「10歳の頃の想いなど熱病と同じ」と婚約者は言いました──さようなら【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)

文字の大きさ
13 / 18

体を許してくれたら……




 応接室の扉が開かれると、フリードがすでに立っていた。  
 深緑の礼服に身を包み、姿勢だけは正している。  
 けれど、その顔には疲労と焦燥が滲んでいた。

 私は一礼し、形式通りにカーテシーを捧げる。

「第1王子殿下に謁見の栄を賜り、光栄に存じます」

「楽にしてくれ」

 椅子に腰を下ろすと、彼もようやく着席した。  
 私は視線を逸らさず、静かに言葉を投げる。

「手短にお願いします」

 フリードは一瞬、口をつぐんだが──やがて、意を決したように口を開いた。

「アメリアを……側室に召し上げる」

 私は、瞬きもせずに答えた。

「お断りします」

 フリードの顔が引きつる。

「ベルの代わりに仕事をしてくれないと……僕たちは、廃嫡になる」

「ですから、卒業パーティーでそのように申し上げましたが」

 私は静かに紅茶を口に運ぶ。  
 その手元は、微塵も揺れなかった。

「君が……妊娠を暴露して追い詰めたから、こんなことになったんだろう。  
 僕は、ベルと結婚するつもりなんてなかったんだ」

「黙って従う伯爵令嬢あたりを正妻にして、カルナ男爵令嬢は愛人にするつもりだったと?」

「っ! …………そうだ」

 フリードは、うなだれるように認めた。

 すでにベルティーユは王子妃なので、妃殿下と呼ぶべきだが、あえてカルナ男爵令嬢と呼ぶ。

 彼はそのことに関心がないのか、気づいてないのか、訂正を求めない。

「以前『妾にするのか?』と聞いたら、怒っておられましたよね。  
 ですが、愛人など妾よりも立場が低いのですよ。  
 それを殿下は、ご存じないのですか?」

「それは……彼女の手前、怒らないわけにいかなくて……」

 言い訳が、あまりにも浅い。  
 私は、ふと目を伏せ、そして再び彼を見つめた。

「殿下は、どうしてそのようになったのですか?  
 カルナ男爵令嬢と出会うまで、支離滅裂ではありませんでしたよ?」

「……彼女と出会って、自由を知ったんだ。  
 古い慣例なんて、もう形骸化した遺物だ。そんなものに縛られる必要はない。  
 大切なのは──心だ」

 フリードの声は熱を帯びていた。  
 ……熱は空回りしていたが。  

「殿下のなさったことは、自由ではありません。ただの“迷惑行為”です」

 ミルクティーブラウンの眉がぴくりと動く。  
 私は、一切の容赦なく言葉を重ねた。

「自由とは、自分の選択に責任を持つことです。 
 他者の人生を踏みにじり、制度を軽んじ、国民の信頼を裏切っておいて──」

 私は一拍置き、言葉を切り裂くように言った。

「それを“自由”と呼ぶのは、ただの逃避です」

 フリードの目は揺れ、どこか子どものように見えた。
 同じ歳だが、少し幼く見える。

「僕は……王の子として生まれたのだから、誰もが僕の心を慮って当然だろう?」

 その言葉に、私は目を見開いた。

 こんな傲慢な人だったの?

「……それは、カルナ男爵令嬢がそう言ったのですか?」

「ああ。いつも言ってくれた。  
 “あなたは特別だ”って。  
 “あなたの気持ちが一番大事”だって……」

 私は、こめかみに指を当て、そっと押さえた。  
 頭が痛むのは、きっと気のせいではない。

「このまま殿下が即位したら、クーデターが起きますよ」

 その言葉に、フリードの顔が引きつった。  
 けれど、私はもう彼に情けをかけるつもりはなかった。

「それは──」

 フリードが何かを言いかけた瞬間、私は遮った。

「いや、実際、起こりかけてるではないですか。   
 王都の治安維持隊が、反王政の落書きを消すのにどれだけ奔走しているか、ご存じない?」

 フリードは顔をしかめ、手を握りしめた。

「大袈裟だ……僕は1人息子なんだ。  
 簡単に王族の籍は外されない。
 挽回できる。それが君だ。正妃の補佐をしてくれ」

 私は、静かに首を振った。

「私以外の優秀な女性を娶ってください。側室ではなく、正妃として」

「君を求めてるのは、単に優秀だからじゃない。  
 君と僕たちが和解したと、内外に示すためだ」

 私は、思わずため息をついた。

「はあ……バカらしい。  
そんな日は、未来永劫来ません」

 私は、静かに立ち上がった。

「お話し合いは以上とさせていただきます」

 その瞬間、フリードが声を荒げた。

「君がいけないんだ!」

 私は振り返る。

「……はい?」

「君が、ベルと同じようにやってくれたら……。
 僕を立てて、“特別だ”と思わせてくれたら……。
 体を許してくれたら……。
 ……今も隣にいたのは、君だったのに……アメリア……」

 ブワッと鳥肌が立つ。

 あまりの気持ち悪さに、しばらく硬直してしまった。

 ふと我に返り、言葉を選びながら口を開いた。

「……なるほど。  
 殿下にとって私は、“あなたを気持ちよくさせるための存在”であるべきだったのですね」

 フリードの目が揺れる。

「それは、愛ではありません。  
 支配欲と自己愛の化け物です」

「女とはそうあるべきだ。  
 男を立て、従い、尽くすものだ」

 私は、微笑んだ。  
 けれど、その笑みは氷のように冷たかった。

「……あなたの本質を見抜けずに、8年も無駄にした自分を呪い殺したい気分です。  
 この先どこまで醜いお姿を、拝見することになるのでしょうか。  
 ──今から楽しみですね」

 私は踵を返し、扉へと向かった。  
 フリードの声は、もう背中に届かなかった。

 扉が閉まる音が、静かに響いた。



感想 15

あなたにおすすめの小説

王子様への置き手紙

あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯ 小説家になろうにも掲載しています。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

【完結】本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました

音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。 ____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。 だから私は決めている。 この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。 彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。 ……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

もう演じなくて結構です

梨丸
恋愛
侯爵令嬢セリーヌは最愛の婚約者が自分のことを愛していないことに気づく。 愛しの婚約者様、もう婚約者を演じなくて結構です。 11/5HOTランキング入りしました。ありがとうございます。   感想などいただけると、嬉しいです。 11/14 完結いたしました。 11/16 完結小説ランキング総合8位、恋愛部門4位ありがとうございます。

月夜に散る白百合は、君を想う

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。 彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。 しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。 一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。 家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。 しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。 偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

──いいえ。わたしがあなたとの婚約を破棄したいのは、あなたに愛する人がいるからではありません。

ふまさ
恋愛
 伯爵令息のパットは、婚約者であるオーレリアからの突然の別れ話に、困惑していた。 「確かにぼくには、きみの他に愛する人がいる。でもその人は平民で、ぼくはその人と結婚はできない。だから、きみと──こんな言い方は卑怯かもしれないが、きみの家にお金を援助することと引き換えに、きみはそれを受け入れたうえで、ぼくと婚約してくれたんじゃなかったのか?!」  正面に座るオーレリアは、膝のうえに置いたこぶしを強く握った。 「……あなたの言う通りです。元より貴族の結婚など、政略的なものの方が多い。そんな中、没落寸前の我がヴェッター伯爵家に援助してくれたうえ、あなたのような優しいお方が我が家に婿養子としてきてくれるなど、まるで夢のようなお話でした」 「──なら、どうして? ぼくがきみを一番に愛せないから? けれどきみは、それでもいいと言ってくれたよね?」  オーレリアは答えないどころか、顔すらあげてくれない。  けれどその場にいる、両家の親たちは、その理由を理解していた。  ──そう。  何もわかっていないのは、パットだけだった。