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誕生日パーティーに同じ色のドレス
エレファウント公爵家の迎賓館は、夜の帳が下りる前から煌びやかな光に包まれていた。
シャンデリアの光が天井の金箔を照らし、宝石のように着飾った貴族たちが、笑顔でグラスを交わしている。
私の18歳の誕生日。
招かれたのは、王家と親交の深い高位貴族ばかりだった。
会場の一角、白薔薇のアーチの下で、私は幼馴染みのコーデリア・ブランシュ伯爵令嬢と並んでいた。
彼女はアッシュグレーの髪を夜会巻きにまとめ、ラベンダーの瞳を涼しげに光らせている。
紫のドレスが彼女の知的な美貌を引き立てていた。
その隣には、漆黒の髪を後ろで束ねたアレス・トレイン伯爵令息が控えていた。
鋼のようなグレーの瞳は、相変わらず無表情だが、コーデリアの手をそっと握る仕草に、彼なりの優しさが滲んでいた。
少し離れた場所には、プラチナブロンドの髪を持つセドリック・フォン・リースフェルト公爵令息と、金茶の髪を揺らすケイティーの兄妹がいた。
2人とも北欧の彫刻のように整った顔立ちで、会場の視線を集めていた。
「あなたの婚約者、遅いわね」
コーデリアが、グラスを傾けながら小声で言った。
「重役出勤なんだろう」
セドリックが肩をすくめる。
アレスがわずかに眉をひそめた。
彼はフリードの側近なので、主を悪く言われるのが嫌なのだ。
とは言え、フリードも含め幼馴染みなので、気心は知れている。
「来たわ! ……あら?」
ケイティーの声に、皆の視線が一斉に扉へ向く。
そこに現れたのは、ミルクティーブラウンの髪を整え、白い礼装に身を包んだフリードリヒ王子。
そして──彼の腕にそっと手を添えていたのは、淡いピンクの髪を揺らす少女だった。
「やあ、誕生日おめでとう」
「……ありがとうございます」
私は微笑みを浮かべたが、頬が引きつるのを自覚していた。
「初めまして! 私、3年から政務科に編入したベルティーユ・カルナです!」
少女はぱっと花が咲くような笑顔で、私に向かって深く頭を下げた。
ライトグリーンの瞳が無邪気に輝いている。
童顔で背が低く、同じ年には見えない。
そして何故か、ヘーゼル色のドレスを着ていた。
この国では夫婦や婚約者が、互いの色を身に纏うことが多い。
つまり、彼女と私は同じ色のドレスを着ている。
普通は主役と色被りしないよう気を遣うのに、あろうことか婚約者の……。
「え、ああ……アメリア・フォン・リースフェルトよ、カルナ嬢」
「え、そんな堅苦しい呼び方じゃなくて、ベルって呼んでください!
おめでたいんだから、無礼講でしょ?」
その瞬間、空気が凍った。
コーデリアがグラスを持つ手を止め、セドリックが目を細める。
アレスは無言のまま視線を逸らし、ケイティーが困惑したように眉をひそめた。
私は、笑顔を崩さぬように唇を引き結んだ。
「彼女が『まだパーティーに出たことない』って言うから、連れてきたんだ。
デビュタント前の肩慣らしに、いいだろう?」
フリードは、まるで何でもないことのように言った。
ベルティーユは彼の隣で、にこにこと笑っている。
「婚約者の誕生日パーティーが、肩慣らしなの?」
ケイティーが眉をひそめて言い返す。
彼女はフリードの従妹。
遠慮のない物言いが許される立場だった。
「どうせ、こうやって身内で固まるんだから、いいじゃないか」
フリードは肩をすくめ、悪びれた様子もない。
その言葉に、場の空気がさらに冷え込んだ。
「アメリア、当主に伺いを立ててきた方がいい。招待してない客が来たんだ」
フリードの従兄セドリックが低い声で言い、私の視線をまっすぐに受け止めた。
私は小さく会釈し、ドレスの裾を揺らして父のもとへ向かった。
会場の奥、重厚なカーテンの向こうに設けられた控室。
そこにいた父は、来客と談笑していたが、私の顔を見るなり眉をひそめた。
私と顔は似てないが、髪は同じワインレッドだ。
「どうした?」
「お父様、少しお時間を」
来客に軽く頭を下げ、父は私を部屋の隅へと連れていった。
「で、何だ?」
「……フリードが、学園に編入してきたばかりの男爵庶子を、勝手に連れてきたの」
「は? 何だって?」
父の声が一段、低くなる。額に深い皺が刻まれた。
「なに考えてるんだ? バカなのか? 殿下のパートナーはアメリアだろう?」
「だから……セドリックが、こうして助け船を出してくださって……」
父は額を押さえ、深くため息をついた。
「……頃合いを見て、退場させる。それまで、適当に過ごしてなさい。
後は、わしが何とかする」
「お願い」
私は小さく頭を下げ、再び会場へと戻った。
私は笑顔を絶やさぬまま、次々と訪れる招待客たちに挨拶を返していた。
侯爵家の夫人、王国軍の将軍、学園の教師、そして旧知の貴族たち。
誰もが礼儀正しく、私の成長と美貌を褒めてくれる。
けれど、心はどこか上の空だった。
会場の奥、金の柱の陰。
フリードとベルティーユが、何かを言い合っているのが見えた。
ベルティーユは頬を膨らませ、何かを訴えるように身を乗り出している。
フリードリヒは困ったように、彼女をなだめていた。
何を話しているのだろう。
そのまま視線を逸らせずにいると、楽団がワルツを奏で始めた。
ダンスタイムの始まりを告げる音楽。
会場の空気が一気に華やぎ、貴族たちがペアを組み始める。
そのときフリードが、こちらへ歩いてきた。
ベルティーユは、その場に残され、唇を噛んでいる。
「踊ろう」
彼は手を差し出し、私は無言でそれを取った。
ドレスの裾が揺れ、会場の中央へと導かれる。
視線が集まる中、私たちは優雅にステップを踏み始めた。
「……何を言い合ってたのですか?」
問いかけると、彼は少しだけ目を伏せて答えた。
「ああ、ファーストダンスを僕と踊りたいって言うから、今日はアメリアが主役だからダメだって言ったんだ」
主役だからダメ?
その言葉が、胸の奥に引っかかった。
いや、違う。
ファーストダンスは、主役が誰であろうと、婚約者か親族が務めるのが礼儀。
ましてや、私の誕生日。
私の婚約者である彼が、他の女性と踊ることなど、最初からあり得ない。
なに言ってるの?
この人って、こんな非常識だった?
おかしい。
何かが、ずれている。
私の知っている彼と、目の前の彼が、少しずつ違って見える。
どうしよう。
父に任せて、大丈夫かしら……?
ステップを踏みながら、私は笑顔の仮面の下で、静かに心を凍らせていった。
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