真実の愛を守るため、悪役令息に婚約破棄を突き付けた【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)

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夏休みの始まり

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 執務室の空気は静かで、窓から差し込む光だけが机の上の書類を照らしていた。

 扉がノックされ、深いワインレッドの髪を整えたクラウスが姿を見せる。
 礼装ではないが、いつも通り隙のない佇まいだ。

「お呼びでしょうか」

「ああ、わざわざ来てもらって悪かった」

「いえ、滅相もありません」

 クラウスは胸に手を当て、完璧な礼を取る。  
 その姿を見ながら、私は本題を切り出した。

「実は夏休みのことだ」

「はい。パーティー、懇親会、慰問……とスケジュールが詰まっているのは確認しています」

「それなんだが、そちに夏休みを与えることにした」

「はい?」

 クラウスの表情がわずかに揺れた。  
 驚きというより、理解が追いつかないという顔だ。

「もう婚約者になって7年か。
 そちは王配教育の傍ら、公務に執務と良くやってくれた。
 何年も領地に帰っていないだろう?
 来年結婚すれば、次はいつ帰れるかわからない。
 そこで、そちに休暇を取らせることにした」

「しかし──」

「そちの家へ4頭立ての馬車を贈った。最新式で揺れにくいスプリング付きだ。長距離でも快適に移動できるはずだ。
 今まで綠に労わずして悪かった」

 クラウスは言葉を失い、静かに目を伏せた。  
 その横顔には、驚きと、戸惑いと、何か別の感情が混ざっている。

「話は以上だ。下がれ」

 クラウスは深く一礼し、静かに部屋を出ていった。  
 扉が閉まる音が、妙に重く響く。

 ──これで良かったのだろうか。

 胸の奥に、説明のつかないざわめきが残ったままだった。





 夏休みの陽射しが落ちる平民街は、石畳がきらきらと光り、屋台の匂いが風に乗って流れていた。

 フードを深くかぶった私達は、ルネの後ろを歩く。

 彼は午前中、ナディアから少額投資を、午後はロザンナから剣術を習っている。  
 夏休み限定で王宮に住み、身分を隠すため“護衛候補”として扱われていた。

 今日は休暇で、お忍び歩きだ。

 ルネは嬉しそうに指をさした。

「あれが僕がバイトする予定だったジュース屋さんです!」

 見れば小さな屋台だが、果物の香りが濃く、客の笑い声が絶えない。 

「お、ルネじゃないか! 久しぶりだな!」

「店主さん! お久しぶりです!」

 店主はルネの後ろにいる私たちを見て、目を丸くした。

「お連れさんは……?」

 ルネは慌てて口ごもる。

「えっと……その……」

 私は軽くフードを押さえ、穏やかに微笑んだ。

「ルネの友人だ。少し街を案内してもらっている」

「そうかい! ならサービスしとくよ!」

 出されたジュースは驚くほど甘く、果物の香りが濃い。

「美味しいな」

「訓練の後にいいな」

「今度、騎士団に差し入れしてやろう」

「え? 騎士団?」

「ああ、何でもない! 早くいこう!」

 騎士団というワードに反応した店主を、ルネが押しやり、私たちは屋台を離れた。

 20メートルほど離れて、私は礼を言った。

「うっかりした。助かった」

「いいえ、バレると困りますから……城に戻りましょうか?」

 ルネが気遣うように言うが、ロザンナが腕を組んで首を振った。

「まだ串肉を食ってない。食わないと帰れない」

 ナディアもメモを握ったまま、静かに言った。

「書店に寄っても宜しいでしょうか」

 私は思わず笑ってしまった。

「……そちたちは本当に自由だな」

 ルネは嬉しそうに笑い、桜色の髪が陽光に透けた。

 ──この夏休みが、彼にとって少しでも救いになるなら。

 いや、保護ではない。
 自分自身も楽しんでいる。



 書店へ向かう途中、雑貨屋の前で足が止まった。

 陽光を受けてきらきらと光るビーズのアクセサリーが並び、ふと目を奪われる。
 淡い春色のブレスレットに指先が触れた瞬間、横から桜色の髪がのぞいた。

「これ、綺麗ですよね!」

 ルネは店主に小声で何かを伝えると、色違いのブレスレットを3つ購入して戻ってきた。

「えっと……3人に。夏休みのお礼です!」

 ロザンナが眉をひそめる。

「貧乏人に貰うと何か申し訳ないな」

「このくらいは買えます!」

 ナディアは微笑みながら受け取った。

「不憫な子息、ありがとうございます」

「一言、余計です!」

 私は手のひらに乗せたブレスレットを眺め、静かに言った。

「気に入った。礼を言う」

 ルネはぱっと顔を明るくした。

「バカにされなくて嬉しいです!」

 私たちは年頃の娘らしく、クスクス笑った。



「ふう、食いすぎた……串肉10本はやりすぎたな」

 ロザンナが腹を押さえて呻く。

 ナディアが私を覗き込む。

「殿下も珍しく3本召し上がりましたね」

「……美味であったからな。侮れぬ」

 ルネは嬉しそうに笑いながら、私の横を歩く。  

「殿下が楽しそうで良かったです」

「そちが案内してくれたおかげだ」

 その言葉に、ルネは照れたように頬を赤くした。

 平民街の喧騒の中、私たちは自然と歩幅を合わせていた。  
 その距離は、ほんの少しだけ近くなっていた。

 しかし──

 


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