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第一部 裕子の事情
第一章 人事異動
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佐山春香が秋元薬局に入社する
2年前にさかのぼる。
今回の主人公は伊藤裕子。
彼女の入社3年目の終わり頃が
物語の始まりになる。
※※※※※※※※※※※※※※※
裕子入社3年目「企画室」
20●0年2月10日 AM 10:00
※※※※※※※※※※※※※※※
「え・・・?」
涼子が大きく目を開き声を詰まらる。
「すまない・・・
俺は残したかったんだけど・・・」
悟が目をそらすように呟いた。
「どうして・・・なんですか?」
悔しさに滲む声が途切れる。
言葉の続きを悟は十分すぎるほど理解できた。
裕子は悟が指揮する「企画プロジェクトチーム」に所属している。
秋元薬局の巨大グループに君臨する幸造の一人息子で専務取締役でもある悟は、このチームで次々と革新的な事業を展開し、会社を驚異的スピードで発展させたのだ。
三年前に入社した裕子は優秀な学歴と共に卓越したスキルで女性ながらもホープとして貢献していた。
物おじしないサッパリとした性格と切れ味鋭い論法を駆使し、同時に誰よりも努力した詳細な準備資料に悟は感謝の念と共に信頼を感じている。
しかも容姿は社内一番と言えるほどで、スレンダーなプロポーションも相まった「クールな美貌」は、男達の目を引き付けない訳にはいかなかった。
悟も同じく裕子に女性的魅力は大いに感じてはいたが、母親の苦い記憶が女性に対しての恋愛感情を消していたのだ。
それに裕子は独身ではない。
既に学生時代に結婚をしていたのは、その美貌から納得がいくものではある。
だから裕子から離婚したと聞かされた時は嬉しくなる自分の感情に、さほど不思議とは思わなかった。
時々感じる熱い視線にトキメキを覚えていたほどだったから、このサプライズなニュースに少し心は揺らいではいたが。
離婚が決まる半年ほど前から裕子は沈みがちになり、悩んでいる様子に気づいてはいた。
だからこそ力になってやりたかったが、人事異動で裕子は自分の部下ではなくなってしまうのだ。
(専務・・・)
裕子も切ない気持ちで男を見つめていた。
入社以来三年の間、共にした上司は裕子にとって理想の男だった。
甘いマスクでサラブレッドなのに浮かれた様子もなく、黙々と仕事をこなす悟は文字通りのヒーローだ。
アクの強い関西弁を使う下品な父と違い、目下の者にも紳士的な態度でのぞみ、女性社員はおろか若手男性社員の憧れの的であった。
裕子が離婚した理由の一つでもある。
どうしても比べてしまうのだ。
夫もハンサムで裕福な家庭に育ちエリートだった。
だが、次第に裕子が一線で活躍する姿が面白くないように思い始めたらしく、仕事を辞めて専業主婦になるよう強要するようになった。
二人は何度も衝突していくうちに、互いの愛が薄らいでいくのを感じていた。
裕子には学生時代に抱いた夫への尊敬と恋心が幻だったかのように思えてしまうのだった。
それに。
互いの忙しさもあったが、別れる前の一年間は殆どセックスレス状態であった。
裕子ほどの美貌とプロ―ポーションを放置するくらいだから、元夫はセックスには淡泊だった。
それとも、他に不倫相手がいたのかもしれない。
いずれにせよ、急激に冷めてしまった夫への愛情の代わりに悟への想いは強くなったことは事実である。
苗字が変わることで社内には離婚したことが伝わってしまうが、裕子は敢えて姓を伊藤に戻した。
そして、悟にだけは離婚の理由も含めて伝えた。
他意がなかったと言えば嘘になる。
それでも悟にだけは打ち明けたかった。
夫との辛い別れの気持ちを。
この一年間、言い争いが絶えなかった。
皮肉なことにプロジェクトチームの成果が上がるほど裕子は忙しくなり、夫婦の愛は冷えていったのだ。
「大丈夫かい・・・?」
気遣う悟の言葉が胸にしみた。
だが、甘えることはできない。
辛そうにもがく裕子の姿を悟が見逃すはずは無かった。
だから。
すがるような眼差しに向けて告げる人事異動を、苦々しい気持ちで噛みしめていたのだった。
悟の気遣う表情に、それ以上は何も言えなかった。
只、今度の異動に言い知れぬ不安と憤りを感じることを隠せない。
そう。
裕子は「特別秘書課」に配属となる。
本社屋にある「秘書課」ではない。
その部署は別館にひっそりと存在していた。
本館とは空中廊下のみで接続している。
他の部署は無く、入れる権利があるのは社長の幸造と専務の悟のみであった。
訪問客はおろか、他の役員も踏み入れることは許されなかった。
ごくまれに緊急の場合のみ入館を許されたが、その時も社長室の前室である秘書室のドアに「会議中」の札がかけられていたら、ノックすることすらできなかったのである。
それはグループを支配する幸造の特権であった。
電子表示ではなくアナログな札をかけることで何を意味するかを知らせているのだ。
「特別秘書課」
社内で別名「奥の院」と呼ばれていた。
一代で築いた想像を超える財力で贅をつくした社長室は、グループ総帥である「幸造のためだけ」に存在している。
裕子は社長の「専属特別秘書」として配属されることになったのである。
それが何を意味するかを考えると不安になってしまう。
(もしかすると・・・)
裕子は一瞬、浮かんだ淫靡な想像を直ぐに否定した。
悟は社長の息子である。
自分にとって最高の上司でもある彼が、裕子を危険に晒すなんてありえないことだ。
(でも・・・)
ジワッと寂しさが湧いてくる。
悟と離れることは事実なのだ。
もう二度と、共に仕事をすることはないだろう。
「失礼します・・・」
裕子は潤んだ瞳を見せないように悟に一礼すると、ヒールの音を残して去っていくのであった。
2年前にさかのぼる。
今回の主人公は伊藤裕子。
彼女の入社3年目の終わり頃が
物語の始まりになる。
※※※※※※※※※※※※※※※
裕子入社3年目「企画室」
20●0年2月10日 AM 10:00
※※※※※※※※※※※※※※※
「え・・・?」
涼子が大きく目を開き声を詰まらる。
「すまない・・・
俺は残したかったんだけど・・・」
悟が目をそらすように呟いた。
「どうして・・・なんですか?」
悔しさに滲む声が途切れる。
言葉の続きを悟は十分すぎるほど理解できた。
裕子は悟が指揮する「企画プロジェクトチーム」に所属している。
秋元薬局の巨大グループに君臨する幸造の一人息子で専務取締役でもある悟は、このチームで次々と革新的な事業を展開し、会社を驚異的スピードで発展させたのだ。
三年前に入社した裕子は優秀な学歴と共に卓越したスキルで女性ながらもホープとして貢献していた。
物おじしないサッパリとした性格と切れ味鋭い論法を駆使し、同時に誰よりも努力した詳細な準備資料に悟は感謝の念と共に信頼を感じている。
しかも容姿は社内一番と言えるほどで、スレンダーなプロポーションも相まった「クールな美貌」は、男達の目を引き付けない訳にはいかなかった。
悟も同じく裕子に女性的魅力は大いに感じてはいたが、母親の苦い記憶が女性に対しての恋愛感情を消していたのだ。
それに裕子は独身ではない。
既に学生時代に結婚をしていたのは、その美貌から納得がいくものではある。
だから裕子から離婚したと聞かされた時は嬉しくなる自分の感情に、さほど不思議とは思わなかった。
時々感じる熱い視線にトキメキを覚えていたほどだったから、このサプライズなニュースに少し心は揺らいではいたが。
離婚が決まる半年ほど前から裕子は沈みがちになり、悩んでいる様子に気づいてはいた。
だからこそ力になってやりたかったが、人事異動で裕子は自分の部下ではなくなってしまうのだ。
(専務・・・)
裕子も切ない気持ちで男を見つめていた。
入社以来三年の間、共にした上司は裕子にとって理想の男だった。
甘いマスクでサラブレッドなのに浮かれた様子もなく、黙々と仕事をこなす悟は文字通りのヒーローだ。
アクの強い関西弁を使う下品な父と違い、目下の者にも紳士的な態度でのぞみ、女性社員はおろか若手男性社員の憧れの的であった。
裕子が離婚した理由の一つでもある。
どうしても比べてしまうのだ。
夫もハンサムで裕福な家庭に育ちエリートだった。
だが、次第に裕子が一線で活躍する姿が面白くないように思い始めたらしく、仕事を辞めて専業主婦になるよう強要するようになった。
二人は何度も衝突していくうちに、互いの愛が薄らいでいくのを感じていた。
裕子には学生時代に抱いた夫への尊敬と恋心が幻だったかのように思えてしまうのだった。
それに。
互いの忙しさもあったが、別れる前の一年間は殆どセックスレス状態であった。
裕子ほどの美貌とプロ―ポーションを放置するくらいだから、元夫はセックスには淡泊だった。
それとも、他に不倫相手がいたのかもしれない。
いずれにせよ、急激に冷めてしまった夫への愛情の代わりに悟への想いは強くなったことは事実である。
苗字が変わることで社内には離婚したことが伝わってしまうが、裕子は敢えて姓を伊藤に戻した。
そして、悟にだけは離婚の理由も含めて伝えた。
他意がなかったと言えば嘘になる。
それでも悟にだけは打ち明けたかった。
夫との辛い別れの気持ちを。
この一年間、言い争いが絶えなかった。
皮肉なことにプロジェクトチームの成果が上がるほど裕子は忙しくなり、夫婦の愛は冷えていったのだ。
「大丈夫かい・・・?」
気遣う悟の言葉が胸にしみた。
だが、甘えることはできない。
辛そうにもがく裕子の姿を悟が見逃すはずは無かった。
だから。
すがるような眼差しに向けて告げる人事異動を、苦々しい気持ちで噛みしめていたのだった。
悟の気遣う表情に、それ以上は何も言えなかった。
只、今度の異動に言い知れぬ不安と憤りを感じることを隠せない。
そう。
裕子は「特別秘書課」に配属となる。
本社屋にある「秘書課」ではない。
その部署は別館にひっそりと存在していた。
本館とは空中廊下のみで接続している。
他の部署は無く、入れる権利があるのは社長の幸造と専務の悟のみであった。
訪問客はおろか、他の役員も踏み入れることは許されなかった。
ごくまれに緊急の場合のみ入館を許されたが、その時も社長室の前室である秘書室のドアに「会議中」の札がかけられていたら、ノックすることすらできなかったのである。
それはグループを支配する幸造の特権であった。
電子表示ではなくアナログな札をかけることで何を意味するかを知らせているのだ。
「特別秘書課」
社内で別名「奥の院」と呼ばれていた。
一代で築いた想像を超える財力で贅をつくした社長室は、グループ総帥である「幸造のためだけ」に存在している。
裕子は社長の「専属特別秘書」として配属されることになったのである。
それが何を意味するかを考えると不安になってしまう。
(もしかすると・・・)
裕子は一瞬、浮かんだ淫靡な想像を直ぐに否定した。
悟は社長の息子である。
自分にとって最高の上司でもある彼が、裕子を危険に晒すなんてありえないことだ。
(でも・・・)
ジワッと寂しさが湧いてくる。
悟と離れることは事実なのだ。
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