「10歳の頃の想いなど熱病と同じ」と婚約者は言いました──さようなら【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)

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結婚式に珍獣が来た



 フリードが去ったあと、応接室に静寂が戻った。  
 私は深く息を吐き、こめかみに手を当てた。

「……ふぅ」

 侍女も、胸を押さえながら小さく呟いた。

「今回は……なんとか、うまく逃げられましたね」

「ええ。でも……あの“花畑”なのよ。  
 きっと、また『やっぱりベルの子は俺の子で間違いない』と言い始めるわ」

 侍女が苦笑する。

「産まれてみれば、わかるじゃないですか」

「……でも、本当に殿下が父親かもしれないのよ?」

 私の声は、わずかに震えていた。

「疑念を持った今の殿下ですよ?
 赤子の色素が違えば、それが隔世遺伝でも『浮気だ!』と騒ぎ出すでしょう」

 母親と変わらぬ歳の侍女は、ニヤリと笑う。

「……確かに、そうね」

 私は少し安心して深く息を吐き、天井を見上げた。  

 表面上は冷静を装っていたけれど、本当は心臓が破裂しそうなほど緊張していた。

 ──これは、実に危険な賭けだ。

 ベルティーユとフリードが学園で昼食を共にしているのを目撃して以来、私は彼女の身辺を密かに調査させていた。  

 結果、彼女に異性の影があることを把握していた。

 けれど、もしフリードが、それを知ってベルティーユと破局したら──  
 私が、彼と結婚しなければならなくなる。

 だから、ずっと黙っていた。  
 卒業パーティーの時でさえ。

 今だって、切り札としてやむを得ず出したが、産まれてきた子どもがフリードにそっくりだったら──
 私が“嘘をついた”として、罰せられるかもしれない。

 だから、この切り札は使いたくなかった。

 私は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

 ──それでも、もう後戻りはできない。





 あっという間に、時は流れた。  
 暑い陽光が降り注ぐ中、私とセドリックの結婚式が、無事に執り行われた。

 あれから王家やフリードが何か仕掛けてくるかと身構えていたけれど、いくつかの確認事項が届いただけで、驚くほど静かだった。

 不思議に思ってセドリックに尋ねると、彼は肩をすくめて言った。

「あの女の子どもが誰の子かで揉めてて、王妃教育どころじゃないそうだ」

 私は思わず苦笑した。  
 あの2人らしい、と思った。
 


 式を終え、披露パーティーも滞りなく進んだ。

 歓談タイムになり、私は会場の庭へと出た。

 晩夏の風がウェディングドレスの裾を揺らし、花々が祝福のように咲き誇っている。

 横に立つセドリックの姿は、まるで絵画の中の騎士のようだった。  
 白の礼装に金の刺繍が施され、整った顔立ちとアイスブルーの瞳が、柔らかな光に照らされている。  

「アメリア!」

 ケイティーとコーデリアが足早にきて、笑顔で抱きしめてくれた。

「おめでとう! 本当に綺麗だったわ!」

「ありがとう、2人とも。
 ……ところで、アレスは?」

 その瞬間、2人の表情が曇った。  
 気まずそうに視線を逸らす。

「何々、どうしたの?」

 私が問いかけると、コーデリアが口を開いた。

「実はね……フリードの命を狙う人が多くて」

 私が彼らの不貞と公務サボりをリークしてから、廃嫡の声は高まる一方だ。
 過激派も出てきている。

「それは……そうよね。まさか──」

 死んだなんて言わないよね?

「そう。フリードを狙って剣を向けてきた人から、アレスが庇って……。
 生きてるわ、大丈夫」

 私は、胸を押さえて、ほっと息をついた。

「……よかった……」

 コーデリアは続けた。

「でも、もう側近は辞めるって言ってた。  
『これ以上、命を懸ける価値がある主君じゃない』って」

 その言葉に、私たちはしばし黙り込んだ。  

 アレスは彼に見切りをつけるのが、遅すぎたと思う。

「さあさあ、お祝いの席なんだから、明るくしましょう!」

 ケイティーが手を叩いて、空気を変えようとする。

「そうね。せっかくの晴れの日だもの」

 コーデリアも微笑みを取り戻しかけた、そのときだった。

 ──出入り口の方が、ざわつき始めた。

 大きなお腹を抱えたベルティーユが、金糸の刺繍がぎらつく派手なドレスをまとい、こちらへ向かってくる。

 まだ妊娠7ヵ月のはず。  
 それにしては、お腹が異様に大きい。

 産み月が近いという建前で、招待はしていなかったが……。  

「警備は、どうなってるのよ!」

 ケイティーが怒鳴る。

「申し訳ありません!  
『私に触れて子供を流産させたら、一族打首よ!』と叫ばれて……」

 騎士が青ざめながら答える。

 ベルティーユは、私の前にずかずかと歩み寄り、そのまま怒りをぶつけてきた。

「ちょっと、あんた! ふざけるんじゃないわよ!  
 あんたに学ぶことなんかないわよ!  
 何が家庭教師よ! 何が侍女よ!  
 あんたにできる仕事は、私にもできるわ!」

 私は、静かに答えた。

「さようですか」

「用が済んだら、お帰りください」

 セドリックが冷たく言い放つ。

「まだ終わってない!  
 あんたでしょう、リヒに余計なこと吹き込んだの!」

「余計なこととは?」

「私の友人たちが、実は愛人だって!
ずっと疑われてるんだから!」

 私は、わずかに首を傾げた。

「友人たちとは、具体的に誰です?」

「それは……酒屋のトムと、八百屋のシアンと、剣闘士のラディンよ!」

 ──会場が、一斉にざわめいた。

「……えっ?」

「え、今、自分で言った?」

「浮気相手、暴露した!?」

「剣闘士って……奴隷だろ!?」

 ベルティーユは周囲の反応に気づき、顔を真っ赤にして口を押さえた。

 私は、静かに一礼した。

「申し訳ありません。  
 私は、その方々と面識がございませんので当然、彼らから妃殿下と関係があると聞いたこともありません。  
 ──お疑いは、晴れましたでしょうか?」

「でも……だって……調べたのを教えたのでしょう!?」

「教えられて困ることがないのなら堂々としているが、よろしいのでは?」

「っ……!」

 ベルは言葉を失い、ただ唇を震わせていた。  
 その姿に、誰もが目を逸らす。  
 祝福の場にふさわしくない空気が、静かに彼女を包み込んでいった。

 ──そこへ。



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