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エレオノーラはゴードン男爵の書斎へ案内された。彼女が入った瞬間、ゴードン男爵はまるで飛び上がるように椅子から立ち上がり、彼女を歓迎した。彼の髭は国王に会うときよりも整えられている。朝は髪の毛のセットに2時間を費やすほどの気合いの入れようだった。むろん、妻カチェリーナから白い目で見られていたのは言うまでもない。しかしカチェリーナも大人なので、夫の色気づきを呆れつつも、それがモチベーションになるならと広い心で静観していた。
「ややっ! はじめまして! このような田舎までようこそお越しくださいました。どうぞこちらへお掛けください!」
ゴードン男爵は屋敷の中で最も上等な革張りの椅子をエレオノーラに差し出した。エレオノーラの美貌はゴードン男爵の記憶にある姿よりもさらに洗練されていた。間近で見ると、彼女のきりっとした眼や高くすらっとした鼻がゴードン男爵をより圧倒した。ゴードン男爵はここ何十年も感じたことがない胸の高鳴りを感じた。いや、もはや高鳴りどころか、破裂しそうだった。
「迎えの馬車まで手配してくださりありがとうございます。はじめまして、エレオノーラと申します。男爵にお目にかかれて光栄です。以後どうぞよろしくお願い致します」
エレオノーラは淡々と自己紹介をした。愛想はあまりなく、丁寧ではあるが事務的だった。
「ゴードンと申します。王国領スベリアを治める男爵です。普段は領地経営を主な仕事としておりますが、昨今は国際化が深まっておりますゆえ、新たな政治的手腕を身につけようと考えております」
「なるほど。それでフランス語を学びたいということなのですね。素晴らしいお心がけだと思います」
エレオノーラが微笑を浮かべ、ゴードン男爵と目を合わせた。その瞬間、ゴードン男爵は天に舞い上がるような気持ちになった。月に引力があると酒場で聞いたことがあるが、彼女の目ほどの吸引力はないだろうと思った。
……。
「あの……ゴードン様……わたしの顔に何かついていますか……?」
ゴードン男爵ははっとして我に返った。
正面にいるエレオノーラを、知らないうちにぼけっと眺め続けていたのだ!
幼い頃に学んだ宮廷風の作法などとうに忘れてしまったかのようである。彼は急いで目を閉じ、自分の両頬をパンパン叩くと、目を開けたときには視界にお星さまがちらついた。あわあわとうろたえながら言った。
「いやはや先生、失礼しました! まだ飲み物も出していなかった! まったく、カチェリーナは何をしているんだか! 気が利かない妻だ。先生がいらしたというのに、とろくさいったらありゃしない。わしが用意してきますよ。お茶がいいですかな? それともコーヒー? 砂糖とミルクはいかほどに? お菓子はどんなものがお好きですか? クッキーも用意しておりますし、果物なんかもありますよ。ここは田舎ですからな、柿などもおすすめです。柿は食べたことありますか? わしは小さい頃から好きでね。よく柿の木に登ってつまみ食いしたもんです。柿食えば金になるなり修道院……なんて歌もあった気が……いや! これは失礼しました。わしばかり喋ってしまって……ははははは」
エレオノーラは無表情で「いえ、お気遣いなく……」と言ったが、ゴードン男爵は見向きもせずに小走りで書斎を飛び出した。すると、紅茶とお菓子をお盆にのせたカチェリーナがちょうど廊下まで来たところだった。
「カチェリーナ、やっと来たか! 先生を待たせるんじゃないぞ! もうお前はいいから、引っ込んでろ。わしが持っていくから」
そう言ってゴードン男爵はカチェリーナからお盆を奪い取ると、そそくさと書斎に戻っていった。カチェリーナは色めきだった夫の背中を冷ややかに眺めつつ、足音を大きく踏み鳴らして自室に帰った。
(あの人、ちゃんと勉強してくれたらいいのだけど……大丈夫かしら? 先生に対して変な気を起こすなんて……さすがにないわよね。歳だって親娘ほど離れているわけだし)
心配を押し込めるカチェリーナだったが、この悪い予感は当たることになる……
「ややっ! はじめまして! このような田舎までようこそお越しくださいました。どうぞこちらへお掛けください!」
ゴードン男爵は屋敷の中で最も上等な革張りの椅子をエレオノーラに差し出した。エレオノーラの美貌はゴードン男爵の記憶にある姿よりもさらに洗練されていた。間近で見ると、彼女のきりっとした眼や高くすらっとした鼻がゴードン男爵をより圧倒した。ゴードン男爵はここ何十年も感じたことがない胸の高鳴りを感じた。いや、もはや高鳴りどころか、破裂しそうだった。
「迎えの馬車まで手配してくださりありがとうございます。はじめまして、エレオノーラと申します。男爵にお目にかかれて光栄です。以後どうぞよろしくお願い致します」
エレオノーラは淡々と自己紹介をした。愛想はあまりなく、丁寧ではあるが事務的だった。
「ゴードンと申します。王国領スベリアを治める男爵です。普段は領地経営を主な仕事としておりますが、昨今は国際化が深まっておりますゆえ、新たな政治的手腕を身につけようと考えております」
「なるほど。それでフランス語を学びたいということなのですね。素晴らしいお心がけだと思います」
エレオノーラが微笑を浮かべ、ゴードン男爵と目を合わせた。その瞬間、ゴードン男爵は天に舞い上がるような気持ちになった。月に引力があると酒場で聞いたことがあるが、彼女の目ほどの吸引力はないだろうと思った。
……。
「あの……ゴードン様……わたしの顔に何かついていますか……?」
ゴードン男爵ははっとして我に返った。
正面にいるエレオノーラを、知らないうちにぼけっと眺め続けていたのだ!
幼い頃に学んだ宮廷風の作法などとうに忘れてしまったかのようである。彼は急いで目を閉じ、自分の両頬をパンパン叩くと、目を開けたときには視界にお星さまがちらついた。あわあわとうろたえながら言った。
「いやはや先生、失礼しました! まだ飲み物も出していなかった! まったく、カチェリーナは何をしているんだか! 気が利かない妻だ。先生がいらしたというのに、とろくさいったらありゃしない。わしが用意してきますよ。お茶がいいですかな? それともコーヒー? 砂糖とミルクはいかほどに? お菓子はどんなものがお好きですか? クッキーも用意しておりますし、果物なんかもありますよ。ここは田舎ですからな、柿などもおすすめです。柿は食べたことありますか? わしは小さい頃から好きでね。よく柿の木に登ってつまみ食いしたもんです。柿食えば金になるなり修道院……なんて歌もあった気が……いや! これは失礼しました。わしばかり喋ってしまって……ははははは」
エレオノーラは無表情で「いえ、お気遣いなく……」と言ったが、ゴードン男爵は見向きもせずに小走りで書斎を飛び出した。すると、紅茶とお菓子をお盆にのせたカチェリーナがちょうど廊下まで来たところだった。
「カチェリーナ、やっと来たか! 先生を待たせるんじゃないぞ! もうお前はいいから、引っ込んでろ。わしが持っていくから」
そう言ってゴードン男爵はカチェリーナからお盆を奪い取ると、そそくさと書斎に戻っていった。カチェリーナは色めきだった夫の背中を冷ややかに眺めつつ、足音を大きく踏み鳴らして自室に帰った。
(あの人、ちゃんと勉強してくれたらいいのだけど……大丈夫かしら? 先生に対して変な気を起こすなんて……さすがにないわよね。歳だって親娘ほど離れているわけだし)
心配を押し込めるカチェリーナだったが、この悪い予感は当たることになる……
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