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第1章――1 【 自由奔放なパートナー/吸血鬼との旅 】
第3話 レッツゴー、異世界!!
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「(あぁ。なんだ、この感覚は)」
困惑と高揚の二律背反を覚えながら、僕は少女の吸血? が終わるまでジッとその場で硬直していた。
状況は依然混迷を極めながらも、少しずつ落ち着きを取り戻せている。
少女が首筋に噛みついた時に生じた痛みはまだ続いているが、これが良い意味で僕を冷静にさせてくれた。どうにか状況を処理しようと加速する思考が痛みによって鈍化して、パズルのピースを一つずつ填めていくように状況を整理する余裕をくれている。
とりあえず頭の中で状況を整理しておいて、答え合わせは少女の吸血が終わってからだ。
「――ぷはっ」
しばらくして耳元に吐息が弾けたような音が聞こえた。視線を下げると吸血を終えたのか、僕の首筋からようやく歯を抜いた彼女が恍惚な表情を浮かべながら口唇をぺろりと舐めずりした。
その艶やかな光景に一瞬見惚れてしまいながら、僕はハッと我に返ると首を横に振ってから女性に問いかけた。
「もう、血は飲まなくて平気なの?」
「えぇ。貴方のおかげでかなり回復できたわ。ありがと」
「ど、どういたしまして?」
女性のお礼に戸惑いながら返す僕。
それから、女性は僕から離れていくと、身体の調子を確かめるように肩を回したり首をポキポキと鳴らす。
「づあぁぁぁ。傷は塞げたけど、身体だっるぅ。それにまだちょっと痛いし」
「あ、あの」
「ん? なに?」
ぎこちなく声を掛けると、女性は気さくな感じで応じてくれた。
いきなり人の首筋に噛みついてきたもんだからまた何か突拍子もない行動でも起こすのでは? と懸念していたが、普通に会話は通じるみたいだ。
「えっと、聞きたいことはたくさんあるんだけど、一番大事なことを確認させてほしい。その、身体は平気なの?」
「えぇ。平気よ」
おずおずと訊ねると女性はこくりと頷いた。
「クソ勇者の呪いの攻撃は時間経過で解けて止血はできたんだけど、傷を治癒する為の魔力を空間転移で使い切っちゃってね。ちょっと……あぁいや、実はかなり危なかったんだけど、貴方が私に血の飲ませてくれたおかげで枯渇していた魔力が回復して治癒魔法が使えたの」
「ゆ、勇者? 空間転移? 治癒魔法?」
この子、さっきから何を言ってるんだ?
訳が分からない、と困惑する僕に女性は特に気する様子もなく、ぐいっと顔を近づけてきて、
「ところで貴方。名前はなんて言うの?」
「な、名前?」
「そう。貴方の」
そういえばまだ名前を言ってなかったっけ。とはいえ数分前まで逼迫していた状況だったし、それに何よりもこの子がまともに話せるような状態じゃなかったんだけど。
気になることは色々あって疑問は尽きない。それでも、確かに軽く自己紹介くらいはしておいた方がいいと判断して。
なんだかキラキラとした目で僕を見てきている女性に若干気圧されながら、
「僕の名前は、暁千里」
「アカツキ・センリ……ふむ、変わった名前ね」
「どこがさ?」
「全体的に」
全体的にて。
「まぁ、名前はべつに気にしないわ。それに口ずさんでみれば意外と好きかも。アカツキ・センリ……うん。特にセンリって響きがいいわね。気に入ったわ」
「あ、ありがと」
不覚にも自分の名前を褒められてしまって、思わず照れしまう僕に女性が不気味そうに顔をしかめる。
僕は慌ててコホンッ、と咳払いすると、
「それじゃあ次はキミが僕に名前を教えてよ」
「リリスよ」
どうやら、彼女は外国人だったらしい。けれど、それにしては日本語がとても流暢だ。ひょっとすると彼女は日本生まれの外国人なのかもしれない。
「リリスか。性は?」
「そんなの魔族の私が持ってるわけないでしょ」
「な、なに?」
女性、改めリリスの口からまた突拍子もない単語が聞こえて、僕は眉間に皺を寄せた。
「マゾク? ってもしかして魔物の種族ってこと?」
「えぇ。そうよ。より正確に分類するなら、私は吸血鬼よ」
あぁ。ダメだ。いよいよ現実離れしてきた。
くらくらと頭が回る。やっと平常運転に戻った思考がまた混乱してきた。
「大丈夫?」
「いや、全然大丈夫じゃない」
魔法とか吸血鬼とか、そんなものこの世界じゃ空想上の存在でしかない――そのはずなのに、今は完全に否定できない自分がいることに驚きを隠せない。
それを引き起こさせている原因は眼前の彼女だ。
見つけた時は息も絶え絶えといった様子で倒れていたのに、僕の血を吸った途端に元気になった彼女を見てしまえば魔法は未だ信じられなくても『吸血鬼』ぐらいなら実在するんじゃないか、と僕の十六年の人生経験を揺らがせてくる。
「それにしても、貴方はすごく美味しかったわ。こんなに魔力が満ちていく感覚は久しぶりよ」
「それって褒めてるの?」
「うん。貴方の血は極上ものよ。毎日飲みたいくらいだわ!」
たぶん、これは吸血鬼的に称賛してくれてるんだろう。でもなんでだろう。全然嬉しくない。
リリスがキラキラとした眼差しを僕に向けてくるけど、僕はそれをどう受け止めていいのか分からずぎこちない笑みを浮かべるばかり。
「あ、そうだ。貴方に聞きたいことがあるんだけど」
「えっと、何かな」
リリスはこの裏路地をきょろきょろと見まわしながら僕に訊ねた。
「ここはどこ? 見た感じどこかの国か街に見えるんだけど」
「えっと、ここは日本だけど……」
「ニホン? 聞いたことない国名ね。それとも町名かしら」
リリスがはて、と首を傾げた。そんな彼女の反応に、僕は呆気取られたようにぱちぱちと目を瞬かせて、
「聞いたことないって……キミこそどこから来たのさ」
「クゥエスよ」
「クゥエス。聞いたことないな」
「えー⁉ 貴方、クゥエスを知らないの⁉」
聞いたことのない単語に眉間に皺を寄せると、リリスが「信じられない!」と驚愕した。
「シムッタ大陸じゃそれなりに大きくて有名な街よ。商人の行き交いが多いことから商の街とも呼ばれてるくらい貿易が盛んで……」
「ちょ、ちょっと待った!」
「なによ?」
クゥエスという街について説明してくれているリリスに僕は両手を突き出して待ったを掛けた。
すこし不機嫌そうに眉尻を下げるリリスの剣呑に怖気づきながら、僕はいよいよリリスとの話についていけていないことを告白した。
「ごめん。さっきからリリスの言ってること全然分からないんだけど」
「分からないって、どこから?」
「最初からだよ! 魔法とか吸血鬼とかクゥエスとか……キミの話全部!」
リリスとの会話が始まってからずっと現実味のない話だったが、まぁ彼女が中二病だったりアニメの設定に憧れている外国人ならと思い込んでどうにか自分の中で処理してきた。
けれど、さっきの会話でそれもいよいよ限界を迎えた。
僕がリリスのこれまでの発言の中で最も強い違和感を覚えたもの。それは、
「シムッタ大陸なんて、この地球には存在しないんだよ!」
「――――」
声を上げて強く否定する。シムッタ大陸、リリスの口からその単語を聞いた瞬間、これまで彼女に抱いていた不信感が爆発してしまった。
「ご、ごめん。急に声なんか荒げて」
「…………」
ハッと我に返り、慌ててリリスに頭を下げる。しかしリリスからの返答は何もなかった。
怖がらせてしまったかも、と感情に振り回されたことを後悔しながら下げていた顔を上げると、リリスは視線を落として顎に手を置いていた。
その光景が僕には、何か思案しているように見えて。
「リリス?」
「……なるほど。つまり論より証拠ってワケね」
恐る恐る思案中のリリスを覗き込む。何やらぶつぶつと一人で呟いているみたいだ。上手く聞き取れずに戸惑っていると、やがて何かの結論に至ったように小さく頷いたリリスが僕のことをジッと見つめてきて。
そして、
「まぁ、一緒に行くくらいなら問題ないか。血も美味しかったし、最悪しばらく二人で行動するのもアリね」
「え? なに、どういうこと?」
リリスの思考と言葉の意味が全く分からない。ただ、すごく嫌な予感がした。
反射的に身体が一歩リリスから退がる。何やら不敵な笑みを浮かべているリリスがよっと立ち上がると、ついでのように僕の腕を掴んで強制的に立ち上がらせた。
――あ、なんか、本当にヤバいやつじゃ……。
「よしっ! センリ! 今から一緒に空間転移するわよ!」
「は⁉ え⁉ て、テレポート⁉」
僕の腕をガッチリ掴んでそう宣言したリリスに、僕はいやいやと首を横に振る。
「テレポートなんてできる訳ないでしょ!」
「だーかーらー。今から何を言っても信じてくれないセンリに見せてあげるって言ってるのよ。貴方がなんで私の言う事全部否定するのか全く理解できないけど、その目で見れば否応なく納得するでしょ」
「遠慮します⁉」
「残念ながら貴方に拒否権はありませーん」
リリスの手を振りほどいて逃げようとするが振りほどける気配がしない。僕がいくらひ弱な男子だとしても、僕よりも華奢な彼女を一ミリも動かすことができないのはさすがに理屈に合わなかった。
マズイマズイマズイマズイマズイ――よく分からないけど、とにかくこの子から逃げなきゃ!
必死に逃げようと藻掻く、そんな僕とは裏腹に、リリスは遠足気分の園児のような無邪気な笑みを浮かべていて。
「さあ! 無知な田舎者の貴方に見せてあげるわ! これが魔法! そして広大な世界を!」
「間に合ってます!」
「いいから行くわよ! そしてその目で現実をちゃんと見なさい!」
涙目になって首を横に振る僕にリリスは一切構うことなく高らかな声音で言った。
そして、リリスは僕の腕を掴んだまま、空いた片方の手を壁に向かって掲げると、ビシッと一指し指を突き出して、
「――空間転移」
一切の淀みのない、流麗な声音で〝魔法〟を唱えた。
リリスの声を起動の合図として、それがこの世界に顕現する。
魔法陣だ。小さな円形が壁に描かれたように刻まれ、それは徐々に巨大化していく。やがて僕とリリスの二人を容易に収納できるほどの大きさになると、ブラックホールを彷彿とさせる黒い空間を発生させてその場に停滞した。
僕の眼前に広がる光景。それは幻覚でも、ホログラムでもない。紛れもなく、この世界には存在しないはずの力――
「――これが、魔法!」
この時、胸に途方もない感動を覚えたのを、僕は生涯忘れることはなかった。
それは僕の日常を壊す魔法で。それは僕の常識を覆す奇跡で。それは、僕の平穏な日常を終わらせる、吸血鬼が起こした最悪の魔法。
「さあ! 行くわよ、センリ!」
「えっ、いやちょっと行くってどこに⁉」
「決まってるでしょ! 貴方が信じてない世界によ!」
「ちょ待って……力つよっ⁉ ――嘘でしょ⁉」
「嘘じゃなーい!」
「ちょ、ほんとに待っ……」
それは神様や異世界人に選ばれた召喚でも。死んで生まれ変わって新しい人生を送る転生でもない。
出会いは運命で、始まりは唐突に。僕の異世界への行き方は、偶然助けた異世界の吸血鬼による、強引な転移だった。
「うわああああああああああああ⁉」
こうして、僕、暁千里の十七年間の地球での暮らしは唐突に幕を閉じ――そして、異世界での新しい生活が始まるのだった。
困惑と高揚の二律背反を覚えながら、僕は少女の吸血? が終わるまでジッとその場で硬直していた。
状況は依然混迷を極めながらも、少しずつ落ち着きを取り戻せている。
少女が首筋に噛みついた時に生じた痛みはまだ続いているが、これが良い意味で僕を冷静にさせてくれた。どうにか状況を処理しようと加速する思考が痛みによって鈍化して、パズルのピースを一つずつ填めていくように状況を整理する余裕をくれている。
とりあえず頭の中で状況を整理しておいて、答え合わせは少女の吸血が終わってからだ。
「――ぷはっ」
しばらくして耳元に吐息が弾けたような音が聞こえた。視線を下げると吸血を終えたのか、僕の首筋からようやく歯を抜いた彼女が恍惚な表情を浮かべながら口唇をぺろりと舐めずりした。
その艶やかな光景に一瞬見惚れてしまいながら、僕はハッと我に返ると首を横に振ってから女性に問いかけた。
「もう、血は飲まなくて平気なの?」
「えぇ。貴方のおかげでかなり回復できたわ。ありがと」
「ど、どういたしまして?」
女性のお礼に戸惑いながら返す僕。
それから、女性は僕から離れていくと、身体の調子を確かめるように肩を回したり首をポキポキと鳴らす。
「づあぁぁぁ。傷は塞げたけど、身体だっるぅ。それにまだちょっと痛いし」
「あ、あの」
「ん? なに?」
ぎこちなく声を掛けると、女性は気さくな感じで応じてくれた。
いきなり人の首筋に噛みついてきたもんだからまた何か突拍子もない行動でも起こすのでは? と懸念していたが、普通に会話は通じるみたいだ。
「えっと、聞きたいことはたくさんあるんだけど、一番大事なことを確認させてほしい。その、身体は平気なの?」
「えぇ。平気よ」
おずおずと訊ねると女性はこくりと頷いた。
「クソ勇者の呪いの攻撃は時間経過で解けて止血はできたんだけど、傷を治癒する為の魔力を空間転移で使い切っちゃってね。ちょっと……あぁいや、実はかなり危なかったんだけど、貴方が私に血の飲ませてくれたおかげで枯渇していた魔力が回復して治癒魔法が使えたの」
「ゆ、勇者? 空間転移? 治癒魔法?」
この子、さっきから何を言ってるんだ?
訳が分からない、と困惑する僕に女性は特に気する様子もなく、ぐいっと顔を近づけてきて、
「ところで貴方。名前はなんて言うの?」
「な、名前?」
「そう。貴方の」
そういえばまだ名前を言ってなかったっけ。とはいえ数分前まで逼迫していた状況だったし、それに何よりもこの子がまともに話せるような状態じゃなかったんだけど。
気になることは色々あって疑問は尽きない。それでも、確かに軽く自己紹介くらいはしておいた方がいいと判断して。
なんだかキラキラとした目で僕を見てきている女性に若干気圧されながら、
「僕の名前は、暁千里」
「アカツキ・センリ……ふむ、変わった名前ね」
「どこがさ?」
「全体的に」
全体的にて。
「まぁ、名前はべつに気にしないわ。それに口ずさんでみれば意外と好きかも。アカツキ・センリ……うん。特にセンリって響きがいいわね。気に入ったわ」
「あ、ありがと」
不覚にも自分の名前を褒められてしまって、思わず照れしまう僕に女性が不気味そうに顔をしかめる。
僕は慌ててコホンッ、と咳払いすると、
「それじゃあ次はキミが僕に名前を教えてよ」
「リリスよ」
どうやら、彼女は外国人だったらしい。けれど、それにしては日本語がとても流暢だ。ひょっとすると彼女は日本生まれの外国人なのかもしれない。
「リリスか。性は?」
「そんなの魔族の私が持ってるわけないでしょ」
「な、なに?」
女性、改めリリスの口からまた突拍子もない単語が聞こえて、僕は眉間に皺を寄せた。
「マゾク? ってもしかして魔物の種族ってこと?」
「えぇ。そうよ。より正確に分類するなら、私は吸血鬼よ」
あぁ。ダメだ。いよいよ現実離れしてきた。
くらくらと頭が回る。やっと平常運転に戻った思考がまた混乱してきた。
「大丈夫?」
「いや、全然大丈夫じゃない」
魔法とか吸血鬼とか、そんなものこの世界じゃ空想上の存在でしかない――そのはずなのに、今は完全に否定できない自分がいることに驚きを隠せない。
それを引き起こさせている原因は眼前の彼女だ。
見つけた時は息も絶え絶えといった様子で倒れていたのに、僕の血を吸った途端に元気になった彼女を見てしまえば魔法は未だ信じられなくても『吸血鬼』ぐらいなら実在するんじゃないか、と僕の十六年の人生経験を揺らがせてくる。
「それにしても、貴方はすごく美味しかったわ。こんなに魔力が満ちていく感覚は久しぶりよ」
「それって褒めてるの?」
「うん。貴方の血は極上ものよ。毎日飲みたいくらいだわ!」
たぶん、これは吸血鬼的に称賛してくれてるんだろう。でもなんでだろう。全然嬉しくない。
リリスがキラキラとした眼差しを僕に向けてくるけど、僕はそれをどう受け止めていいのか分からずぎこちない笑みを浮かべるばかり。
「あ、そうだ。貴方に聞きたいことがあるんだけど」
「えっと、何かな」
リリスはこの裏路地をきょろきょろと見まわしながら僕に訊ねた。
「ここはどこ? 見た感じどこかの国か街に見えるんだけど」
「えっと、ここは日本だけど……」
「ニホン? 聞いたことない国名ね。それとも町名かしら」
リリスがはて、と首を傾げた。そんな彼女の反応に、僕は呆気取られたようにぱちぱちと目を瞬かせて、
「聞いたことないって……キミこそどこから来たのさ」
「クゥエスよ」
「クゥエス。聞いたことないな」
「えー⁉ 貴方、クゥエスを知らないの⁉」
聞いたことのない単語に眉間に皺を寄せると、リリスが「信じられない!」と驚愕した。
「シムッタ大陸じゃそれなりに大きくて有名な街よ。商人の行き交いが多いことから商の街とも呼ばれてるくらい貿易が盛んで……」
「ちょ、ちょっと待った!」
「なによ?」
クゥエスという街について説明してくれているリリスに僕は両手を突き出して待ったを掛けた。
すこし不機嫌そうに眉尻を下げるリリスの剣呑に怖気づきながら、僕はいよいよリリスとの話についていけていないことを告白した。
「ごめん。さっきからリリスの言ってること全然分からないんだけど」
「分からないって、どこから?」
「最初からだよ! 魔法とか吸血鬼とかクゥエスとか……キミの話全部!」
リリスとの会話が始まってからずっと現実味のない話だったが、まぁ彼女が中二病だったりアニメの設定に憧れている外国人ならと思い込んでどうにか自分の中で処理してきた。
けれど、さっきの会話でそれもいよいよ限界を迎えた。
僕がリリスのこれまでの発言の中で最も強い違和感を覚えたもの。それは、
「シムッタ大陸なんて、この地球には存在しないんだよ!」
「――――」
声を上げて強く否定する。シムッタ大陸、リリスの口からその単語を聞いた瞬間、これまで彼女に抱いていた不信感が爆発してしまった。
「ご、ごめん。急に声なんか荒げて」
「…………」
ハッと我に返り、慌ててリリスに頭を下げる。しかしリリスからの返答は何もなかった。
怖がらせてしまったかも、と感情に振り回されたことを後悔しながら下げていた顔を上げると、リリスは視線を落として顎に手を置いていた。
その光景が僕には、何か思案しているように見えて。
「リリス?」
「……なるほど。つまり論より証拠ってワケね」
恐る恐る思案中のリリスを覗き込む。何やらぶつぶつと一人で呟いているみたいだ。上手く聞き取れずに戸惑っていると、やがて何かの結論に至ったように小さく頷いたリリスが僕のことをジッと見つめてきて。
そして、
「まぁ、一緒に行くくらいなら問題ないか。血も美味しかったし、最悪しばらく二人で行動するのもアリね」
「え? なに、どういうこと?」
リリスの思考と言葉の意味が全く分からない。ただ、すごく嫌な予感がした。
反射的に身体が一歩リリスから退がる。何やら不敵な笑みを浮かべているリリスがよっと立ち上がると、ついでのように僕の腕を掴んで強制的に立ち上がらせた。
――あ、なんか、本当にヤバいやつじゃ……。
「よしっ! センリ! 今から一緒に空間転移するわよ!」
「は⁉ え⁉ て、テレポート⁉」
僕の腕をガッチリ掴んでそう宣言したリリスに、僕はいやいやと首を横に振る。
「テレポートなんてできる訳ないでしょ!」
「だーかーらー。今から何を言っても信じてくれないセンリに見せてあげるって言ってるのよ。貴方がなんで私の言う事全部否定するのか全く理解できないけど、その目で見れば否応なく納得するでしょ」
「遠慮します⁉」
「残念ながら貴方に拒否権はありませーん」
リリスの手を振りほどいて逃げようとするが振りほどける気配がしない。僕がいくらひ弱な男子だとしても、僕よりも華奢な彼女を一ミリも動かすことができないのはさすがに理屈に合わなかった。
マズイマズイマズイマズイマズイ――よく分からないけど、とにかくこの子から逃げなきゃ!
必死に逃げようと藻掻く、そんな僕とは裏腹に、リリスは遠足気分の園児のような無邪気な笑みを浮かべていて。
「さあ! 無知な田舎者の貴方に見せてあげるわ! これが魔法! そして広大な世界を!」
「間に合ってます!」
「いいから行くわよ! そしてその目で現実をちゃんと見なさい!」
涙目になって首を横に振る僕にリリスは一切構うことなく高らかな声音で言った。
そして、リリスは僕の腕を掴んだまま、空いた片方の手を壁に向かって掲げると、ビシッと一指し指を突き出して、
「――空間転移」
一切の淀みのない、流麗な声音で〝魔法〟を唱えた。
リリスの声を起動の合図として、それがこの世界に顕現する。
魔法陣だ。小さな円形が壁に描かれたように刻まれ、それは徐々に巨大化していく。やがて僕とリリスの二人を容易に収納できるほどの大きさになると、ブラックホールを彷彿とさせる黒い空間を発生させてその場に停滞した。
僕の眼前に広がる光景。それは幻覚でも、ホログラムでもない。紛れもなく、この世界には存在しないはずの力――
「――これが、魔法!」
この時、胸に途方もない感動を覚えたのを、僕は生涯忘れることはなかった。
それは僕の日常を壊す魔法で。それは僕の常識を覆す奇跡で。それは、僕の平穏な日常を終わらせる、吸血鬼が起こした最悪の魔法。
「さあ! 行くわよ、センリ!」
「えっ、いやちょっと行くってどこに⁉」
「決まってるでしょ! 貴方が信じてない世界によ!」
「ちょ待って……力つよっ⁉ ――嘘でしょ⁉」
「嘘じゃなーい!」
「ちょ、ほんとに待っ……」
それは神様や異世界人に選ばれた召喚でも。死んで生まれ変わって新しい人生を送る転生でもない。
出会いは運命で、始まりは唐突に。僕の異世界への行き方は、偶然助けた異世界の吸血鬼による、強引な転移だった。
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