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逆転ピンチ!
最上階。
護衛がドアを開け、私たちは中へ入った。
「どこにいるのかしら?」
部屋の中を見渡すが、姿が見えない。
奥の寝室の前で、エドモンが固まっていた。
「どうしたの?」
私が覗き込むと──
ナタリーが、不自然な体勢で倒れていた。
「ナタリー!!」
駆け寄って体を揺すると、ひどく冷たい。
顔色は真っ青で、血の気がまったくない。
──明らかに、死んでいる。
「ひっ……」
思わず息が詰まった。
エドモンを見ると、何とも言えない表情をしていた。
驚きでも悲しみでも怒りでもない。
ただ、空っぽのような顔。
「誰か来て! 早く!」
叫ぶと、ドアの前にいた護衛が駆け込んできた。
「……死んでます。危険です、離れて」
刺客が近くに潜んでいる可能性がある──
そう判断され、私たちは急いで城へ戻された。
帰城する馬車の中で、私は震えが止まらなかった。
ナタリーの冷たさが、まだ指先に残っている。
その肩を、エドモンが抱き寄せた。
「大丈夫だ」
その声は落ち着いていて、慰めというより“私への点数稼ぎ”のように聞こえた。
もうナタリーのことは、少しも愛していないのだろう。
エドモンの顔は平静だった。
まるで、ただの出来事のひとつに過ぎないかのように。
夜になり、ナタリーは自殺──
そういう知らせを受けて、私は会議室へ向かった。
エドモン、アレクシス、クラウディオ、王夫妻、宰相。
王家の中枢が全員そろうのは、久しぶりだった。
重苦しい空気の中、宰相が淡々と報告する。
「世話係のメイドが『ナタリーに頼まれて毒を用意した』と自供しました」
ガゼル・ラシェル国王は、鼻で笑った。
「子供がいなければ、とっくに国家転覆罪で処刑されてたのだからな。
まあ、死んだこと自体には問題ない。
毒婦め、息子をたぶらかしおって」
私は胸が、ざわついた。
ナタリーの冷たさが、まだ指先に残っている。
宰相が続ける。
「では、病死として密かに葬るだけで良いでしょうか。
発表は、どうします?」
そのとき、エドモンが挙手した。
「父上、発言の許可を」
「今は会議中。発言に断りはいらない」
エドモンは立ち上がり、ゆっくりと語り始めた。
──嫌な予感がした。
「そもそもナタリーには、不審な点がありました」
私は息を呑む。
やめて、と思った。
でも止められない。
エドモンは──アレクシスに小説を勧められ、影響を受けたこと。
彼の手引きで城下町にお忍びで行き、ナタリーと出会ったこと。
ナタリーが“最初から自分の好みを知っていた”可能性が高いこと。
そして──
「ナタリーを口封じのため毒殺したのは、アレクシスでは?」
会議室の空気が、一瞬で凍りついた。
王がアレクシスを見る。
「アレクシス。言い分は?」
現婚約者は、スッと立ち上がった。
その中性的な横顔は、氷のように冷たく美しかった。
「ご存知の通り、僕は少し前まで公爵弟であり、エドモンは王太子でした。
小説を渡し、お忍びを手助けしたところで、何かを強制する力は僕にありませんでした。
また、彼らが出会ったのも、僕が紹介したわけではありません」
アレクシスは、エドモンをまっすぐ見た。
「エドモン、聞きたいんだ。
僕が、いつ『ナタリーを本妻にすべき』と言った?
勝手に出会って、勝手に愛し合い、勝手に結婚したのだろう」
エドモンの顔が引きつる。
「それは……しかし……」
アレクシスは肩をすくめた。
「それとも──従兄に、単なる遊びの手助けをしたことが罪にでもなるのですか?」
私は、こっそり息を吐いた。
──アレクシスは、やはり強い。
誰よりも冷静だ。
しばし、誰も口を開かなかった。
空気が重く沈み、呼吸すら苦しい。
その沈黙を破ったのは、エドモンだった。
「けれど、もしナタリーがハニートラップだったならば、王位簒奪のために行った国家反逆罪だ」
私は思わずアレクシスを見た。
彼は微動だにしない。
「ナタリーが、そう言ったのか?」
アレクシスの声は低く、冷たかった。
その瞬間──会議室の扉が勢いよく開いた。
「失礼します、急ぎの用件です!」
伝令が駆け込み、膝をつく。
「騎士から取り調べを受けた護衛兵が『ナタリー元妃が”ハニートラップだった”と、リュミエール公爵令嬢に自供したのを聞いていた』と証言しました」
──まさか。
人払いしたのに……。
私は震えそうな手を、ぎゅっと握りしめた。
切り抜けなければ──
ここで崩れたら、アレクシスが終わる。
王が低く命じる。
「詳しく報告せよ」
「『ナタリー元妃は借金のかたにアレクシス殿下に買われ、ハニートラップ要員としての教育を受けた』と。
そして『エドモン・バルサ男爵と関係を持った時には、すでに純潔ではなかった』そうです」
会議室が、ざわめいた。
王がエドモンを見る。
「エドモン、ナタリーは純潔でなかったのか?」
「シーツに血が付いていたのは見ましたが、それを確認したのは1度、眠った後なので偽装可能です」
王の顔が険しくなる。
「アレクシスを拘束し、尋問せよ」
衛兵がアレクシスの腕を掴み、立たせる。
アレクシスは抵抗しなかった。
ただ、私を1度だけ見た。
その瞳は「大丈夫」と言っているようで、逆に胸が締めつけられた。
──私が迂闊だったせいで……。
「お待ちください!
物証もなく、王太子を拘束するつもりですか?!」
クラウディオが、テーブルを叩いて叫ぶ。
「これは国家における大事である。
真実を知るために、調べる必要がある。
だからこそ拘束するのだ」
王の一喝に、クラウディオは歯を食いしばって引き下がった。
そして──王の視線が、私に向く。
「エヴァ。ナタリーから聞いたことを正確に述べよ。
──王命だ」
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