6 / 18
謝罪じゃなくてお茶会?
翌朝、学園の門をくぐった瞬間、ざわめきが耳に飛び込んできた。
視線が集まり、ひそひそと声が交わされる。
少し前まで称賛の声だったのに……。
中庭で待っていたコーデリアが、開口一番に言った。
「ちょっと、もう……アメリアの噂で持ちきりよ。
舞踏会で婚約解消なんて言うから」
「……解消してもらえなかったの」
「そんな簡単に、できるはずないでしょう。相手は王子よ?」
「そうだけど……」
言いかけたそのとき、背後から声が飛んできた。
「アメリア!」
振り返ると、フリードがこちらへ向かってくる。
制服の襟元をきちんと整え、いつものように柔らかな笑みを浮かべていた。
「昨日は……冷静じゃなかった。
だから、お茶会をしよう」
「……お茶、会?」
私は思わずポカンとした。
話し合いじゃなくて?
謝罪でも、説明でもなくて?
婚約者としての定例茶会は、王妃教育の一環として、週に1度のペースで王宮で行われていた。
けれど、近ごろ教育が終わってからは途絶えていた。
思えば、あの頃からだった。
フリードの心が、少しずつ遠ざかっていったのは。
「えっと……」
「はい、これ。招待状」
彼が差し出したのは、王家の紋章が刻まれた正式な封筒だった。
これを受け取ってしまえば、断ることはできない。
「日時は1週間後にしておいたから。調整しておいて」
──先に予定の確認もしないの?
私は封筒を見つめ、しばし黙った。
「……承りました」
口から出た言葉は、まるで他人のもののようだった。
フリードは満足げに頷き、軽く手を振って去っていった。
王宮の応接室。
白磁のティーセットが並ぶテーブルの前で、私は静かに座っていた。
窓から差し込む陽光が、金の縁取りを鈍く照らしている。
──遅い。
時計の針が一巡した頃、ようやく扉が開いた。
現れたのは、フリード。
そして、その隣には──ベルティーユ。
私は眉間に皺を寄せた。
これは“話し合い”ではなかったのか。
なぜ、彼女がここにいるの?
「君はベルを誤解している。話せばわかる。きっと親しくできる」
フリードは、まるで仲直りの仲介でもするような口ぶりだった。
馬鹿馬鹿しい。
無駄なやり取りはせず、結論だけ聞こう。
「……殿下は、彼女を愛妾になさるのですか?」
私の問いに、彼の顔が一瞬で強張った。
「妾だと?! 彼女を侮辱する気か!」
「ひどい……妾なんて……」
ベルティーユがハンカチを目元に当て、肩を震わせる。
けれど、涙は一滴も流れていない。
男爵令嬢が高位貴族の妾になるのは、珍しいことではない。
むしろ、よくある話だ。
浮気相手のくせに、自分の立場を棚に上げて“ひどい”とは?
「ベルを泣かすなんて……」
「いや、嘘泣きですよ。涙、出てないもん。
よく見てください」
私は冷静に指摘した。
フリードが、嘘泣きに気付いて黙る。
「カルナ男爵令嬢は、妾ではなく側妃になりたいのですか?」
「わ、私……そんなつもりじゃ……」
「では、どんなつもりですか?
あなたのせいで、父は陛下に婚約の見直しを打診しているんですよ」
ベルティーユが言葉に詰まる横で、フリードが声を荒げた。
「ベルのせいじゃないだろう! これは君の我が儘じゃないか!」
その瞬間、私はベルティーユに視線を向けた。
彼女はハンカチを顔の前に掲げたまま、口元だけが綻んでいた。
──ああ、こんなわかりやすい阿婆擦れに引っかかるなんて。
私たちのもとには、いつだって色んな人が寄ってくる。
だからこそ互いに守り合い、協力し合って、邪な者たちから身を守ってきたはずだった。
それなのに、ここに来て──性欲が勝ったの?
それとも、ただ珍しかっただけ?
──馬鹿馬鹿しい。
彼が平伏す勢いで謝るなら、時間をおいて話し合おうとも思っていた。
けれど、もう無理だ。
「話になりません。失礼」
私は立ち上がり、紅いドレスの裾を翻して部屋を後にした。
背後で呼び止める声が聞こえた気がしたけれど、もう振り返る気にもならなかった。
王宮の馬車留めに戻ると、そこに立っていたのは──セドリックだった。
白金の髪を風に揺らし、礼服姿で馬車の前に立っていた。
彼のアイスブルーの瞳が、私を見つけて細められる。
「もう終わったのか、茶会」
「……浮気相手を連れてきたの」
その一言に、セドリックの眉が跳ね上がった。
「っ……あの野郎! 文句、言ってくる!」
彼が踵を返しかけたのを、私は慌てて止めた。
「だめよ、止めて。
それより……どうして、ここに?」
「ケイティーから聞いたんだ。
『今日、アメリアが王宮で茶会だ』って。
だから、助っ人に来た」
彼はさらりと言った。
フリードの従兄である彼は、王宮を自由に出入りできる。
私は思わず、ふっと笑った。
「ありがとう。心強い。
でも、もう終わったから」
そう。色々終わった。
「そうか……」
セドリックは少しだけ眉を下げたあと、ふっと表情を和らげた。
「……よければ、うちでお茶しないか? ケイティーも家で待機してるんだ」
「待機だなんて……」
「何かあれば、すぐ出動できるようにさ」
その言葉に、私は思わず吹き出してしまった。
緊張で張り詰めていた心が、少しだけ緩む。
「……ありがとう」
「さあ、行こう」
セドリックが手を差し出す。
私はその手を取り、彼にエスコートされながら馬車へと向かった。
あなたにおすすめの小説
王子様への置き手紙
あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯
小説家になろうにも掲載しています。
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
【完結】本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました
音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。
____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。
だから私は決めている。
この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。
彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。
……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。
もう演じなくて結構です
梨丸
恋愛
侯爵令嬢セリーヌは最愛の婚約者が自分のことを愛していないことに気づく。
愛しの婚約者様、もう婚約者を演じなくて結構です。
11/5HOTランキング入りしました。ありがとうございます。
感想などいただけると、嬉しいです。
11/14 完結いたしました。
11/16 完結小説ランキング総合8位、恋愛部門4位ありがとうございます。
新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました
ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」
政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。
妻カレンの反応は——
「それ、契約不履行ですよね?」
「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」
泣き落としは通じない。
そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。
逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。
これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。
──いいえ。わたしがあなたとの婚約を破棄したいのは、あなたに愛する人がいるからではありません。
ふまさ
恋愛
伯爵令息のパットは、婚約者であるオーレリアからの突然の別れ話に、困惑していた。
「確かにぼくには、きみの他に愛する人がいる。でもその人は平民で、ぼくはその人と結婚はできない。だから、きみと──こんな言い方は卑怯かもしれないが、きみの家にお金を援助することと引き換えに、きみはそれを受け入れたうえで、ぼくと婚約してくれたんじゃなかったのか?!」
正面に座るオーレリアは、膝のうえに置いたこぶしを強く握った。
「……あなたの言う通りです。元より貴族の結婚など、政略的なものの方が多い。そんな中、没落寸前の我がヴェッター伯爵家に援助してくれたうえ、あなたのような優しいお方が我が家に婿養子としてきてくれるなど、まるで夢のようなお話でした」
「──なら、どうして? ぼくがきみを一番に愛せないから? けれどきみは、それでもいいと言ってくれたよね?」
オーレリアは答えないどころか、顔すらあげてくれない。
けれどその場にいる、両家の親たちは、その理由を理解していた。
──そう。
何もわかっていないのは、パットだけだった。
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
冷たい王妃の生活
柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。
三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。
王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。
孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。
「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。
自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。
やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。
嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。