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体を許してくれたら……
応接室の扉が開かれると、フリードがすでに立っていた。
深緑の礼服に身を包み、姿勢だけは正している。
けれど、その顔には疲労と焦燥が滲んでいた。
私は一礼し、形式通りにカーテシーを捧げる。
「第1王子殿下に謁見の栄を賜り、光栄に存じます」
「楽にしてくれ」
椅子に腰を下ろすと、彼もようやく着席した。
私は視線を逸らさず、静かに言葉を投げる。
「手短にお願いします」
フリードは一瞬、口をつぐんだが──やがて、意を決したように口を開いた。
「アメリアを……側室に召し上げる」
私は、瞬きもせずに答えた。
「お断りします」
フリードの顔が引きつる。
「ベルの代わりに仕事をしてくれないと……僕たちは、廃嫡になる」
「ですから、卒業パーティーでそのように申し上げましたが」
私は静かに紅茶を口に運ぶ。
その手元は、微塵も揺れなかった。
「君が……妊娠を暴露して追い詰めたから、こんなことになったんだろう。
僕は、ベルと結婚するつもりなんてなかったんだ」
「黙って従う伯爵令嬢あたりを正妻にして、カルナ男爵令嬢は愛人にするつもりだったと?」
「っ! …………そうだ」
フリードは、うなだれるように認めた。
すでにベルティーユは王子妃なので、妃殿下と呼ぶべきだが、あえてカルナ男爵令嬢と呼ぶ。
彼はそのことに関心がないのか、気づいてないのか、訂正を求めない。
「以前『妾にするのか?』と聞いたら、怒っておられましたよね。
ですが、愛人など妾よりも立場が低いのですよ。
それを殿下は、ご存じないのですか?」
「それは……彼女の手前、怒らないわけにいかなくて……」
言い訳が、あまりにも浅い。
私は、ふと目を伏せ、そして再び彼を見つめた。
「殿下は、どうしてそのようになったのですか?
カルナ男爵令嬢と出会うまで、支離滅裂ではありませんでしたよ?」
「……彼女と出会って、自由を知ったんだ。
古い慣例なんて、もう形骸化した遺物だ。そんなものに縛られる必要はない。
大切なのは──心だ」
フリードの声は熱を帯びていた。
……熱は空回りしていたが。
「殿下のなさったことは、自由ではありません。ただの“迷惑行為”です」
ミルクティーブラウンの眉がぴくりと動く。
私は、一切の容赦なく言葉を重ねた。
「自由とは、自分の選択に責任を持つことです。
他者の人生を踏みにじり、制度を軽んじ、国民の信頼を裏切っておいて──」
私は一拍置き、言葉を切り裂くように言った。
「それを“自由”と呼ぶのは、ただの逃避です」
フリードの目は揺れ、どこか子どものように見えた。
同じ歳だが、少し幼く見える。
「僕は……王の子として生まれたのだから、誰もが僕の心を慮って当然だろう?」
その言葉に、私は目を見開いた。
こんな傲慢な人だったの?
「……それは、カルナ男爵令嬢がそう言ったのですか?」
「ああ。いつも言ってくれた。
“あなたは特別だ”って。
“あなたの気持ちが一番大事”だって……」
私は、こめかみに指を当て、そっと押さえた。
頭が痛むのは、きっと気のせいではない。
「このまま殿下が即位したら、クーデターが起きますよ」
その言葉に、フリードの顔が引きつった。
けれど、私はもう彼に情けをかけるつもりはなかった。
「それは──」
フリードが何かを言いかけた瞬間、私は遮った。
「いや、実際、起こりかけてるではないですか。
王都の治安維持隊が、反王政の落書きを消すのにどれだけ奔走しているか、ご存じない?」
フリードは顔をしかめ、手を握りしめた。
「大袈裟だ……僕は1人息子なんだ。
簡単に王族の籍は外されない。
挽回できる。それが君だ。正妃の補佐をしてくれ」
私は、静かに首を振った。
「私以外の優秀な女性を娶ってください。側室ではなく、正妃として」
「君を求めてるのは、単に優秀だからじゃない。
君と僕たちが和解したと、内外に示すためだ」
私は、思わずため息をついた。
「はあ……バカらしい。
そんな日は、未来永劫来ません」
私は、静かに立ち上がった。
「お話し合いは以上とさせていただきます」
その瞬間、フリードが声を荒げた。
「君がいけないんだ!」
私は振り返る。
「……はい?」
「君が、ベルと同じようにやってくれたら……。
僕を立てて、“特別だ”と思わせてくれたら……。
体を許してくれたら……。
……今も隣にいたのは、君だったのに……アメリア……」
ブワッと鳥肌が立つ。
あまりの気持ち悪さに、しばらく硬直してしまった。
ふと我に返り、言葉を選びながら口を開いた。
「……なるほど。
殿下にとって私は、“あなたを気持ちよくさせるための存在”であるべきだったのですね」
フリードの目が揺れる。
「それは、愛ではありません。
支配欲と自己愛の化け物です」
「女とはそうあるべきだ。
男を立て、従い、尽くすものだ」
私は、微笑んだ。
けれど、その笑みは氷のように冷たかった。
「……あなたの本質を見抜けずに、8年も無駄にした自分を呪い殺したい気分です。
この先どこまで醜いお姿を、拝見することになるのでしょうか。
──今から楽しみですね」
私は踵を返し、扉へと向かった。
フリードの声は、もう背中に届かなかった。
扉が閉まる音が、静かに響いた。
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