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ポンポンと肩を叩き、病室に戻っていく万里江に頭を下げて、奈月は病院の出口に向かう。と、バッグの中でスマホが震えていることに気付いた。
一旦切れたと思ったら、再び震え出した感覚にスマホを取り出しながら出口に急ぐ。画面に表示されたのは侑李の名前で、彼と退社後待ち合わせていたことを思い出した。
「侑李さん、ごめんなさい。ちょっとバタバタしていて……」
向こうの返答も待たず、謝罪の言葉を口にしながら、奈月はバス停の方へと歩き出す。すると、後ろから誰かに肩を叩かれた。振り返ると、スマホを耳に当て、荒い息を吐く侑李が立っていた。
「え……どうして……」
「真壁さんから連絡をいただいたんです、病院にいると。それで、奈月さんもこっちにいるかと……会えて良かった」
彼は少し走ったのだろうか。息が乱れている上に、僅かに額に汗をかいている。
「ごめんなさい、待ち合わせ……すっぽかすつもりじゃ」
「分かってるよ。部下の方が入院になったんだから……一応、何度か連絡を入れたんだけど」
驚いてスマホを確認すると、確かに彼から何度か着信が入っている。
「気付かなかった……」
「気にしないで、会えたんだから。今から帰るところ?」
彼は亜也からどこまでどう聞いたのだろう。そう思いつつ頷くと、送ります、と言われた。そのまま手を取られ、バス停とは反対方向にある駐車場へと向かう。キーレスで鍵を開けた彼に先に乗るよう促され、助手席に乗り込む。その間に支払いを済ませに行った彼が戻ってくると、膝の上に置いた手を握られる。
「大丈夫?」
何が、と問う前に頬に感じた違和感。伝い落ちた涙が彼の手に落ちて、慌てて拭おうとすると、彼の手が先に頬を撫でる。
「すみません、私が泣くのは違う……」
「いや、無理もない。電話口であなたの声がいつもと違って……何かあったんだと分かったけど、少し間を置いてからと思っていた。そしたら真壁さんから、入院することになったと連絡をもらって。何があったか、俺は聞いてもいいのかな?」
握られた手を見つめながら、奈月はどうすべきか悩む。彼に話して、知恵を借りたい。そう思うけれど、亜也が奈月たちだけに真実を話してくれたのは、信用してくれているからだ。それをペラペラと他人の話すのはどうかと思う。
「……これは、人の噂だけど。交差点で跳ねられた女性は、誰かに突き飛ばされたみたいだって」
侑李の言葉に反射的に顔を上げる。見開いた奈月の瞳を、ブルーの瞳が見つめ返した。
「それが本当なら、これは犯罪だ。真壁さんを突き飛ばした犯人は、捕まえなくてはいけない」
彼の言うことはもっともだ。目撃者も大勢いる。どんなに亜也が口を閉ざそうと、警察は真実に辿り着くだろう。だが、彼女の話から考えるに、犯人はきっとシラを切る。亜也が口を閉ざしていることをいいことに。
奈月は俯き、目を閉じた。今、大事なことは何だろう。亜也のために、奈月がしてやれること。今しようとしていることは、本当に彼女のためになるだろうか。
「……元彼、だそうです」
目を開けた奈月は、侑李の手を握り返した。すると、彼も応じるようにさらに力を込める。
「突き飛ばした犯人?」
「ええ。ずっと付き纏われていた、と」
「別れてからずっと?」
「いえ、別れたのは半年程前で、復縁を迫ってきたのが1か月程前。大抵は家の前で待ち伏せしていたらしいです」
「ストーカーだな……警察には?」
「……言えなかったそうです。一度は好きになった人だから、と」
奈月には恋愛の機微がまだよく分からない。好きになって付き合っていた人でも、ストーカーされれば怖いだろうに。別れた理由も、彼の浮気が分かって詰め寄ったら、向こうから別れを切り出されたらしい。
自分が浮気をしたくせに、亜也を傷付ける言葉を吐いて、しばらくしたら復縁を迫ってストーカーになるなんて。傲慢で自分勝手だ。奈月は怒りが湧いてくる。だが、どんなに奈月が怒ろうと、亜也本人が動かなければ意味がない。
「真壁さんは、警察に被害届は出さないと……でも、心配で。またその彼が何かして来るんじゃないかと……」
「そうだね……」
ストーカーから殺人に発展してしまうケースをよくニュースで見る。今回だって、怪我で済んだが、一歩間違えれば命を落としていた。だが、万里江にも言われたように、この件は奈月たちがどんなに考えようと手に負えないことだった。
一旦切れたと思ったら、再び震え出した感覚にスマホを取り出しながら出口に急ぐ。画面に表示されたのは侑李の名前で、彼と退社後待ち合わせていたことを思い出した。
「侑李さん、ごめんなさい。ちょっとバタバタしていて……」
向こうの返答も待たず、謝罪の言葉を口にしながら、奈月はバス停の方へと歩き出す。すると、後ろから誰かに肩を叩かれた。振り返ると、スマホを耳に当て、荒い息を吐く侑李が立っていた。
「え……どうして……」
「真壁さんから連絡をいただいたんです、病院にいると。それで、奈月さんもこっちにいるかと……会えて良かった」
彼は少し走ったのだろうか。息が乱れている上に、僅かに額に汗をかいている。
「ごめんなさい、待ち合わせ……すっぽかすつもりじゃ」
「分かってるよ。部下の方が入院になったんだから……一応、何度か連絡を入れたんだけど」
驚いてスマホを確認すると、確かに彼から何度か着信が入っている。
「気付かなかった……」
「気にしないで、会えたんだから。今から帰るところ?」
彼は亜也からどこまでどう聞いたのだろう。そう思いつつ頷くと、送ります、と言われた。そのまま手を取られ、バス停とは反対方向にある駐車場へと向かう。キーレスで鍵を開けた彼に先に乗るよう促され、助手席に乗り込む。その間に支払いを済ませに行った彼が戻ってくると、膝の上に置いた手を握られる。
「大丈夫?」
何が、と問う前に頬に感じた違和感。伝い落ちた涙が彼の手に落ちて、慌てて拭おうとすると、彼の手が先に頬を撫でる。
「すみません、私が泣くのは違う……」
「いや、無理もない。電話口であなたの声がいつもと違って……何かあったんだと分かったけど、少し間を置いてからと思っていた。そしたら真壁さんから、入院することになったと連絡をもらって。何があったか、俺は聞いてもいいのかな?」
握られた手を見つめながら、奈月はどうすべきか悩む。彼に話して、知恵を借りたい。そう思うけれど、亜也が奈月たちだけに真実を話してくれたのは、信用してくれているからだ。それをペラペラと他人の話すのはどうかと思う。
「……これは、人の噂だけど。交差点で跳ねられた女性は、誰かに突き飛ばされたみたいだって」
侑李の言葉に反射的に顔を上げる。見開いた奈月の瞳を、ブルーの瞳が見つめ返した。
「それが本当なら、これは犯罪だ。真壁さんを突き飛ばした犯人は、捕まえなくてはいけない」
彼の言うことはもっともだ。目撃者も大勢いる。どんなに亜也が口を閉ざそうと、警察は真実に辿り着くだろう。だが、彼女の話から考えるに、犯人はきっとシラを切る。亜也が口を閉ざしていることをいいことに。
奈月は俯き、目を閉じた。今、大事なことは何だろう。亜也のために、奈月がしてやれること。今しようとしていることは、本当に彼女のためになるだろうか。
「……元彼、だそうです」
目を開けた奈月は、侑李の手を握り返した。すると、彼も応じるようにさらに力を込める。
「突き飛ばした犯人?」
「ええ。ずっと付き纏われていた、と」
「別れてからずっと?」
「いえ、別れたのは半年程前で、復縁を迫ってきたのが1か月程前。大抵は家の前で待ち伏せしていたらしいです」
「ストーカーだな……警察には?」
「……言えなかったそうです。一度は好きになった人だから、と」
奈月には恋愛の機微がまだよく分からない。好きになって付き合っていた人でも、ストーカーされれば怖いだろうに。別れた理由も、彼の浮気が分かって詰め寄ったら、向こうから別れを切り出されたらしい。
自分が浮気をしたくせに、亜也を傷付ける言葉を吐いて、しばらくしたら復縁を迫ってストーカーになるなんて。傲慢で自分勝手だ。奈月は怒りが湧いてくる。だが、どんなに奈月が怒ろうと、亜也本人が動かなければ意味がない。
「真壁さんは、警察に被害届は出さないと……でも、心配で。またその彼が何かして来るんじゃないかと……」
「そうだね……」
ストーカーから殺人に発展してしまうケースをよくニュースで見る。今回だって、怪我で済んだが、一歩間違えれば命を落としていた。だが、万里江にも言われたように、この件は奈月たちがどんなに考えようと手に負えないことだった。
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