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せめて契約書を
エドモンに抱きしめられたのだ。
「っ! ま、待って、エドモン」
押し返そうとしたが、びくともしない。
「君は、私の妻になるつもりで育ったんだろう。
今更なぜ抵抗する?」
「それはっ、あなたがナタリーを選んだ時に終わったことじゃない」
「あれは間違いだった、と言ったじゃないか」
「間違いも含めて、責任は取らなければならないのよ」
エドモンは黒い眉をひそめ、私を見下ろした。
「君がそうやって正論ばかり振りかざす女でなければ、私も道に迷ったりしなかったんだ」
言葉に詰まった。
責任転嫁にも程がある。
「これからは君だけを見るよ。
だから私の過ちを許してくれ」
私は困惑した。
この人は、さっきから何を言っているの……?
「君が私を受け入れれば、元に戻る」
元に戻る……?
本当に、そうなの?
エドモンの王太子復帰は──
クラウディオが失脚すれば……あり得る。
拒絶すれば、アレクシスが処刑されるかもしれない。
でも──いえ、違う。
色々とショックで頭が回らなかったけれど、よく考えればナタリーから「ハニートラップだった」と聞いただけで、他の証拠はない。
あの時のナタリーは、エドモンと離婚して平民だった。
後継候補の母ということで、生かされていただけ。
従って彼女の発言に証拠能力は、あまりない。
アレクシスは現王太子。
処罰されるには、確証が必要。
だからアレクシスは、あんなに落ち着いていたの?
そこまで考えた時──
エドモンが私をベッドに運び、押し倒そうとした。
私は反射的に叫んでいた。
「っい……今そんなことをしたら、生まれる子は“庶子”になるじゃない!」
エドモンの動きが止まる。
「そうだった。分かった。
入籍届を用意するから、少し待ってて」
「え……」
あっさりと離れ、部屋を出ていくエドモン。
扉が閉まった瞬間、私はその場に座り込んだ。
──どうしよう?
どうしたらいいの?
逃げる?
……塀の中だもの、無理。
いいえ、落ち着いて。
冷静になるのよ。
あれ……?
婚姻は当主の許可が要るから、お父様がごねれば時間稼げる?
いや、それは王宮に提出する書類。
彼なら先に、教会へ婚姻届を提出して事後報告もあり得る。
だってあの人、公開婚約破棄と離婚をやった人だもの。
とにかく──アレクシスが処刑される可能性はない、と突っぱねようか。
ただし、ナタリー殺しの犯人が王夫妻なら……アレクシスも暗殺されるだろう。
私は深くため息をついた。
受け入れるしかないだろうか。
──せめて書面にすべきだ。
机上に置かれた紙を広げ、インク壺にペン先を浸した瞬間──
公爵令嬢としての冷静な判断力が、すっと戻ってくる。
牢の中でも、たとえ相手が王族でも、契約は契約。
書面は、権力者を縛る唯一の鎖。
私は深く息を吸い、“条件”を書き連ねていった。
〈契約書〉
①アレクシスを公開裁判にかけること
②産まれてくる子どもの安全と将来の保証
➂離婚の条件
- エドモン側からの一方的な離縁禁止
- 不貞・暴力があった場合、エヴァから離婚可能
- 離婚後の財産分与と身分保証、親権
④エドモンの責任の所在
- 過去の婚約破棄・離婚・再婚の責任を明文化
- それを理由にエヴァへ不利益を与えない
⑤リュミエール公爵家の後ろ盾について
- 不備がなければ、エドモンの王子復権後に後ろ盾となる。
書き終えた私はペンを置き、目を閉じた。
──大丈夫。
私は、まだ戦える。
アレクシスを守るためにも。
私自身の誇りのためにも。
そして、エドモンが戻ってくる足音が聞こえた。
私は契約書を胸に抱き、静かに立ち上がった。
エドモンが再び牢に入ってくる。
手には、数枚の書類。
「保証人の欄に、父と母がサインしてくれたよ」
その言葉を聞いた瞬間、背筋が冷たくなった。
──やはり、王夫妻はアレクシスを失脚させる予定だったのだ。
いくらなんでも、サインするのが早すぎる。
ここまで全て、計画通りだからだ。
ナタリー殺しは──王の仕業。
だが、アレクシスがやったことにされるだろう。
「そう」
余計なことは言わない。
今は、言葉ひとつで命取りになる。
「君もサインして」
「その前に、これを」
私は契約書を差し出した。
エドモンは目を通し、ふっと笑った。
「……なるほど。考えたね。
まあ一筋縄では行かないと思ったし、こちらに有利な項目もある。
妥当だろう」
私は頷いて言った。
「父を呼んでサインを」
「ああ、これは私の両親のサインも必要だ。
手配しよう。君の望む通りにする」
ほっと息が漏れた。
さすがに今回の婚姻は、親に無断で強行突破しないようだ。
いや、充分に強引か……。
そう思った矢先──
「ただし」
「え?」
エドモンは契約書── “公開裁判”の項目を指で叩いた。
「アレクシスの前で、私にキスしてから婚姻届にサインするんだ」
思わず後退った。
── 何を言ってるの?!
エドモンは淡々と続ける。
「君は、アレクシスが王家に暗殺されるのを恐れているんだろう?
確かに公開裁判で判決が出れば、不透明な罪状を押し付けられたまま暗殺される可能性は減る。
しかし──だったら、アレクシスに君を諦めさせるんだ。
そうでないと生かしておけない。
復讐の芽は摘まないと」
汗が一筋、頬を伝った。
暖炉の火は小さい。
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