15 / 77
第一部 恵の選択
第十五章 変化(挿絵付)
しおりを挟む【啓介と同居 三ヶ月目】
【20●1年3月17日 AM7:00】
翌朝。
ダイニングで。
※※※※※※※※※※※※※※※
何かぎこちない態度の二人であった。
一人元気に朝食をとって出掛けた武と対照的に、残った二人は口数も少なく食べていた。
武が明るい分、二人の心を重くする。
恵は、まだ身体に残る昨夜の強烈な余韻と共に、心に突き刺すような義父の視線を感じていた。
啓介は嫁の眩しい程の白い肌と息子に対する罪悪感に切なさを噛みしめていた。
時折交わす二人の視線が微妙に絡み合う。
こんなに意識して恵を見つめたのは初めてだった。
今までも淡い恋心は抱いていたものの、決して表情に出さないようにしていた。
それどころか胸の中でも自分の気持ちを認めないよう、押さえていたのだ。
だから、まさか恵の方でも自分を意識しているとは想像もしていないが、時折、視線が合う瞬間にドキリとするように睫毛をまばたかせる仕草が胸を熱くさせていた。
昨夜二人は、それぞれを頭の中で思い描きながら昇っていった。
仮想とはいえ禁断の果実を味わってしまったのだ。
実際に目の前にしてみると、より鮮明に不条理な快感が蘇ってくる。
啓介は無言で階段を昇り、恵は顔を伏せながら食器を洗っていた。
二人が互いを初めて意識し合った朝の事であった。
※※※※※※※※※※※※※※※
そして、午前十時になった。
洗濯物を干す作業の中、抜けるような青空と初夏の爽やかな風が恵の心を軽くしてくれる。
朝食の時は曇りがちの表情だった恵の口元から、白い歯がこぼれている。
その姿をリビングから眺める啓介は昨夜の自分の罪の事は忘れて十時のコーヒータイムを楽しむ事にした。
「お待ちどうさま・・・」
湯気をたてるコーヒーの匂いが香ばしい。
天使の笑顔がそれを運んできた。
「うん、美味い・・・」
子供のような無邪気な義父の笑顔が可愛いと思った。
前はわざとらしく感じ、大嫌いだったのに。
恵は頬杖をつきながら満足そうに見つめている。
透き通る肌の腕に掛かる金色の輪を見つけると、啓介は嬉しそうに言った。
「おぉ、付けてくれたんか・・・?
よぉ、似合うとるでぇ・・・」
恵は素直に顔をほころばせた。
誉め言葉が嬉しい。
これも同様にわざとらしくて嫌だと思っていたのに。
口下手な夫に比べて義父はいつも言葉にしてくれる。
単純な表現なのに心にしみるのが今、ようやく分かった気がする。
「有難う。すごく嬉しかった・・・」
恵も心の底から素直な気持ちで言葉を返した。
(ごめんなさい・・あなた・・・)
朝食の後、見送る夫の背中にむけて心の中で呟いた。
それでも義父とのコーヒータイムに胸が騒ぐ。
呼び出す前にブレスレットを腕につけた。
冷たい感触と金色の輝きが夫への罪悪感を消してくれるような気がする。
すかさず気づいてくれた義父の言葉が胸にしみ、心から感謝の言葉を投げたのだった。
(あぁ・・ええ顔や・・・)
天使の笑顔は無敵である。
啓介の胸はその一言だけで熱くなった。
「でも、悪いわ・・・」
一瞬、例の眉をひそめる顔に変わる。
「ええ(良い)、えぇ・・・て」
男はその表情も好きであったが、やはり今は笑顔を見たくて大きなジェスチャーで言った。
「フフッ・・・」
その仕草が可笑しくて男に微笑みをプレゼントした。
再び男の胸がざわめいてくる。
「でもこれ、いくら位だったんですか・・・?」
失礼と思ったが聞かずにはいられなかった。
「んー、まぁ・・120万や・・・」
啓介はわざと、ぶっきらぼうに答えた。
「えっー・・・?」
恵は目を大きくすると改めてブレスレットを眺めた。
本当に上品なデザインであった。
「えぇんや、それぐらい。
わしゃ、金持ちやさかい・・・な?」
まだ目を丸くしている天使にイタズラっぽく笑いながら言った。
「・・・ぐらい、持っとんのや」
その金額は恵には到底想像もつかない程で、強いて言えば一生遊んでも余るものだった。
「そやから今度買いもんでも、いこ。
おごったるわ・・・」
義父の言葉に瞳を輝かせた恵であったが、キッと睨むような表情に戻った。
「ダメですよ。ムダ使いは・・・」
男の心に又、新しい好みの表情がインプットされた。
啓介は感慨深気に声を出した。
「おぉ・・・そや。
そんなとこがアンタのええとこや・・・
そやな、金は大事にせなあかん・・・」
その言葉に照れながらも、オズオズとつぶやいた。
「でも・・少しぐらいなら・・・」
一瞬の沈黙の後、二人は吹出してしまった。
恵は笑いを堪えながら言った。
「わ、私って本当・・・現金。
プレゼントを貰ったら急に愛想が良くなって・・・
呆れたでしょう・・・お義父さん?」
「まあ、チョッと・・・な」
「プッ・・フフフッ・・・」
「ハハッ・・ハハハハッ・・・」
二人は同時に吹出し、笑い合った。
恵は、ついこの間まで意地を張っていた自分が信じられなかった。
今は義父との会話が凄く楽しい。
「ホンマ、よう似合うとるわ。
やっぱ美人は何つけてもええな・・・」
恵の頬がそまり、ジンと温かいものが身体を包んだ。
大げさで野暮ったい表現なのに。
義父の言葉が心をくすぐる。
お世辞でも女は誉められるのが嬉しい。
あんなにイヤだった関西弁が返って、キザに聞こえなくて良い。
それに引き換え、夫の武からは結婚してから具体的に誉められた記憶が無い。
恵は言葉を交わす内に身体が熱くなるのを感じた。
義父と二人きりでいる。
昨夜、恵は初めてオーガズムを体験した。
頭の中に義父の顔と例の残像を浮かべながら。
(ああ・・わたし・・・この人と・・・)
禁断の想いを心の中で呟いてしまいそうになる。
こうして目の前で会話しながらも、昨夜の熱い興奮に胸が締め付けられてしまう。
もしも今、義父に抱きしめられたら、どうなるのだろうか。
抵抗できる自信は無い。
昨夜もそうだったから。
錯覚とはいえ、義父に犯されながら快感に耐えきれずに自分から唇を重ねたのだ。
夫の唇を、舌を義父だと思い込み貪っていた。
(ああ・・わたし・・・お義父さんと・・・)
いつしか、恵は義父の視線に絡ませるように見つめ返していた。
朝食の時は目が合うと反射的にそらしていたのに。
夫がいないことが大胆にさせるのだろうか、見つめ合う心地良さに浸っている。
身体が熱い。
今夜も義父と共に昇るのだろうか。
いけないとは思うのだが、不条理にも頭に浮かぶのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※
(ホンマ・・・ええ、顔や・・・・)
啓介は切ない想いで恵を見つめていた。
長いまつ毛で覆われた瞳は潤みがちに光を散乱させている。
小さな口元は綻び、時折、白い歯を覗かせてくれる。
同居してから殆ど見せてくれなかった笑顔は今、啓介を有頂天にさせる。
まるで天使のようだと何度も思った。
以前は誉め言葉にも眉をひそめ、嫌悪感をあらわにしていたのに。
言った途端、後悔するほどの切なさに何度落ち込んだことだろう。
それが今は惜しげもなく可愛い笑顔を向けてくれる。
プレゼントして本当に良かったと思う。
そして、同居したことも。
啓介は幸せを噛みしめていた。
残りの人生を恵と過ごせることの幸運を満喫することにしたのだ。
たとえ、それが禁断の恋であろうとも。
息子に対する罪の意識は消えてはいない。
だが今は、天使の全てを心に焼き付けたかった。
還暦になるというのに少年の如く恋心を抱いている。
こんな幸せなことがあるだろうか。
恵の仕草、表情の一つ一つが心に染みる。
うつむいた横顔、はにかむ口元、全てが愛おしい。
カップで隠すようにしながら啓介は熱い視線を送る。
まるで、恵を犯しているかの如く。
朝食の時、二人は目が合うと戸惑う様に互いに視線を逸らした。
そんな切ない瞬間が、忘れていた少年の頃の情熱を思い出させてくれる。
だが、今は恵の方から視線を絡めてくれているような気がする。
錯覚だろうか。
それでもいい。
もう、自分を欺くのはやめよう。
地獄に堕ちてもいい。
恵を、この天使を愛おしく想うことを捨てたくない。
(好きや・・・)
封印していた想いを心の中で投げる。
(好きです・・・)
天使の眼差しが同じ想いを返してくれる気がするのは、妄想がなせるわざだろうか。
妄想でもいい。
残りの人生全てをかけて恵を愛していこうと思った。
妄想の中で恋人に、夫婦になるのだ。
そして今夜も又、愛する天使を犯そうと思った。
啓介と恵。
義父と息子の嫁。
禁断の愛が少しずつ芽吹いていく。
熱い想いがモラルという氷を溶かそうとしていた。
二人のコーヒータイムは徐々に妖しい時間に変化していくのであった。
0
あなたにおすすめの小説
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
