【完結】クズ夫を嫉妬させる役のモブ王子が激甘でした ※ただし彼には本命の愛人がいます

星森 永羽(ほしもりとわ)

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もう無理はさせません

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 白いカーテンが揺れる病室。  
 窓から差し込む午後の光が、ベッドの上に横たわるフォレスの頬を照らしていた。
 癖の無い端正な顔を見つめていると、瞼が震えた。

「気付いたの? フォレス」

 私は椅子から身を乗り出し、彼を覗き込む。  
 フォレスはゆっくりと深緑の目を開け、ぼんやりと天井を見上げた。

「ここは……病院?」

「そう。倒れて……しかも、酷い怪我までして」

 そのとき、医者が入ってきて、私に軽く会釈した。

「ご令嬢、症状を見ます」

 私は席を立ち、少し離れた場所へ移動する。  
 やがて医者が立ち、静かに告げた。

「かなり酷い怪我です。1週間、入院してください」

「いや、そんなに家を空けたら──お嬢様が……」

「それやったの、お父様でしょ?」

 私の声が、思わず鋭くなる。  
 フォレスは目を伏せ、低く呟いた。

「……転びました」

「その嘘は無理がある」

 医者が冷静に言い放つ。

「お父様しかいないじゃない。弁護士に親権剥奪を依頼したのが、あなただからでしょう?」

 フォレスは黙ったまま、拳を握りしめた。

「あなたが口を割らないなら、憲兵に依頼するから」

「そしたら……! お嬢様の傍にいられないではないですか!」

 その叫びに私は一瞬、言葉を失った。  
 けれど、すぐに答える。

「簡単だわ。私が、あの家を出ればいいのよ。父に監護権はないのだから。これから物件を探してくる」

 昨日、監禁から解放されたばかりで、新居のことまで気が回らなかった。  
 本当は、もっと早く気にかけるべきだった。  
 でも……重要な書類は、彼でなければ任せられなかったのも事実。
 どうすれば良かったんだろう?

 そのとき、フォレスが静かに言った。

「私の家があります。寮以外に、ひとりになりたい時に使う場所を持ってるのです。狭いですが……」

「そこに、私が住んでいいの?」

「お嬢様さえ良ければ」

 私は頷いた。

「そうするわ。では、あなたの退院に合わせて引っ越しましょう」

 そのとき、ドアの向こうからトーレンが顔を出した。

「それまでは俺が、しっかり守るんで。さっさと治してください」

 フォレスは、ようやく微笑んだ。

「……わかった」




 秋晴れの空の下、ヴァルデンブルクの広場は人であふれていた。ここはノルディエ辺境伯領の中心地だ。
 色とりどりの屋台が並び、焼きたての香りと笑い声が、風に乗って流れてくる。

 ジンギスカンうどん、わたあめ、りんご飴の屋台を見て回った。  
 中でも、わたあめの屋台には長い行列ができていて、子どもたちが目を輝かせて順番を待っている。

「お嬢様、これで金持ちっすね」

 トーレンが笑いながら言う。  
 私は苦笑した。

 薄利多売だ。砂糖が高価だから、利益を出す値段にしたら、平民には手が出ない。

「それにしても、安静って言われてるのに来ちゃうもんなー」

 トーレンが視線を向けた先には、フォレスの姿があった。  
 秋の陽を受けて、餡緑色の髪が柔らかく光っている。

「いざとなったら、玉除けぐらいにはなる」

「まあ、少ないより多い方がいいっす」

 周囲には黒髪のバズ、赤紫のディノ、ピンクのピークら、いつもの団員たちも揃っていた。  
 皆、祭りの空気に浮かれながらも、どこか目は鋭く、さりげなく警戒している。

「退院したからと言って、油断したらダメよ」

 私がフォレスに釘を刺すと、トーレンがぱっと手を取ってきた。

「お嬢様! そんなことより──ぶどうを踏んで、食事して、踊るっす!」

「えっ、ちょ──」

 言い終わる前に、トーレンは私の手を引いて走り出した。  
 

 ぶどうの桶に足を入れた瞬間、ひんやりとした感触が足裏を包んだ。  
 私はスカートの裾を軽くつまみ上げ、裸足でぶどうを踏みしめる。

「ふふ、意外と気持ちいいわね」

 紫の果汁がじゅわりとにじみ出し、甘い香りが立ちのぼる。  
 トーレンが私の腰に手を添え、支えながら笑った。

「滑るっすから、気をつけてくださいね」

 そのとき──

「うわああああああああああああああああああああああっ!!」

 広場の向こうから、悲鳴が響いた。

「レース用の猪が逃げたぞーっ!!」

 次の瞬間、地響きのような足音とともに、巨大な猪が2頭、群衆をかき分けて突進してきた。

「お嬢様、危ないっす!」

 トーレンが私を抱きかかえ、ぶどうの桶から飛び退く。  
 直後、桶が吹き飛び、紫の汁が宙に舞った。

 その先に、フォレスが立ちはだかる。  
 まだ完治していない体で、まっすぐに猪の進路を塞ぐ。

「……来い」

 彼の声は低く、静かだった。  
 猪達が唸り声を上げて突進する。  
 その瞬間、団員たちが次々と動き出した。

「おいおい、祭りの目玉が暴れ猪ってどういうことだよ!」

 バズが叫びながら、剣を構える。  
 ディノとピークも左右から回り込み、包囲を狭めていく。

 私は、ぶどうの香りが染みついた手を見つめ、ふと閃いた。

「……こっちよ。ほら、甘い匂いが好きなんでしょ?」

 私はぶどうの皮を拾い、猪の前に投げた。  
 鼻をひくつかせた猪が、ふらりと進路を変える。

「そう、こっち。もっと甘いのがあるわよ……」

 私はゆっくりと後退しながら、猪を檻のある方へと誘導した。  
 そして──

 ガシャン!

 猪が入った瞬間、柵を閉め施錠。  
 広場に、安堵と歓声が広がる。 

 私は肩で息をしながら、地面にしゃがみ込んだ。  
 トーレンが呆れたように言う。

「もう! 危ないんだから、じっとしていてください!」

「だって……」

 私が言いかけると、フォレスが駆け寄ってきた。

「お嬢様、怪我は?」

「どう見ても、あなたの方が重症だわ」

「これは……ただのぶどうの汁です」

 フォレスの服は紫に染まり、まるで戦場を駆け抜けたかのようだった。  
 団員たちは、すでに片付けに動き出している。

「今日は、もう中止っすね」

 トーレンが肩をすくめた。その時、どこかで子どもが泣き出した。  
 奥ではレースの主催者が、責任を問われて怒鳴られている。

 私は立ち上がり、声を張った。

「私がこの猪を買い取って、ベーコンにして──1週間後に振る舞うわ!」

 広場に、どっと歓声が上がった。  
 子どもたちの涙も、すぐに笑顔に変わる。
 脱走した2頭のうち、フォレスが斬った方を買い取ることにした。

「ベーコンなんて作れ……ないっすよね。俺たちがやるんすね」

 トーレンがぼやきながら、私ににこりと笑いかけた。  
 私は悪戯っぽくウインクを返す。

 秋の空の下、ぶどうと笑いと紫のしずくが、祝祭の余韻を彩っていた。



 フォレスの家の前で、トーレンが手を振った。

「じゃあ、明日また来るっす」

「おやすみ」

 私が微笑むと、トーレンは軽く敬礼して夜道へと消えていった。  
 フォレスと私は、並んで玄関をくぐる。  
 引っ越しは既に終わっていて、室内には荷物も整然と収まっていた。

「ふあ……疲れたわね」

 あくびを噛み殺しながら、私はソファに腰を下ろす。  
 そこへ、メイドが湯気の立つタオルを手に現れた。

「すぐ湯浴みして寝ますか?」

「ええ。フォレス、先に入ったら? ぶどうだらけよ?」

「お嬢様もですよ」

 私たちの服には、まだ紫のしみが残っていた。  
 すると、メイドがさらりと言った。

「2人、一緒に入ればいいですよ」

 私とフォレスは、同時に沈黙した。  
 そして、どちらからともなく視線を逸らした。
 


 夜中に私は目を覚まし、台所へと足を運んだ。  
 すると、そこにはフォレスの姿があった。

「なにしてるの?」

「夕飯、食べそこねて」

「そう言えば、私も食べてない」

 買い食いする前に猪が暴れた。
 私は棚を漁り、パンの袋を見つけた。

「パンがある」

「サンドイッチにしましょう」

「……あっ、今こそエッグベネディクト! 前に狐に盗られたの!」

 私が目を輝かせると、フォレスは少し困ったように笑った。

「それは……作り方を言ってください」

 私は首を振る。

「一緒に作るの」

 フォレスが頷き、静かに立ち上がる。  
 夜の台所に、卵を割る音と、ふたりの小さな笑い声が響いた。  

 ふたりで作ったエッグベネディクトは、思った以上にうまく仕上がった。  
 とろりとした黄身がパンに染み込み、バターの香りが夜の静けさに溶けていく。

「美味しい」

 私が小さく呟くと、フォレスも頷いた。

「ええ。……狐に盗られなくてよかったです」

 そのとき、台所のドアの隙間から、ひょっこりと顔が覗いた。

「何してるの? 入ってくればいいじゃない」

 私が声をかけると、メイドはにやにやしながら言った。

「いい感じなんで、邪魔しない方がいいっかなーって」

 フォレスの顔が、見る間に真っ赤になる。

「団長さんって、いい年して──童貞なんですか?」

「ブフォッ」

 フォレスが鼻から何か出した。
 この国で、25歳の彼は結婚適齢期。  
 私は笑いをこらえきれず、肩を震わせた。

「ふふっ」

 フォレスは顔を覆い、何も言えずにうつむいた。


 

 私は昼の街道を歩きながら、後ろを振り返った。

「怪我が治るまで、ついてこなくていいって言ってるじゃない」

 フォレスが少し離れてついてきている。  
 その横で、トーレンが腕を組んで言った。

「そっすよ。俺たちが守るんで、邪魔っす」

 バズとディノも、頷く。  
 フォレスは何も言わず、そっぽを向いた。

 私はため息をつきながらも、肩をすくめて言った。

「まあ、いいわ」


 ギルドの扉を押すと、金属の鈴が軽やかに鳴った。  
 秋の陽が差し込む石造りのロビーは、帳簿の紙音とインクの匂いに満ちている。

「こんにちは」

 カウンターに近づくと、奥から男が顔を出した。  

「ハイハイ、いらっしゃいませ。金のなる木様」

「その後どうかしら?」

 私は微笑みながら、カウンターに肘をついた。  
 男は帳簿をめくりながら答える。

「トレーナーは王都でも販売を始めましたが、やはり地味なので浸透するまで時間がかかります。マグネットボタンは形になってきてますね。
 針は笑いそうなくらい売れてます」

「そう。今日は、これをお願い」

 私は革のフォルダから図案を取り出し、彼の前に差し出した。

「はい? これは……?」

「出来上がった針を使ってみたけど、良かったわ。それで、次の段階として──ミシンを考えたの」

 男が目を細める。私は図に描いた構造を指でなぞりながら説明した。

「歯車で針を上下させて、ベルトで動力を伝えるの。足踏み板を踏むと、針が上下して布を縫うのよ」

「……ご令嬢は天才ですか?」

「勘がいいだけよ。でも、これで服が量産できたら“一張羅”の民が減るわね」

 男は感嘆の息を漏らし、図面をじっと見つめた。

「素晴らしいです。実現するには……時間がかかりますが……」

「わかってるわ。
 ところで私のブランド名を考えたの──“フォレスト・フラワー”。
 ミシンができたら、FFマークを入れてくれる?」

 斜め後ろで、トーレンがフォレスの脇を肘でつついている。 

「お任せください」

 担当員が深く頷く。

 そのとき、ロビーの奥から弁護士ロシュが現れた。  
 黒のロングコートに身を包み、書類の束を抱えている。

「手続きは、こちらで進めておきます」

 彼の声に、私は小さく頷いた。  



 秋風が吹き抜ける街道を、私たちはのんびりと歩いていた。  
 木々の葉は赤や金に染まり、足元には落ち葉がカサカサと音を立てていた。

「いーなー、玉の輿」

 トーレンが私を見ながら、隣のフォレスを肘でつつく。

「ばか。お嬢様は、王子殿下と結婚なさるんだ」

 フォレスが深緑の眉をひそめて言うと、バズが肩をすくめた。

「そういや王宮、何も言ってこねえな」

 末の王子を婿に寄越せと言った件だ。

「揉めてるんだろう」

 ディノがあくび混じりに呟く。

「そんなこと考えたら憂鬱になるから……ここはパーっと気晴らしに、栗拾いでも行きましょう。その前に腹ごしらえよ」

「おーっ!」

 一同が声を揃え、足取りが軽くなった。

 
 屋台の並ぶ通りに出ると、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。  
 私は串に刺さった焼き肉を受け取り、ひと口かじる。

「ん、ん……硬い……」

「俺が噛み潰したもの、口移して食べさせましょうか」

 トーレンがにやりと笑った瞬間──

 フォレスの拳が、彼の後頭部に炸裂した。

「ぶへっ……冗談っすよ!」

 私は笑いながら、肉を噛みしめた。

「うーん、これ……しゃぶしゃぶにしたらいいかも?」

「また新しい料理っすか? 美味いからいいっすけど、働くの俺らなんで」

 トーレンが肩をすくめる。  
 私はくすくす笑いながら、ふと思いついた。

「栗拾いはあとにして、包丁作りに行きましょう。肉を薄く切るのに、一般的なのじゃ無理なの」

 料理をするようになってから、包丁の切れ味に不満を感じていた。  
 もっと繊細に、もっと鋭く。そうでなければ、私の頭の中の料理は形にならない。

「だったら、武器屋の方がいいですよ」

 バズが言い、他の団員たちも頷いた。

 私は頷き返し、串の最後の一切れを口に運んだ。  



 武器屋の扉を開けた瞬間、怒鳴り声が飛び込んできた。

「だから! 最強の武器をくれっつってんだ!」

 店の奥で、青髪の少年がカウンターに詰め寄っていた。  
 群青の瞳がぎらついていて、腰には見慣れない細身の剣が下がっている。

「これが最強だ、坊主」

 無骨な店主が、無造作に鉄の棒をカウンターに置いた。  
 見た目はただの鉄塊。装飾もなければ、刃もない。

「いや、弱そうじゃねえか!」

「何だと? だったら勝負だ。表出ろい!」

「……」

 私は思わず顔をしかめた。  
 トーレンが、ひそひそ声で囁く。

「お嬢様、あれ見ます? たぶんすぐ血の雨っすよ」

 フォレスが、ため息をついて言った。

「……包丁の相談は、別の鍛冶屋にしましょうか」

「いや、あの店主、腕は確かだ。勝負が終わるまで見ていこうぜ」

 バズが腕を組み、ディノも無言で頷いた。

 

 辺境の武器屋前、砂埃舞う広場。  
 観客は市民、旅人、私たち一行、犬(ポチ)

 青い髪の少年は剣を抜き放ち、軽やかに踏み込んだ。

「はっ!」

 風を切る音。速い。  
 けれど、店主は一歩も動かず、鉄塊を片手で構え──

 ガァンッ!!

 火花が散った。  
 剣が止まる。少年の腕が震える。

「なっ……重っ!? 何だ、この反動……腕が痺れる!?」

「“軽さ”は速さを生むが、“重さ”は止める力になる。  
 坊主、戦場じゃ止める方が生き残るんだよ」

 少年は連撃を仕掛けたが、店主は最短の動きで受け流す。  
 そして──

 鉄塊の一振り。  
 地面にヒビが走り、剣が弾かれた。

 少年は地面に座り込み、悔しそうに唇を噛んだ。

「……チクショウ、負けた……」

「最強ってのはな、“勝ち続ける”ってことだ。派手さじゃねぇ、積み重ねだ」

「……その鉄の棒、俺に1本くれ」

「まずは鍛冶場で炭運びからだな、坊主」

 少年は地面に座り込んだまま、肩で息をしている。  
 私はそっと近づき、しゃがみ込んだ。

「大丈夫? 病院まで連れてってあげる」

 差し出した手を、彼は乱暴に振り払った。

「うるせえ。女が気安く俺様に触んな」

 その瞬間、背後の空気がぴりついた。  
 騎士たちが一斉に眉をひそめ、手が剣の柄にかかる。

「お嬢様、そんな弱いやつに構わないで、さっさと包丁作りましょう」

 トーレンが私の肩を軽く叩きながら言った。  
 その言葉に少年が顔を上げ、目を吊り上げる。

「何だと、てめえ。どこの誰だ、名を名乗れ!」

「お前こそ、先に名乗れ」

 2人の間に火花が散る。  
 私は慌てて立ち上がり、両手を広げて割って入った。

「ちょっと、やめて。私はフリージア・ノルディエ」

 その名を聞いた瞬間、少年の表情が変わった。  
 驚き、そして──どこか愉快そうな笑み。

「フリージア・ノルディエ……辺境伯の? あんたが?」

「そうだけど」

「ふうん……」

 ニヤニヤと笑いながら、彼は立ち上がった。  
 群青の目は、どこか試すように私を見ている。
 すると、トーレンが私の手を引いた。

「そんな変なやつに近づいちゃ、ダメですよ。行きましょう」

 私は頷き、彼に引かれるまま歩き出した。  
 背後で、少年の視線がいつまでも刺さっていた。  


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