午前十時を過ぎたなら ―義父との秘密が始まる―

山田さとし

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第一部 恵の選択

第二十二章 告白

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【啓介と同居 三ヶ月目】 
【20●1年3月25日 PM1:00】

数時間後。
デパートで。

※※※※※※※※※※※※※※※

色とりどりの服がハンガーに掛けられ並んでいる。
その中を飽きもせず、恵は真剣な目付きをして選んでいく。

天使は時折、おどける表情で男を見ながらブースに消えては短いファションショーを繰り返していた。
啓介は照れ臭そうにそれを見守っている。

しかし、「女の買物は長い」という百科辞典にでも書いてある簡単な事を男は忘れていた。
天使が慎重にノミネートした洋服達に未だ審査を与えられない事に痺れを切らした男は、自ら決断を下すのであった。

決めたと思うと未練気に残された洋服達の声に引き戻される女の傍から全ての物を取り上げ、分厚い財布から取り出したカードと共に独特の髪型をしている店員に手渡しながら(啓介に言わせれば鶏のトサカ頭だそうだ)せわしなさそうに告げた。

「それ・・全部、包んだって・・・」
「えっ・・そ、そんな・・・」

驚いて何か言おうとする天使が最後に手にしていた服すらも、引っ手繰るようにした「水色のトサカ君」は、気の短そうなスポンサーの機嫌が変わる前に一目散にレジに走っていった。

それでも何か言おうとする恵の口を封じるため、男は哀願するように言った。

「まー、ええがな・・・
頼むわ、もう腹ぺこぺこやなんや。
あとで靴も買うたるさかい堪忍してくれやぁ」

女の買物を中断させる方法を、男はようやく思い出していた。
ただ「あとで」と言った時にかつて自分の妻がした時と同じ光を瞳に宿すのを見て、少し後悔したのではあるが。

「そ、そんな意味じゃ・・もったいないわ・・・」
「えぇて、金ならあるんやし・・・」

生来の始末癖の抜けない女の困惑した表情をあざ笑うかの如く、上首尾にご機嫌の「水色トサカ君」が猫を撫でる例の営業口調で言った。

「お待たせいたしました・・・
有難うございましたぁ。
又のご来店をお待ちしておりますぅ・・・」

そしてすこぶる丁重に、久々に捕まえたカモを気持ち良く送り返すのであった。
恵は店の外に出た後、例の眉をひそめる表情をして言った。

「すみません、お義父さん・・・」
だが両手一杯の紙袋の重さに、思わず白い歯をこぼすのであった。

※※※※※※※※※※※※※※※

「えぇがな、本当に・・・」

ビールを喉に流し込むと人心地ついたのか、まだすまなさそうな顔の恵に嬉しそうに啓介が言った。

そして次々とテーブルの上の皿を綺麗にしていく。

60歳とは思えぬ食欲は見ていて気持ちが良い程で、相変わらず音を立てる食べ方には感心しないのだが、恵は以前にあんなに嫌っていた気持ちを、どうしても思い出せないのであった。

遥か年上であるのに、やんちゃな子供のように思えてくる。
仲直りする前も美味しそうに食べる義父に対して、料理の作り甲斐だけは確かにあったとは思っていたのであるが。

自然と頬が緩んでくる。
口の廻りを油で光らせる義父が、その瞬間を逃すまいとオズオズと言った。

「それより・・な。悪かったな・・・」
「えっ・・・?」

義父の意外な言葉に恵は驚いた表情で声を出した。

「いや・・・な。
武の・・その、名刺な・・・
あれ、俺が連れて行ったとこもあるねん」

「えー、お義父さんが・・・?」

「そうなんや・・・。
アイツ、真面目やろぉ?
俺も遊びたかったし、何や・・そのぉ・・・」

天使の顔が再び例の表情になりそうで、慌てて言葉を足していった。

「そ、そんな顔すなや、
ベッピンさんが台無しになるぞぉ・・・」

懸命な表情に恵の口元が緩む。

「そうそう、その笑顔や。そのまま・・・な?」
男はホッとしてビールを口に含むと、女にも勧めた。

シラフで聞かれていると話し辛かった。
恵は少しずつではあるが勧められるままに飲んでいたせいか、頬が赤く染まっていた。

「若い内に遊んどらん奴が年いってからすると、
歯止めがきかんのや・・・。
そやから・・・堪忍したってくれへんか?」

恵は酔いも手伝うのか、もうどうでも良いとさえ思えてきた。
自分が裏切られた事は事実なのだ。

「もう、いいです・・・」
力無く笑う天使が男には愛しく思えてくる。

「でも・・すごいショックだったんです。
薄々は気付いていたけど、
あの人が・・私以外の女の人と・・・」

天使の瞳が又、潤んでくる。
啓介はそこから涙が零れ落ちぬよう、必死になって言葉を繋いでいった。

「そ、そや・・・アイツが悪い。
そやけど、相手はクロートなんや。 

本当の浮気や無いねん。
男はな・・・仕事でどうしょうも無い位、
ストレスがたまるんや・・・。

あっ、いや・・・そうや無い。
これは男の勝手な理屈やな・・・。

そやのうて、そのぉ・・・
び、病気なんや・・・」

「病・・・気・・・?」
「そや、男の本能・・ゆうんか・・・」

懸命に説明する義父の言葉にも、恵の瞳の色は悲しそうに沈んでいった。

「私・・飽きられたの、かな・・・?」

「ち、ちゃうて・・・。
ア、アンタはええ女や、
ホンマやて・・最高やぁ・・・」

恵は男の言葉に、微妙に反応した。

「うそ。私、もう三十だし・・・」

恥らうような表情が男の気持ちを高ぶらせる。
その分、男の口を饒舌にしていく。

「あほかいな。
女の盛りは五十過ぎてからやで・・・
三十なんて、まだ子供や・・・」

一瞬、恵の口元が緩んだ。
気を良くして言葉を繋ぐ。

「俺なんか若い頃、
女房、よぉ泣かしたけど・・・
死ぬ直前まで抱いとったで。
ええ女やった・・・
布団の上でもよー、泣きよったでぇ?」

「まあ?フフッ・・・」

遂に恵は小さく声を上げて笑ってしまった。
休まずに男が続ける。

「アンタは魅力的で美人や。
肌も白うて、スベスベしとる。
大丈夫や・・自信持ってええよ・・・」

恵の身体は何故か熱くなってしまった。
今は夫の話をしていたのに、義父が投げる言葉の内容に関心がいってしまう。

それよりも、あんなに嫌っていた関西弁が今は心地良く聞こえる。
恵は知らず知らずの内に話に引き込まれていった。

男も息子の弁護も忘れて、自分の恋心を告白している気分になってきた。

「綺麗や・・ホンマ。
同居しにこっち来た時会ってから、
ずっとそう思うとった・・・」

「う・・そ・・・?」

恵の胸が高鳴る。

恥ずかしさに赤く染まる顔を隠すようにグラスを重ねてしまう。
啓介は恵のグラスにビールを注ぎ足すと言った。

「嘘やないっ・・・。
この間、手紙もろうてホンマ嬉しかったんや。
うまい事いえんけど、胸がスーと軽ぅなった。
あんたはほんま、ええ子や・・・」

一気にまくしたてた啓介はグラスに残ったビールを飲みほした。
ゴクゴクと音を立てて上下する喉を恵はジッと見つめている。

興奮で荒い息を吐いている義父の表情が可笑しくてクスッと笑った。
空になったグラスにビールをつぎながら、尚も啓介の顔を見つめている。

二人の視線が絡み合う。
恵は腕に巻いているブレスレットをいじりながら恥ずかしそうに言った。

「でも・・私、性格キツイし・・・
お義父さんに嫌われているかと思っていたの」

「そんな事無いっ・・・。
ごっつ、ええ性格やで。

ホンマ、しっかりしとるし・・・
三人の嫁さんの中でもトビキリや。

白状するとやな・・・
あんたが、おったから同居する気になったんや」

「本当・・・?」

恵の瞳が見つめてくる。
啓介の心に入り込んでくる。

「ホンマや・・・。
アンタが頑張っとる事は、よう知ってたよ。

俺かて、事業やっとったから解かるけど、
最初から、ええ顔する奴にロクなんおらんのや。

その点、あんたは・・・」

「やっぱり、嫌ってたんじゃない?」

頬を膨らませて言う天使のセリフが可笑しくて、二人は思わず吹き出してしまった。
暫らくの間続いていた笑いが、真顔に戻った男の言葉で消されてしまった。

「好きや・・アンタが・・・」

義父からの決定的なセリフが女から笑顔を奪い去り、耳元まで赤く染めさせてしまった。

真剣な眼差しが嘘では無い事を物語っている。
恵は目を伏せる事も出来ず、その視線に犯されるかの如く瞳を潤ませていた。

義父の言葉が頭の中をグルグル廻っている。
これは恋の告白であろうか。

それは恵の胸に心地良く染み込んでいった。
重くなってしまった口を開こうとした時、啓介は無理に表情を変えて言った。

「で、出よか・・・?
靴・・買わな・・・。
さっき、約束したもんなぁ・・・」

そして伝票を持って足早にレジに向かった。
恵は見送りながら、言いそびれた言葉を心の中でそっと呟いた。

(私も・・・好きです。お義父・・・さん)
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