午前十時を過ぎたなら ―義父との秘密が始まる―

山田さとし

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第一部 恵の選択

第十五章 変化(挿絵付) 

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【啓介と同居 三ヶ月目】 
【20●1年3月17日 AM7:00】

翌朝。
ダイニングで。

※※※※※※※※※※※※※※※

何かぎこちない態度の二人であった。
一人元気に朝食をとって出掛けた武と対照的に、残った二人は口数も少なく食べていた。

武が明るい分、二人の心を重くする。
恵は、まだ身体に残る昨夜の強烈な余韻と共に、心に突き刺すような義父の視線を感じていた。

啓介は嫁の眩しい程の白い肌と息子に対する罪悪感に切なさを噛みしめていた。
時折交わす二人の視線が微妙に絡み合う。

こんなに意識して恵を見つめたのは初めてだった。

今までも淡い恋心は抱いていたものの、決して表情に出さないようにしていた。

それどころか胸の中でも自分の気持ちを認めないよう、押さえていたのだ。

だから、まさか恵の方でも自分を意識しているとは想像もしていないが、時折、視線が合う瞬間にドキリとするように睫毛をまばたかせる仕草が胸を熱くさせていた。

昨夜二人は、それぞれを頭の中で思い描きながら昇っていった。
仮想とはいえ禁断の果実を味わってしまったのだ。

実際に目の前にしてみると、より鮮明に不条理な快感が蘇ってくる。
啓介は無言で階段を昇り、恵は顔を伏せながら食器を洗っていた。

二人が互いを初めて意識し合った朝の事であった。

※※※※※※※※※※※※※※※

そして、午前十時になった。
洗濯物を干す作業の中、抜けるような青空と初夏の爽やかな風が恵の心を軽くしてくれる。

朝食の時は曇りがちの表情だった恵の口元から、白い歯がこぼれている。
その姿をリビングから眺める啓介は昨夜の自分の罪の事は忘れて十時のコーヒータイムを楽しむ事にした。

「お待ちどうさま・・・」

湯気をたてるコーヒーの匂いが香ばしい。
天使の笑顔がそれを運んできた。

「うん、美味い・・・」

子供のような無邪気な義父の笑顔が可愛いと思った。
前はわざとらしく感じ、大嫌いだったのに。

恵は頬杖をつきながら満足そうに見つめている。
透き通る肌の腕に掛かる金色の輪を見つけると、啓介は嬉しそうに言った。

「おぉ、付けてくれたんか・・・?
よぉ、似合うとるでぇ・・・」

恵は素直に顔をほころばせた。

誉め言葉が嬉しい。
これも同様にわざとらしくて嫌だと思っていたのに。

口下手な夫に比べて義父はいつも言葉にしてくれる。
単純な表現なのに心にしみるのが今、ようやく分かった気がする。

「有難う。すごく嬉しかった・・・」
恵も心の底から素直な気持ちで言葉を返した。

(ごめんなさい・・あなた・・・)
朝食の後、見送る夫の背中にむけて心の中で呟いた。

それでも義父とのコーヒータイムに胸が騒ぐ。
呼び出す前にブレスレットを腕につけた。

冷たい感触と金色の輝きが夫への罪悪感を消してくれるような気がする。

すかさず気づいてくれた義父の言葉が胸にしみ、心から感謝の言葉を投げたのだった。

(あぁ・・ええ顔や・・・)

天使の笑顔は無敵である。
啓介の胸はその一言だけで熱くなった。

「でも、悪いわ・・・」
一瞬、例の眉をひそめる顔に変わる。

「ええ(良い)、えぇ・・・て」
男はその表情も好きであったが、やはり今は笑顔を見たくて大きなジェスチャーで言った。

「フフッ・・・」
その仕草が可笑しくて男に微笑みをプレゼントした。

再び男の胸がざわめいてくる。

「でもこれ、いくら位だったんですか・・・?」
失礼と思ったが聞かずにはいられなかった。

「んー、まぁ・・120万や・・・」
啓介はわざと、ぶっきらぼうに答えた。

「えっー・・・?」

恵は目を大きくすると改めてブレスレットを眺めた。
本当に上品なデザインであった。

「えぇんや、それぐらい。
わしゃ、金持ちやさかい・・・な?」

まだ目を丸くしている天使にイタズラっぽく笑いながら言った。

「・・・ぐらい、持っとんのや」

その金額は恵には到底想像もつかない程で、強いて言えば一生遊んでも余るものだった。

「そやから今度買いもんでも、いこ。
おごったるわ・・・」

義父の言葉に瞳を輝かせた恵であったが、キッと睨むような表情に戻った。

「ダメですよ。ムダ使いは・・・」

男の心に又、新しい好みの表情がインプットされた。
啓介は感慨深気に声を出した。

「おぉ・・・そや。
そんなとこがアンタのええとこや・・・
そやな、金は大事にせなあかん・・・」

その言葉に照れながらも、オズオズとつぶやいた。

「でも・・少しぐらいなら・・・」

一瞬の沈黙の後、二人は吹出してしまった。
恵は笑いを堪えながら言った。

「わ、私って本当・・・現金。
プレゼントを貰ったら急に愛想が良くなって・・・
呆れたでしょう・・・お義父さん?」

「まあ、チョッと・・・な」

「プッ・・フフフッ・・・」
「ハハッ・・ハハハハッ・・・」

二人は同時に吹出し、笑い合った。

恵は、ついこの間まで意地を張っていた自分が信じられなかった。
今は義父との会話が凄く楽しい。

「ホンマ、よう似合うとるわ。
やっぱ美人は何つけてもええな・・・」

恵の頬がそまり、ジンと温かいものが身体を包んだ。
大げさで野暮ったい表現なのに。

義父の言葉が心をくすぐる。
お世辞でも女は誉められるのが嬉しい。

あんなにイヤだった関西弁が返って、キザに聞こえなくて良い。
それに引き換え、夫の武からは結婚してから具体的に誉められた記憶が無い。

恵は言葉を交わす内に身体が熱くなるのを感じた。

義父と二人きりでいる。

昨夜、恵は初めてオーガズムを体験した。
頭の中に義父の顔と例の残像を浮かべながら。

(ああ・・わたし・・・この人と・・・)
禁断の想いを心の中で呟いてしまいそうになる。

こうして目の前で会話しながらも、昨夜の熱い興奮に胸が締め付けられてしまう。
もしも今、義父に抱きしめられたら、どうなるのだろうか。

抵抗できる自信は無い。
昨夜もそうだったから。

錯覚とはいえ、義父に犯されながら快感に耐えきれずに自分から唇を重ねたのだ。
夫の唇を、舌を義父だと思い込み貪っていた。

(ああ・・わたし・・・お義父さんと・・・)
いつしか、恵は義父の視線に絡ませるように見つめ返していた。

朝食の時は目が合うと反射的にそらしていたのに。
夫がいないことが大胆にさせるのだろうか、見つめ合う心地良さに浸っている。

身体が熱い。
今夜も義父と共に昇るのだろうか。
いけないとは思うのだが、不条理にも頭に浮かぶのだった。

※※※※※※※※※※※※※※※

(ホンマ・・・ええ、顔や・・・・)
啓介は切ない想いで恵を見つめていた。

長いまつ毛で覆われた瞳は潤みがちに光を散乱させている。
小さな口元は綻び、時折、白い歯を覗かせてくれる。

同居してから殆ど見せてくれなかった笑顔は今、啓介を有頂天にさせる。
まるで天使のようだと何度も思った。

以前は誉め言葉にも眉をひそめ、嫌悪感をあらわにしていたのに。
言った途端、後悔するほどの切なさに何度落ち込んだことだろう。

それが今は惜しげもなく可愛い笑顔を向けてくれる。
プレゼントして本当に良かったと思う。

そして、同居したことも。
啓介は幸せを噛みしめていた。

残りの人生を恵と過ごせることの幸運を満喫することにしたのだ。
たとえ、それが禁断の恋であろうとも。

息子に対する罪の意識は消えてはいない。
だが今は、天使の全てを心に焼き付けたかった。

還暦になるというのに少年の如く恋心を抱いている。
こんな幸せなことがあるだろうか。

恵の仕草、表情の一つ一つが心に染みる。
うつむいた横顔、はにかむ口元、全てが愛おしい。

カップで隠すようにしながら啓介は熱い視線を送る。
まるで、恵を犯しているかの如く。

朝食の時、二人は目が合うと戸惑う様に互いに視線を逸らした。
そんな切ない瞬間が、忘れていた少年の頃の情熱を思い出させてくれる。

だが、今は恵の方から視線を絡めてくれているような気がする。
錯覚だろうか。

それでもいい。
もう、自分を欺くのはやめよう。

地獄に堕ちてもいい。
恵を、この天使を愛おしく想うことを捨てたくない。

(好きや・・・)
封印していた想いを心の中で投げる。

(好きです・・・)
天使の眼差しが同じ想いを返してくれる気がするのは、妄想がなせるわざだろうか。

妄想でもいい。
残りの人生全てをかけて恵を愛していこうと思った。

妄想の中で恋人に、夫婦になるのだ。
そして今夜も又、愛する天使を犯そうと思った。

啓介と恵。
義父と息子の嫁。

禁断の愛が少しずつ芽吹いていく。
熱い想いがモラルという氷を溶かそうとしていた。

二人のコーヒータイムは徐々に妖しい時間に変化していくのであった。
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