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王国展覧会の発表を三日後に控えた日の正午、ヴァネッサのもとに情報が入った。街外れの浮浪者集団に若い青年が混じっていて、絵を描いているという噂である。浮浪者たちは板状の石を持ち寄って、その青年に顔を描いてもらっているそう。浮浪者たちが整列する光景は、炊き出し以外ではめったに見られないとのことだった。

ヴァネッサは早速ベランジェールとセバスチャンに報告した後、浮浪者たちが集団生活をしているといわれる橋の下に向かった。橋の名前はドーブル橋といい、伯爵領の中でも大きな河川を渡している橋である。

コルテオが失踪してから十日余り経過しており、ヴァネッサは昼夜問わず捜索していたため、頬はこけて、着の身着のまま、髪は乱れたままだった。ベランジェールは悲愴な彼女に休むよう説得していたが、彼女はコルテオを探し続けていた。

ヴァネッサがドーブル橋そばの土手に着くと、確かに浮浪者たちが二十人ばかり列をなしていた。浮浪者たちは地面に座って話しながら、順番を待っているようだった。離れた場所でしばらく様子を観察していると、数分ごとに列が進み、浮浪者はそれぞれ石板をに手にしてその場を離れていた。

ヴァネッサはすれ違いざまに、石板を持った一人の浮浪者の男に話しかけた。


「あの、すみません。その石板はどうしたんですか?」


日焼けした浮浪者の男は歯のない口を開けて、ニカっと笑った。


「いいだろ? 絵の上手いあんちゃんがタダで描いてくれるっていうんで、最近人気なんだ。できあがるのがはえーし、俺なんか今日までに三回も描いてもらった。どれも俺にちげえねえのに、個性的なんだ。芸術家ってえのはすげえな!」


「……絵を描いているのは若い青年ですか?」


「そうだよ」


男はヴァネッサを物珍しそうに見ながら、語を継いだ。

「あの絵描きのあんちゃんはな、突然ぶっ倒れる時がある。腹が減りすぎるからだな。でも、俺たちは飯を分けてやってるんだ。するとあんちゃんはそれをバクバク食べながら絵を描く。腹が減ったら倒れて、眠くなったら寝て、起こされたら絵を描いて、飯を与えられたら食うんだ。変わったやつだけど、なんか放っておけなくて、みんなで可愛がってる」


「教えてくださってありがとうございます!」


ヴァネッサは男に一礼して、絵描きの”あんちゃん”のもとへ走った。コルテオに違いないと思った。コルテオ以外ありえないと思った。

ヴァネッサは土手を駆け下りた。河原の小石が足元で激しく擦れ合い、ヴァネッサの鼓動と共鳴する。風を切り裂くように、ヴァネッサは夢中で走った。列に並ぶ浮浪者たちは、彼女の乱れた髪と、すり減った靴底に目を奪われて、昼過ぎの陽気なおしゃべりをやめた。

(コルテオ……あなたなのよね……!)
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