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私とお父様は居間で手紙を広げ、しばらく無言でしたが、徐々にお父様の顔がほころんでいくのが見て取れました。最近のお父様は私の結婚話がうまく進まないことでピリピリしていたのですが、かつてないほどの上機嫌になりました。
「おい! 俺とビアンカに最高のお菓子と紅茶を出すんだ! 高いやつだぞ。間違っても安いのはいらないからな。早くしろ!」
お父様は使用人にこう指示したあと、ニコニコして私を見ました。
出てきたお菓子と紅茶はいずれも上等の品です。うちにはこんな高級品を買う余裕なんてないはずなのに、お父様はいつも惜しみなく買いつけしろと言います。そんなお父様を見かねたお母様が、近頃は最高級品ではなく中級品を代わりに買ってごまかしています。お父様は味音痴なので、食べ物は我が家の節約の筆頭なのでした。
「お父様。別に最高のものでなくとも美味しく頂けますよ」
私がこう言うと、お父様は「ガハハハ」と豪勢に笑いました。
「何を言っているビアンカ。お前はこれから王家に嫁ぐんだぞ。もっと贅沢を言え。俺も鼻高々だ。これでお前が行き遅れする心配もなくなるし、それどころか王家の仲間入りだ!」
「は、はぁ……」
お父様がお菓子をぼりぼりと頬張り始めます。
「どうやって第三王子に取り入ることができたんだ? 以前、お前を結婚相手にどうかと王家に打診したことがあるが、そのときは門前払いだったんだぞ」
「そうだったのですか!?」
私が昨日丘の上で偶然お会いしたのは、王国の第三王子ディートハルト様だそうです。今朝早馬で届いた手紙には昨日の会話の細部も書かれていて、間違いありませんでした。
お父様は喜びのあまり鼻息を荒くしています。勢いよく口を紅茶につけるものだから「熱っっ!」と舌を火傷していました。「熱すぎるだろバカもんが!」と使用人を叱りつけると、また笑顔で手紙に見入ります。
「ビアンカ。本当によくやったぞ。これで我が家は王家の親戚となる。俺の祖父の代で途絶えていた王家との縁がここでまた復活するんだ。嬉しい……嬉しいぞ! 今日は宴だ!」
私はこのまま進めようとするお父様を見て、急に不安になりました。そもそも昨日の話は……夢の話だと思っていたからです。
「結婚の話なのですが……お断りしようと思います。もし王家に嫁ぐなら、第三王子をしっかりお支えしなければなりません。しかし私にはその責務が果たせるとは思えないのです。責任が重すぎます……」
お父様はニヤニヤ顔を一転させ、眉間にしわを寄せて鬼のような形相に変わりました。
「何を言っている!? この手紙には、お前の妻としての義務は月に一度の会食のみと明記されている。持参金もいらないんだぞ!? 破格の待遇だ。こんな好条件の縁談を逃す手はない。それに……もし断れば我が家の存続にも関わる。王家の敵になっては生きていけない」
この調子になると、お父様は手がつけられません。思い通りにならないと怒り、反対する者は敵と見なします。
私の心の中でも今回ばかりは逃げられないと直感していました。私には見栄も野望もないため静かに暮らせていたらそれでよいのですが、王家の願いとあらば諦めるほかなさそうでした。
お父様は威圧的な態度を取り続けています。爵位があるだけの父親だと理解していますが、それでもやはり父親です。私はお父様を愛している……いや、少なくとも愛そうとしているので、結婚の話に乗る代わりに条件を出しました。
「では、結婚の話はお受けします。しかしその代わり……今月で暇を出す予定だったジュリとクララを、そのまま使用人として雇い続けてください」
「なに!? あいつらは俺が欲しい物を『今は我慢ください』などと言って逆らったのだぞ!」
「お父様……、私も未熟者ではありますが、家計の事情を少しは理解しているつもりです。彼女たちはこの家の繁栄を願ってお父様に意見したのです。貴重な人材です。彼女たちに暇を出すというなら……私は結婚を拒否するまでもなく……湖に身投げしようと思います」
私は精一杯の目力を入れて、お父様を見つめました。私の真剣な思いが通じてか、お父様も言葉に窮して、「ふぅむ……」と考え込みました。
「……いいだろう。ジュリとクララはそのまま使い続ける。その代わり、大人しく王家に嫁へ行ってくれるな?」
「かしこまりました。約束です」
こうして私はモンテベッロ家の大黒柱の使用人をなんとか二人つなぎとめました。彼女たちのやりくり、使用人へのフォローがあってこそ、モンテベッロは成り立っていました。お父様がクビにすると聞いたときに絶望していたのですが、自分の結婚話をだしにして、モンテベッロはぎりぎり持ちこたえられそうです……。
お父様と話を終えようとしたとき、使用人のジュリが駆け足で居間まで来ました。息を切らし表情がこわばっているので、緊急事態のように見えました。
ジュリは胸をおさえながら、お父様と私を交互に見て言いました。
「お客様がいらしています! 第三王子の……ディートハルト様と、お付きのエミール様です!」
「おい! 俺とビアンカに最高のお菓子と紅茶を出すんだ! 高いやつだぞ。間違っても安いのはいらないからな。早くしろ!」
お父様は使用人にこう指示したあと、ニコニコして私を見ました。
出てきたお菓子と紅茶はいずれも上等の品です。うちにはこんな高級品を買う余裕なんてないはずなのに、お父様はいつも惜しみなく買いつけしろと言います。そんなお父様を見かねたお母様が、近頃は最高級品ではなく中級品を代わりに買ってごまかしています。お父様は味音痴なので、食べ物は我が家の節約の筆頭なのでした。
「お父様。別に最高のものでなくとも美味しく頂けますよ」
私がこう言うと、お父様は「ガハハハ」と豪勢に笑いました。
「何を言っているビアンカ。お前はこれから王家に嫁ぐんだぞ。もっと贅沢を言え。俺も鼻高々だ。これでお前が行き遅れする心配もなくなるし、それどころか王家の仲間入りだ!」
「は、はぁ……」
お父様がお菓子をぼりぼりと頬張り始めます。
「どうやって第三王子に取り入ることができたんだ? 以前、お前を結婚相手にどうかと王家に打診したことがあるが、そのときは門前払いだったんだぞ」
「そうだったのですか!?」
私が昨日丘の上で偶然お会いしたのは、王国の第三王子ディートハルト様だそうです。今朝早馬で届いた手紙には昨日の会話の細部も書かれていて、間違いありませんでした。
お父様は喜びのあまり鼻息を荒くしています。勢いよく口を紅茶につけるものだから「熱っっ!」と舌を火傷していました。「熱すぎるだろバカもんが!」と使用人を叱りつけると、また笑顔で手紙に見入ります。
「ビアンカ。本当によくやったぞ。これで我が家は王家の親戚となる。俺の祖父の代で途絶えていた王家との縁がここでまた復活するんだ。嬉しい……嬉しいぞ! 今日は宴だ!」
私はこのまま進めようとするお父様を見て、急に不安になりました。そもそも昨日の話は……夢の話だと思っていたからです。
「結婚の話なのですが……お断りしようと思います。もし王家に嫁ぐなら、第三王子をしっかりお支えしなければなりません。しかし私にはその責務が果たせるとは思えないのです。責任が重すぎます……」
お父様はニヤニヤ顔を一転させ、眉間にしわを寄せて鬼のような形相に変わりました。
「何を言っている!? この手紙には、お前の妻としての義務は月に一度の会食のみと明記されている。持参金もいらないんだぞ!? 破格の待遇だ。こんな好条件の縁談を逃す手はない。それに……もし断れば我が家の存続にも関わる。王家の敵になっては生きていけない」
この調子になると、お父様は手がつけられません。思い通りにならないと怒り、反対する者は敵と見なします。
私の心の中でも今回ばかりは逃げられないと直感していました。私には見栄も野望もないため静かに暮らせていたらそれでよいのですが、王家の願いとあらば諦めるほかなさそうでした。
お父様は威圧的な態度を取り続けています。爵位があるだけの父親だと理解していますが、それでもやはり父親です。私はお父様を愛している……いや、少なくとも愛そうとしているので、結婚の話に乗る代わりに条件を出しました。
「では、結婚の話はお受けします。しかしその代わり……今月で暇を出す予定だったジュリとクララを、そのまま使用人として雇い続けてください」
「なに!? あいつらは俺が欲しい物を『今は我慢ください』などと言って逆らったのだぞ!」
「お父様……、私も未熟者ではありますが、家計の事情を少しは理解しているつもりです。彼女たちはこの家の繁栄を願ってお父様に意見したのです。貴重な人材です。彼女たちに暇を出すというなら……私は結婚を拒否するまでもなく……湖に身投げしようと思います」
私は精一杯の目力を入れて、お父様を見つめました。私の真剣な思いが通じてか、お父様も言葉に窮して、「ふぅむ……」と考え込みました。
「……いいだろう。ジュリとクララはそのまま使い続ける。その代わり、大人しく王家に嫁へ行ってくれるな?」
「かしこまりました。約束です」
こうして私はモンテベッロ家の大黒柱の使用人をなんとか二人つなぎとめました。彼女たちのやりくり、使用人へのフォローがあってこそ、モンテベッロは成り立っていました。お父様がクビにすると聞いたときに絶望していたのですが、自分の結婚話をだしにして、モンテベッロはぎりぎり持ちこたえられそうです……。
お父様と話を終えようとしたとき、使用人のジュリが駆け足で居間まで来ました。息を切らし表情がこわばっているので、緊急事態のように見えました。
ジュリは胸をおさえながら、お父様と私を交互に見て言いました。
「お客様がいらしています! 第三王子の……ディートハルト様と、お付きのエミール様です!」
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