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第十三章
まだ届かぬ声
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午後、森には陽の光がまばらに射し、風はやさしく、音は澄んでいた。
蓮は、倒木に腰かけ、録音機を足元に置きながら目を閉じていた。
録音は終わっている。
けれど、彼は再生ボタンを押そうとしなかった。
代わりに、一本のUSBを手に取った。
図書館でふと目に入った、小さな名もなきケース。
白いラベルに何の記載もない。
けれど、なぜか引き寄せられるように手に取っていた。
帰宅してから、それを録音機に接続し、蓮はそっと再生してみた。
音が流れる。
それは、森の音だった——けれど、彼の録ったものではない。
葉の揺れ、水の滴る音。
ふとした間に混じる、少女の声。
「……風が、息をしているように聴こえる」
「葉の音が、まるで内緒話みたい」
「だれかに、聴いてほしい」
蓮は言葉もなく、その音を聴いていた。
誰の声かはわからない。けれど、それは「音に生きる誰かの声」だった。
不思議だった。
言葉があるのに、そこにあるのは音の記録そのもののようだった。
彼はふと思う。
——もしかしたら、世界のどこかに、自分と同じように「音をたどる人」がいるのかもしれない。
——そして今、自分はその人の“響き”に触れたのかもしれない。
それは、触れられない“他者”の、もっとも近い気配だった。
⸻
同じ頃、少女は静かな図書室で、一冊の地図をめくっていた。
都市の地図でも、観光のものでもない。
『音のある場所』というタイトルの、古びた記録集。
そこに書かれていた森の名前が、ふいに彼女の記憶を震わせた。
「風の音に、輪郭があった。」
あの紙片に記されていた言葉が、頭の奥に蘇る。
彼女はそっとバッグの中のレコーダーを撫でた。
「きっとこの場所だ。
この森に、あの人の“音”がいる。」
確証はなかった。
けれど、行ってみたいと思った。
音を聴きたい。誰かの音に触れたい。
たったそれだけの衝動が、彼女の足をわずかに前へと動かした。
まだ、蓮の名前も知らない。
蓮も、彼女の姿を思い浮かべることはない。
けれど音のなかで、ふたりの存在はもうすでに、
どこかで細く、静かに、つながり始めていた。
蓮は、倒木に腰かけ、録音機を足元に置きながら目を閉じていた。
録音は終わっている。
けれど、彼は再生ボタンを押そうとしなかった。
代わりに、一本のUSBを手に取った。
図書館でふと目に入った、小さな名もなきケース。
白いラベルに何の記載もない。
けれど、なぜか引き寄せられるように手に取っていた。
帰宅してから、それを録音機に接続し、蓮はそっと再生してみた。
音が流れる。
それは、森の音だった——けれど、彼の録ったものではない。
葉の揺れ、水の滴る音。
ふとした間に混じる、少女の声。
「……風が、息をしているように聴こえる」
「葉の音が、まるで内緒話みたい」
「だれかに、聴いてほしい」
蓮は言葉もなく、その音を聴いていた。
誰の声かはわからない。けれど、それは「音に生きる誰かの声」だった。
不思議だった。
言葉があるのに、そこにあるのは音の記録そのもののようだった。
彼はふと思う。
——もしかしたら、世界のどこかに、自分と同じように「音をたどる人」がいるのかもしれない。
——そして今、自分はその人の“響き”に触れたのかもしれない。
それは、触れられない“他者”の、もっとも近い気配だった。
⸻
同じ頃、少女は静かな図書室で、一冊の地図をめくっていた。
都市の地図でも、観光のものでもない。
『音のある場所』というタイトルの、古びた記録集。
そこに書かれていた森の名前が、ふいに彼女の記憶を震わせた。
「風の音に、輪郭があった。」
あの紙片に記されていた言葉が、頭の奥に蘇る。
彼女はそっとバッグの中のレコーダーを撫でた。
「きっとこの場所だ。
この森に、あの人の“音”がいる。」
確証はなかった。
けれど、行ってみたいと思った。
音を聴きたい。誰かの音に触れたい。
たったそれだけの衝動が、彼女の足をわずかに前へと動かした。
まだ、蓮の名前も知らない。
蓮も、彼女の姿を思い浮かべることはない。
けれど音のなかで、ふたりの存在はもうすでに、
どこかで細く、静かに、つながり始めていた。
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