婚約者の王太子が平民と結婚するそうです──どうぞ、ご勝手に【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)

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知らないうちに未婚者に……




 結婚式のあと、ほとんど眠れないまま朝が来た。  

 食卓に向かうと、アレクシスがパンを齧りながら、こちらを見た。

「おはよう、兄さん。
 目の下、黒いよ。
 どうやってエヴァに好かれるか、決めたの?」

 こいつは本当に容赦がない。

「謝罪して正直に状況を話し、向こうの要求を飲む」

「さすが兄さん、頭悪いね。
 僕なら最初から嫌われないように努力するよ」

「くっ……」

 胸に刺さる。  

 反論できない。  

 そこへ執事が新聞を持ってきた。 
 
 今はそれどころじゃない、と邪険にすると、弟が受け取って読み始めた。

「読んだ方がいいと思うけどねー」

「それどころじゃないんだ」

「でも、ここに兄さんの落ち度で“婚姻無効”って書いてあるよ」

 心臓が止まった。

 慌てて新聞を見ると、一面には大きくこう書かれていた。

『レンツ公爵夫妻、婚姻無効。  
 理由は“夫側の重大な落ち度”』

 顔から血の気が引いた。  

 手が震え、新聞を握りしめたまま家を飛び出した。

 ──エヴァの家へ行かなければ。



 馬を走らせ、リュミエール公爵邸に着くと、門番に即座に止められた。

「本日は、お取次ぎできません」

 ──門前払い。  

「そこをなんとか頼む」

 公爵である自分が、平民であろう門番に頭を下げるのは情けないが、背に腹は変えられない。

「なりません」

「……」

 譲る気0のリュミエール公爵家相手に、強く出られるはずもない。

 どうすればいいんだ……?



 次に向かったのは、王宮だった。  

 カトリーヌの助命嘆願をしようとしたが、エドモンが荒れているらしく、それどころではなかった。  

 王宮の客室に泊まり込み、3日後になってようやく謁見が許された。

 謁見の間は、冷え切った空気に満ちていた。  

 玉座から伯父は、鋭い目で俺を見下ろした。

「新聞に書いてあったことが、事実かどうか確認した。
 ──誠に遺憾である」

「申し訳ありません」

 俺は床に頭をつけた。  

 額が石床に触れ、冷たさが骨に染みる。

「謝るだけか」

「以前よりも忠誠を誓うと約束します」

 王はしばらく黙り、そして冷酷な声で告げた。

「エヴァを王太子妃にせよ。1年以内だ。
 できなければ、お前もカトリーヌ嬢も処刑する」

 息が止まった。

 ──1年以内に、エヴァを王子妃に?

 そんなこと、できるはずがない。
  
 だが、できなければ俺もカトリーヌも死ぬ。

 玉座の前で、俺は震えるしかなかった。



 帰宅し自分のベッドに倒れ込んだ瞬間、全身から力が抜けた。  

 もう無理だ。  

 1年以内にエヴァを王子妃にしろ──できなければ俺もカトリーヌも処刑。  

 そんなもの、どう考えても不可能だ。

 エヴァには、会ってすら貰えないのに。

 このまま、いっそ……。

 いや、駄目だ。  

 弟に引き継ぎをしないといけない。

 アレクシスに家督を譲って、俺は除籍してもらおうか。

 元はと言えば伯父が、俺達に婚姻を強制したのが発端なんだ。 

 俺が逃げても、レンツ公爵家までは潰さないだろう。  

 そんなことを考えていると、ノックもなく扉が開いた。

「兄さん、どうしたの?」

 アレクシスが勝手に入ってきた。  

 澄んだ青い瞳が、こちらを覗き込む。  

 こいつは本当に、遠慮というものがない。

 俺は国王に言われたことを、すべて話した。  

 そして──

「お前に家督を譲る」

 アレクシスは黙って聞いていたが、あっさり言った。

「ふうん。でもまだ僕、学生だから継ぎたくない」

 アレクシスと俺は、5つの年の差がある。

「そうは言っても俺は、もう終わる人間だ」

 弟は、まだ薄い肩をすくめた。

「だったら、ギリギリまで働いてよ。
 それに確かに兄さんも悪いけど、1番悪いのはエドモンと伯父上だよね。
 どうせなら、もう少し足掻いてみれば?」

 弟なりに家と俺のことを考えて、慰めているのだ。

 ──どうせ死ぬなら、やるだけやってみようか。

 ベッドの上で天井を見つめながら、俺はゆっくりと息を吐いた。  


  
 朝から家の中が、甘い匂いで満ちていた。  

 廊下を歩くたびに、花、花、花。  

 俺の部屋の前にも、花束が積み上がっている。

 ダイニングにいたアレクシスが、呆れた顔で腕を組んだ。  

「ちょっと、兄さん。
 家の中が花だらけなんだけど、どういうこと?」

「エヴァに送ったら、返されてきた」

「なんで離縁された元妻に、花なんか送るの」

「受け取ってくれたら、次は話を聞いてくれるかと思って」

 アレクシスは額に手を当てた。

「手紙は書いたの?」

「未開封で送り返される」

「あのさ、質問なんだけど。
 兄さんの中では“エヴァを王妃にする”っていう方向なのかな?」

「他に何が?」

 アレクシスは椅子に腰かけ、足を組んだ。

「エドモンが失脚すれば、次の王は兄さんだよね?」

「それは……」

「王になれば処刑されないよね?」

 ため息が漏れた。  
 弟は、いつも核心を突く。

「エドモンがやらかしたから反王勢力が増えてるよ」

「分かってる。
 しかし、余計なことして母方の親族に迷惑がかかると良くない」

「無謀な王命の果てに処刑される当主がいたような公爵家なんて、どのみち長くないよ」

 言い返せなかった。  

 俺が死ねば、一族は衰退する。

 アレクシスの言葉は冷たいが、正しい。

「……分かった。王位継承順位2位の俺が、反現王派に担がれるか賭けてみよう。
 エヴァとのスキャンダルが足枷だが、エドモンより俺の方がマシだろう」

 アレクシスが立ち上がった。

 弟の身長は平均より高いが、大柄な俺と並ぶとスマートに見える。

「兄さん、馬鹿だな。
 僕達どっちが王になっても、この家は残るんだから、いざとなればどっちでもいいんだよ。
 思い詰めるなよ」

 俺は黙って頷いた。

 少しだけ気持ちが軽くなった。  

 アレクシスは、軽い調子で言った。

「寄り子を反王勢力に接触させよう」

「影に先に探らせよう」

 俺が首を振ると──

「はいはい、頼んだよ。
 領地戦の準備も抜かりなくね」

 手をひらひら振りながら、アレクシスは去っていった。  

 その背中を見送りながら、俺は深く息を吸った。

 ──やるしかない。

 エヴァに嫌われていようと、王命が無茶だろうと、死ぬよりは足掻く方がマシだ。





  
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