「10歳の頃の想いなど熱病と同じ」と婚約者は言いました──さようなら【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)

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フリードリヒの結婚式



 卒業パーティーから、わずか1ヶ月後。  
 王都の片隅で、フリードとベルティーユの結婚式が執り行われた。

 王族の婚礼とは思えないほど、簡素な式だった。  
 参列者もまばらで、空席が目立つ。  
 装飾も控えめで、祝福の空気よりも、どこか重苦しい沈黙が漂っていた。

「新婦の腹が大きくなる前に挙式って言うが、実際は──参列客が少ないのを誤魔化すためだな」

 参列席で、セドリックが小さく笑う。  
 美しい横顔に、皮肉が滲んでいた。

「あまり意地悪なこと言うと、悪いわ」

 私は小声でたしなめたが、彼は肩をすくめた。

「そりゃ君は、あれだけ完膚なきまでに叩きのめしたんだからスッキリしたろう。  
 俺は……足りないよ」

 私は苦笑しながらも、視線を新郎新婦へと向けた。

 ベルティーユは、満面の笑みを浮かべていた。  
 リボンだらけのウェディングドレス(?)に身を包み、誇らしげに胸を張っている。  
 けれど、その隣のフリードは──まるで葬式にでも来たかのような、沈痛な面持ちだった。

 おそらく、彼の計画はこうだったのだろう。  
 自分の言うことを素直に聞く伯爵令嬢辺りを正妻に迎え、ベルティーユは愛人として囲うつもりだった。  
 だが、ベルが彼に黙って避妊をやめたことで、すべてが狂った。  
 信頼は崩れ、計画は瓦解し──今、彼はその代償を噛み締めている。


 式が終わり、披露宴の会場へと移動する。  
 新郎新婦のもとへ、参列者たちが順に挨拶へ向かう。

 私とセドリックも形式に従い、2人の前に立った。

「ご結婚、おめでとうございます。  
末永くお幸せに」

 セドリックは無表情のまま、淡々と告げた。

「ご成婚、心よりお祝い申し上げます。  
 お2人の未来が、光に満ちたものでありますように」

 私は微笑みを浮かべ、静かに言葉を添えた。

「ありがとう。2人も……」

 フリードがかすれた声で応じる。  
 その目は、潤んでいた。

「先に結婚式を挙げてしまって、ごめんなさいね。  
 王族が胎内に宿ってるものだから」

 ベルティーユが、わざとらしく笑いながら言った。  
 私は、軽く息を吐いた。

「はあ……」

「それにしても、ウェディングドレス。  
 アメリア様が着る予定だったもの──まだ仮縫いだったから頂いたけど、デザインが好きじゃなくて、大幅に直したの。  
 どうかしら? 素敵になったでしょう?」

 そのドレスは──3年も前から打ち合わせを重ね、ようやく完成したものだった。  

 王妃と私、そして一流のデザイナーが何度も意見を交わし、細部にまでこだわって仕上げた、唯一無二のウェディングドレス。

 それが今、ピンクのリボンが百個はついているのではないかと思うほど装飾過多で、もはやウェディングドレスには見えなかった。

 私は思わず会場を見渡す。  
 王妃は──いない。  
 王夫婦は無責任にも、この式を欠席していた。

 私は微笑みを浮かべたまま、静かに言葉を紡ぐ。  
 公用語を含む6か国語を織り交ぜて。

「(多国語)人の婚約者を略奪するような方には、一流デザイナーの“美”がわからないでしょうね。  
 無理に貴族社会に合わせなくても、この先、平民に戻るでしょうから──その感覚は、大事になさって」

 ベルティーユの顔が、ぽかんとしたまま固まる。

「え? なんて言ったの? わかんない! 私をバカにしてるの?  
 私は王子妃になったんだから、あなたなんて──いつでも処刑できるのよ!」

 その瞬間、フリードが慌ててベルの口を塞ごうとした。  
 けれど、遅かった。

 会場にいた貴族たちが、一斉にざわめき始める。

「……今、なんと言った?」

「公爵令嬢を処刑? 王子妃に、そんな権限があるとでも?」

「公用語もわからないなんて、ふざけてるのか!」

「王族の面汚しだ!」

 怒号が飛び交い、空気が一変する。  
 誰もが顔をしかめ、席を立ち始めた。  
 中には、怒りをあらわにしてベルティーユを睨みつける者もいた。

 フリードは顔を真っ青にし新婦を庇おうとするが、誰も彼を助けようとはしなかった。

 参列者たちは次々と会場を後にし、残されたのは──新郎新婦と、冷え切った空間だけ。

 前代未聞の、王族の結婚式。  
 それは、祝福ではなく──断罪の場として、歴史に刻まれることとなった。





 悲惨な式から1週間が経った。  
 王都では、連日報道が過熱していた。

 「王太子夫妻、王族に相応しくない」  
 「前代未聞の婚礼騒動」  
 「両陛下欠席の真意とは」  

 新聞の見出しは、どれもフリードらを断罪するものばかりだった。

 私は静かに新聞をたたみ、テーブルに置いた。  
 窓の外では、春風が庭の花を揺らしている。

「本当に……殿下は、どうなさったんでしょうね?  
 あの毒婦に出会うまで、まともだったのに」

 侍女が、紅茶を注ぎながらぽつりと呟いた。

「前にセドリックが進言して、薬物検査を受けさせたけど──正常だったそうよ」

「薬物でも、魅了魔法でもないなら……何でしょうね?」

「さあ……」

 私はカップを手に取り、静かに口をつけた。  
 答えは出ない。  
 けれど、もうどうでもよかった。

 そこへ、執事が慌ただしく部屋へ入ってきた。

「第1王子殿下が、いらっしゃいました」

「……はい?」

 私は眉をひそめた。

「話があるそうで」

「私にはないわ。追い返して」

 即答する。  
 けれど──

「それが……“話し合いせよ”との、勅命書をお持ちです」

 私は一瞬、言葉を失った。

「っ……」

 手にしたカップが、わずかに揺れた。  
 紅茶の表面に波紋が広がる。

 勅命。  
 それは、王からの“命令”であり、拒否は許されない。

 ──何が始まるのか。  
 それとも、何かが終わるのか。



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