「10歳の頃の想いなど熱病と同じ」と婚約者は言いました──さようなら【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)

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謝罪じゃなくてお茶会?





 翌朝、学園の門をくぐった瞬間、ざわめきが耳に飛び込んできた。
 視線が集まり、ひそひそと声が交わされる。

 少し前まで称賛の声だったのに……。

 中庭で待っていたコーデリアが、開口一番に言った。

「ちょっと、もう……アメリアの噂で持ちきりよ。
 舞踏会で婚約解消なんて言うから」

「……解消してもらえなかったの」

「そんな簡単に、できるはずないでしょう。相手は王子よ?」

「そうだけど……」

 言いかけたそのとき、背後から声が飛んできた。

「アメリア!」

 振り返ると、フリードがこちらへ向かってくる。
 制服の襟元をきちんと整え、いつものように柔らかな笑みを浮かべていた。

「昨日は……冷静じゃなかった。
 だから、お茶会をしよう」

「……お茶、会?」

 私は思わずポカンとした。

 話し合いじゃなくて?
 謝罪でも、説明でもなくて?

 婚約者としての定例茶会は、王妃教育の一環として、週に1度のペースで王宮で行われていた。
 けれど、近ごろ教育が終わってからは途絶えていた。

 思えば、あの頃からだった。
 フリードの心が、少しずつ遠ざかっていったのは。

「えっと……」

「はい、これ。招待状」

 彼が差し出したのは、王家の紋章が刻まれた正式な封筒だった。
 これを受け取ってしまえば、断ることはできない。

「日時は1週間後にしておいたから。調整しておいて」

 ──先に予定の確認もしないの?

 私は封筒を見つめ、しばし黙った。

「……承りました」

 口から出た言葉は、まるで他人のもののようだった。

 フリードは満足げに頷き、軽く手を振って去っていった。




 王宮の応接室。
 白磁のティーセットが並ぶテーブルの前で、私は静かに座っていた。
 窓から差し込む陽光が、金の縁取りを鈍く照らしている。

 ──遅い。

 時計の針が一巡した頃、ようやく扉が開いた。

 現れたのは、フリード。
 そして、その隣には──ベルティーユ。

 私は眉間に皺を寄せた。

 これは“話し合い”ではなかったのか。
 なぜ、彼女がここにいるの?

「君はベルを誤解している。話せばわかる。きっと親しくできる」

 フリードは、まるで仲直りの仲介でもするような口ぶりだった。

 馬鹿馬鹿しい。

 無駄なやり取りはせず、結論だけ聞こう。

「……殿下は、彼女を愛妾になさるのですか?」

 私の問いに、彼の顔が一瞬で強張った。

「妾だと?! 彼女を侮辱する気か!」

「ひどい……妾なんて……」

 ベルティーユがハンカチを目元に当て、肩を震わせる。
 けれど、涙は一滴も流れていない。

 男爵令嬢が高位貴族の妾になるのは、珍しいことではない。
 むしろ、よくある話だ。

 浮気相手のくせに、自分の立場を棚に上げて“ひどい”とは?

「ベルを泣かすなんて……」

「いや、嘘泣きですよ。涙、出てないもん。
 よく見てください」

 私は冷静に指摘した。
 フリードが、嘘泣きに気付いて黙る。

「カルナ男爵令嬢は、妾ではなく側妃になりたいのですか?」

「わ、私……そんなつもりじゃ……」

「では、どんなつもりですか?
 あなたのせいで、父は陛下に婚約の見直しを打診しているんですよ」

 ベルティーユが言葉に詰まる横で、フリードが声を荒げた。

「ベルのせいじゃないだろう! これは君の我が儘じゃないか!」

 その瞬間、私はベルティーユに視線を向けた。
 彼女はハンカチを顔の前に掲げたまま、口元だけが綻んでいた。

 ──ああ、こんなわかりやすい阿婆擦れに引っかかるなんて。

 私たちのもとには、いつだって色んな人が寄ってくる。
 だからこそ互いに守り合い、協力し合って、邪な者たちから身を守ってきたはずだった。

 それなのに、ここに来て──性欲が勝ったの?
 それとも、ただ珍しかっただけ?

 ──馬鹿馬鹿しい。

 彼が平伏す勢いで謝るなら、時間をおいて話し合おうとも思っていた。
 けれど、もう無理だ。

「話になりません。失礼」

 私は立ち上がり、紅いドレスの裾を翻して部屋を後にした。  

 背後で呼び止める声が聞こえた気がしたけれど、もう振り返る気にもならなかった。



 王宮の馬車留めに戻ると、そこに立っていたのは──セドリックだった。

 白金の髪を風に揺らし、礼服姿で馬車の前に立っていた。
 彼のアイスブルーの瞳が、私を見つけて細められる。

「もう終わったのか、茶会」

「……浮気相手を連れてきたの」

 その一言に、セドリックの眉が跳ね上がった。

「っ……あの野郎! 文句、言ってくる!」

 彼が踵を返しかけたのを、私は慌てて止めた。

「だめよ、止めて。
 それより……どうして、ここに?」

「ケイティーから聞いたんだ。
『今日、アメリアが王宮で茶会だ』って。
 だから、助っ人に来た」

 彼はさらりと言った。
 フリードの従兄である彼は、王宮を自由に出入りできる。

 私は思わず、ふっと笑った。

「ありがとう。心強い。
 でも、もう終わったから」

 そう。色々終わった。

「そうか……」

 セドリックは少しだけ眉を下げたあと、ふっと表情を和らげた。

「……よければ、うちでお茶しないか? ケイティーも家で待機してるんだ」

「待機だなんて……」

「何かあれば、すぐ出動できるようにさ」

 その言葉に、私は思わず吹き出してしまった。  
 緊張で張り詰めていた心が、少しだけ緩む。

「……ありがとう」

「さあ、行こう」

 セドリックが手を差し出す。
 私はその手を取り、彼にエスコートされながら馬車へと向かった。



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