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再び幽閉塔へ
馬車に乗り込むと、扉が閉まる音がやけに重く響いた。
これで本当に終わり──そう思うと胸がざわつく。
「本当に、ナタリーと子供に会わなくていいのね?」
私は念のため確認した。
最後の機会になるから。
別れの挨拶くらいしたいだろうと。
あと言わないと「何か隠してる」と疑われそうだし。
「くどいぞ。他人だ。
いや、人生最大の汚点だ」
エドモンは、吐き捨てるように言った。
私は、拳を握った。
「……ヨーキ王女殿下は、あなたの子よ」
ナタリーの娘は、ヨーキという。
「どこに証拠が?」
「ナタリーと取引をして、正直に話して貰った」
ヘーゼル色の目が細くなる。
「……何と引き換えに?」
「いずれ子供に会わせる、と」
「それは、私の子だと言わないと処刑されるからだ」
私は言葉を失った。
この人は、どこまでいっても自分中心なのだ。
しばらく沈黙が続いたあと、エドモンが口を開いた。
「エヴァ。私は"崖から落ちて行方不明"
ということになるんだよな?」
「そうよ」
「しばらくしたら王族に復帰したい」
「えっ?!」
思わず声が裏返った。
「"奇跡的に助かって記憶喪失だった”という設定で。
赤子が王太女になれば、私が後見人として復帰できるだろう」
私は呆れ果てた。
「あなたの子は、あなたのご両親が養子にしたのだから──後見人は両陛下でしょ」
「あと3年もしたら寿命で死ぬ。
私は遅くできた子だ」
エドモンは今年20歳。
王妃は47。
この国の平均寿命は50。
16~18で嫁ぐのが普通で、王妃の初産は遅かった。
その上、1人しか授からなかったせいで──
エドモンは誰にも否定されず、わがままに育ってしまった。
彼の言葉は、あまりにも荒唐無稽だった。
あり得ない──
けれど、ここで強く否定して逆上されても面倒だ。
だから私は、適当に相槌を打った。
「なくはないわね」
エドモンは満足げに頷いた。
「だろう? 良かった。
両親が死ぬ間際に現れれば、感動して罰則を取り消し、王女の後見人に指名するはずだ」
……そこに関しては、確かに“あり得る”。
両陛下はエドモンに甘い。
ただ、その頃には代替わりしている。
アレクシスが反対すれば、それまでだ。
「充分、あり得るわ」
「はあ、3年は長いな……。
2年で寝たきりになってくれれば」
私は思わず息を呑んだ。
「すでに王妃陛下は伏せってるわよ」
あなたのせいで。
「そうか。なら1年くらいかもしれないな」
エドモンは、嬉しそうに微笑む。
──ああ……この人は、壊れてしまったのだろうか。
それとも、これが本性で、もう隠さなくなっただけなのか。
昔は、ここまで酷いことを言う人ではなかった。
互いに、窓の外へ視線を向ける。
冬の終わりの光が、馬車の中を淡く照らしていた。
じきに春が来る。
新しい時代が──
「……ナタリーは、アレクシスとは無関係だったのか?」
「ええ、もちろんよ」
本当のことは言えない。
言ったら、何をしでかすかわからないもの。
「あれから考えた。
ナタリーとは、趣味が合うと思ってた。
しかし、婚約して一緒に暮らし始めると違和感があった。
つまり最初は、私の好みを知ってて合わせていたのでは?」
顔が引きつりそうになった。
──エドモンが、もっと完璧にバカだったら良かったのに。
中途半端に頭が回るから、余計に厄介だ。
「私から、それをアレクシスに聞くことはできないわ」
エドモンはしばらく黙り、そして突然言った。
「……やはりナタリーに会ってから別荘へ行く」
「えっ?!」
「まだ、そう遠くに来てない。
進行方向を変えてくれ。
それとも、やましいことがあるのか?」
……ここでナタリーに会わせたら、何を言い出すかわからない。
でも──
「幽閉塔へ行って」
小窓を開けて言うと、御者は即座に従い、馬車は方向転換した。
またしても、冷たい石の階段をのぼる。
足音が塔の内部に響くたび、胸がざわついた。
──ナタリーが余計なことを言わなければいい。
というか、子供のことを思えば言わないはず。
大丈夫、きっと。
自分に言い聞かせながら、私は隣を歩くエドモンに声をかけた。
「ねえ、怪しいと思うことはあったの?
例えばナタリーが誰かと密会してる形跡があった、とか」
「関係を持つ少し前から護衛を付けていたが、特に”これ”といった報告はなかった」
私は胸を撫で下ろした。
「なんだ、あなたの思い過ごしじゃないの」
「護衛が買収されてたら?」
「護衛って王家の影でしょ?
買収されるわけないじゃない」
影は幼少期から隠密の英才教育を受け、その家に強い忠誠を誓うよう育てられる。
買収など、まず不可能だ。
──やはり心配は無用ね。
「ナタリーと関係を持ったのは、王女殿下が生まれる10月10日前でしょう」
「そうだ」
「その時は私に対して、どう思ったの?」
エドモンはしばらく黙り、やがて重い口を開いた。
「…………その時点では、子供ができないと彼女との婚姻は強行突破できないと思った。
だから、もし子供ができなければ君と結婚することになるだろうと思っていた」
私は眉をひそめた。
「そうじゃなくて。
罪悪感がなかったのか? って聞きたいのよ。
言っておくけど、これは嫉妬じゃないわ。
ただ、裏切られたことに痛みはあるのよ。私は機械ではないの」
エドモンは視線を逸らした。
「……君とは政略の関係だろう。
それに……私が幾人かの女性に手をつけてたのは、知ってたはずだ」
「閨係が数人いたのは目を瞑ったけど、平民は……また話が違うわね」
階段をのぼる足が、少しだけ重くなる。
エドモンは、相変わらず自分勝手な理屈を並べていた。
「婚姻後に君が私だけを愛してくれたなら、そこで考えたさ。
けれど、わかるだろう。
私は唯一の直系なのだから、側室をとる可能性は高かった」
政略と言ってみたり、愛と言ってみたり──
謝る気がないのは、もう十分わかった。
それでも、最初にあった緊張は少しほぐれていた。
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