗に拭いていく。いつも持っている鞄の中にはタオルと水が入っており、持っていてよかったと改めて思った。
何か佐伯の体を覆う布でもないかと辺りを見渡し、少し離れた所に男が脱ぎ捨てていった上下の服が目に入った。不本意ではあったがこれしかないため無いよりはマシと思いそれを佐伯に着させてやる。
あとは控えになっている使用人に場所を伝えて迎えに来てもらうように電話をすればいい。
「…ふう。やっぱり細身とはいっても大人の体は僕より大きいから少し綺麗に拭いてあげるだけでも大変だね。…体、痛いよね。顔色は今までに見た中で一番悪い。もうちょっとで迎えがくるから、そしたら温かい車の中に入れるから、もうちょっと我慢してね」
冷え切った体がカタカタと震えている。少しでも温まるようにと明寿は佐伯の体を抱き締めた。
すると佐伯は無意識なのか人の体温を感じた瞬間、ビクッと全身を震わせて硬直した。次第に震えが大きくなり、呼吸も荒くなる。どうしたのかと佐伯の顔を見れば薄っすらと目を開き、虚空を見つめながら涙が零れ出した。
動かない体を無理やりにでも動かそうと暴れ、荒い呼吸の中で何かを叫ぶように口をパクパクとさせている。不審に思った明寿はその小さな声を拾い上げようと佐伯の口元に耳を寄せた。
「…や、いやっ…、やめて…っ、もう、しないでっ、…いたいっ、…こわいっ、…だれかっ、た、たすけてっ…、…っ、…やだぁ…っ」
「佐伯?」
「ひぃっ…、ひぃーっ、…ひぃっ…ひぃ……っ、…ひぅっ、……うぅっ……」
「佐伯!!ちゃんと呼吸して!!」
何が起こったのか、佐伯は突然暴れ出し、呼吸困難になったようだ。過呼吸になり苦しそうに喘いでいる。流石の明寿もこれには驚いたように佐伯の体を揺さぶった。
しかし佐伯は怯えたように拒絶を繰り返し、何かに怯えるようにひたすら暴れ続けている。
あまりの苦しさに佐伯は泣きじゃくり、明寿の体を突っぱねようと必死に手に力を入れているが、今の佐伯には子供の明寿を押しのけるような体力もなく、ただ苦しみに喘ぐだけ。
きっと佐伯の様子から察するに、他人の温かさを通して過去に受けた暴力や強姦を思い出しているのだと明寿は考えた。とにかく暴れる佐伯を落ち着かせるためにどうすればいいかと考える。しかし珍しく焦っているせいか、どうにもいつもの調子が出せず何も思いつかない。
「ええっと、ええっと、う~っ、どうしよう。今この手を放したら佐伯の体が地面に激しくダイブしちゃうだろうし、でも放さないと暴れるしっ、うわ~、どうしたんだ僕、何も思いつかないっ」
「ひぃーっ、ひっ、やだぁ…っ」
「あ~っ、こらっ、暴れないでっ、…佐伯!!」
「ひぃぃ…っ」
「佐伯…」
あまりの怯え方に佐伯の姿が明寿よりも随分幼く感じられ、佐伯が先ほどの男からの仕打ちでより酷く傷ついてしまったことを思い知ることとなった。
意識が戻った時、佐伯の心はどうなっているのだろう。
明寿は一つ深呼吸をして佐伯を抱き締めている腕の力を強くした。すると佐伯は益々恐怖を感じ、必死に藻掻こうとする。
そんな佐伯に対して明寿は静かに佐伯の耳元に唇を寄せて静かに口を開いた。
「〝ねぇ、佐伯。ここには僕と佐伯しかいないよ。ほら、ちゃんと僕を見て〟」
「ひうっ、…ひぃっ、…ひっ…、っ…」
「〝佐伯、おまえは僕のなんだよ。僕の佐伯、怖い人は誰もいないよ、僕だけしかない。だから、怖くないよ〟」
「…っ、……ひっ…………」
「〝僕の名前を言ってごらん、ほら、佐伯〟」
「…っ…、………あ、あきとし、さま…」
「〝そう、僕は佐伯の主人、東条明寿。これから佐伯を好きに扱えるのはこの僕だけ。だから佐伯はいついかなる時でも僕のそばにいなければいけない。誰が何を言おうと、誰が何と誘おうと、佐伯は僕の許しなしには誰とも一緒にいてはいけない。わかった?〟」
「…っ、はいっ、明寿様…っ、わたくし、佐伯はっ、…明寿様のそばにずっと………」
「ふふふ、そう、ずっと僕のそばにいること。〝…おやすみ、佐伯…〟」
佐伯は明寿の暗示にかかった。明寿は佐伯の目を見る。そして佐伯は明寿の顔を見るなり安心したように眠ってしまった。
今の明寿の能力では暗示をかけるための力が十分ではない。どこからどこまで暗示がかけられたかもわからないが、それでも佐伯は明寿を見て、安心した様に眠った。それだけでいい。
次に目を覚ました時にはきっと東条家に戻っているだろう。
そう、今はただ眠って。もう怖い夢なんて見ないから。
そしてこれからはずっと僕と生きて行こう。
一生、佐伯は僕の隣にいるんだよ。
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