午前十時を過ぎたなら ―義父との秘密が始まる―

山田さとし

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第一部 恵の選択

第二十四章 背中

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【啓介と同居 三ヶ月目】 
【20●1年3月26日 PM10:00】

翌日の夜。
夫婦の寝室で。

※※※※※※※※※※※※※※※

小さな背中は決して動こうとしなかった。
折角、今日も早く帰って来たというのに。

この頃、異常に感度が良くなった妻に武は夢中になっていた。
まるで新婚当時の気分で毎日が新鮮に感じる。

だが妻は昨夜から決して抱かせてくれなかった。

何故か帰ってからも不機嫌で又、父と喧嘩でもしたのかと思っていたのだが、最近仲直りしたのか楽しそうに会話しているのが意外で、返って自分だけが取り残されている気がした。

それでも、強引に振り向かせるだけの勇気が湧かない武であった。

一つだけ、心当たりがある。
昨日、うっかり名刺入を忘れた。

たしか机の上に置いていたはずである。
それが何故か、机の引出しにしまってあったのだ。

念のために中を調べてみたら微妙に名刺の順番が違っていた。
武の心は氷ついた。

妻にバレタのではないかと思ったのだ。
今日、駅のごみ箱に捨てておいたのだが、せこくサービススタンプ付きの名刺等、取っておくのではなかったとひどく後悔した。

あれから一度も浮気はしていない。

一度に小遣いが増えたので浮かれてしまって通ったのだが、不感症だと思っていた妻が急に可愛い喘ぎ声を上げて感じてくれると改めてその魅力を再発見し、自分の罪の深さを思い知るのだった。

武は辛抱強く待つ事にした。
妻に問いただしても良いのだが返って逆効果になるよりも、ジッとホトボリが冷めるのを待つ方が得策と思ったのである。

幸い父への苦情もこの頃聞かれない事だし、元々妻には余り強くは言えないのだから。

そう決めると安心したのか、軽いイビキをかき始める武であった。

背中から夫の寝息が聞こえ始めると、恵はため息をついた。
昨日、義父に慰められて一応は納得をしたつもりであったが、やはり心の傷は大きく許す事が出来なかった。

いつか雑誌で見た風俗嬢の顔が頭に浮かぶ。
今その手の娘達はアイドルのように若く、可愛い顔立ちをしている。

自分は今、29歳。
もう直ぐ30歳になる。

若くはない。
これからドンドン年をとっていって、飽きられてしまうのか。

そんな想いが背中を向けさせていた。
いや、それよりも無理にでも振り向かせ抱きしめてくれない夫に対して物足りなく思ってしまう。

最近やっとセックスの気持ち良さを知り、ここ数日悩んだ義父への想いから夫に優しく尽くしてあげようと思っていたのに。

理不尽でも何でもいい。

強引に抱いて義父への想いを消して欲しかった。
それとも自分にはそんなに魅力がないのであろうか。
恵の瞳から涙が溢れてくる。
そんな時、義父の言葉が思い出された。

『そ、そんな顔すなや・・・
ベッピンさんが台無しになるぞぉ・・・』

思わず顔がほころぶ。

『そうそう、その笑顔や。そのまま・・・な』
義父の声が暖かく恵を包む。

『ち、ちゃうて・・・。
ア、アンタはええ女や、
ホンマやて・・・最高や・・・』

義父の慌てる表情が愛おしい。

(うそ・・・。私、もう三十だし・・・)

心の中でもう一度呟いてみる。
あの時も何かを期待していた。

『あほかいな。
女の盛りは五十過ぎてからやで・・・
三十なんてまだ子供や・・・』

その言葉が、すごく安心させてくれた。

(お義父・・さん・・・)
武が寝顔を見せて薄明かりの中、隣にいる。

義父の顔が重なる。
いつかしら恵は夫に寄り添うようにして、義父の言葉を心の中で再現していた。

『アンタは魅力的で美人や。
肌も白うて、スベスベしとる・・・
大丈夫や・・自信持ってええよ・・・』

(いいの・・?お義父・・さん・・・
本当に・・いい、の・・・?)

『綺麗や・・・ホンマ。
同居しにこっち来た時会ってから、
ずっとそう思うとった・・・』

(う・・そ・・・)

『ホンマや・・・』
義父の言葉の一つ一つが鮮明に蘇る。

嬉しかった。
あれ程嫌っていた男なのに。

言って欲しかった。
ずっと待っていた気がする。

そう、あの言葉を。

『好きや・・あんたが・・・』

その言葉を心地良く再現すると、恵は隣で眠っている愛しい男に似た顔の唇に、そっとオヤスミのキスをして呟いた。

(私も好きです。お義父・・さん・・・)
いつしか、恵の心から夫への怒りも失望も消えていた。

そして罪の意識さえも。
恵の心は何ヶ月ぶりかの平穏を取り戻していた。

そして、これまで味わった事のない禁断の実の甘さに酔いしれる決心がついた。
大きなため息を静かに吐くと、直ぐに幸せそうな寝息をたてていくのであった。

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