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結婚式に珍獣が来た
フリードが去ったあと、応接室に静寂が戻った。
私は深く息を吐き、こめかみに手を当てた。
「……ふぅ」
侍女も、胸を押さえながら小さく呟いた。
「今回は……なんとか、うまく逃げられましたね」
「ええ。でも……あの“花畑”なのよ。
きっと、また『やっぱりベルの子は俺の子で間違いない』と言い始めるわ」
侍女が苦笑する。
「産まれてみれば、わかるじゃないですか」
「……でも、本当に殿下が父親かもしれないのよ?」
私の声は、わずかに震えていた。
「疑念を持った今の殿下ですよ?
赤子の色素が違えば、それが隔世遺伝でも『浮気だ!』と騒ぎ出すでしょう」
母親と変わらぬ歳の侍女は、ニヤリと笑う。
「……確かに、そうね」
私は少し安心して深く息を吐き、天井を見上げた。
表面上は冷静を装っていたけれど、本当は心臓が破裂しそうなほど緊張していた。
──これは、実に危険な賭けだ。
ベルティーユとフリードが学園で昼食を共にしているのを目撃して以来、私は彼女の身辺を密かに調査させていた。
結果、彼女に異性の影があることを把握していた。
けれど、もしフリードが、それを知ってベルティーユと破局したら──
私が、彼と結婚しなければならなくなる。
だから、ずっと黙っていた。
卒業パーティーの時でさえ。
今だって、切り札としてやむを得ず出したが、産まれてきた子どもがフリードにそっくりだったら──
私が“嘘をついた”として、罰せられるかもしれない。
だから、この切り札は使いたくなかった。
私は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
──それでも、もう後戻りはできない。
あっという間に、時は流れた。
暑い陽光が降り注ぐ中、私とセドリックの結婚式が、無事に執り行われた。
あれから王家やフリードが何か仕掛けてくるかと身構えていたけれど、いくつかの確認事項が届いただけで、驚くほど静かだった。
不思議に思ってセドリックに尋ねると、彼は肩をすくめて言った。
「あの女の子どもが誰の子かで揉めてて、王妃教育どころじゃないそうだ」
私は思わず苦笑した。
あの2人らしい、と思った。
式を終え、披露パーティーも滞りなく進んだ。
歓談タイムになり、私は会場の庭へと出た。
晩夏の風がウェディングドレスの裾を揺らし、花々が祝福のように咲き誇っている。
横に立つセドリックの姿は、まるで絵画の中の騎士のようだった。
白の礼装に金の刺繍が施され、整った顔立ちとアイスブルーの瞳が、柔らかな光に照らされている。
「アメリア!」
ケイティーとコーデリアが足早にきて、笑顔で抱きしめてくれた。
「おめでとう! 本当に綺麗だったわ!」
「ありがとう、2人とも。
……ところで、アレスは?」
その瞬間、2人の表情が曇った。
気まずそうに視線を逸らす。
「何々、どうしたの?」
私が問いかけると、コーデリアが口を開いた。
「実はね……フリードの命を狙う人が多くて」
私が彼らの不貞と公務サボりをリークしてから、廃嫡の声は高まる一方だ。
過激派も出てきている。
「それは……そうよね。まさか──」
死んだなんて言わないよね?
「そう。フリードを狙って剣を向けてきた人から、アレスが庇って……。
生きてるわ、大丈夫」
私は、胸を押さえて、ほっと息をついた。
「……よかった……」
コーデリアは続けた。
「でも、もう側近は辞めるって言ってた。
『これ以上、命を懸ける価値がある主君じゃない』って」
その言葉に、私たちはしばし黙り込んだ。
アレスは彼に見切りをつけるのが、遅すぎたと思う。
「さあさあ、お祝いの席なんだから、明るくしましょう!」
ケイティーが手を叩いて、空気を変えようとする。
「そうね。せっかくの晴れの日だもの」
コーデリアも微笑みを取り戻しかけた、そのときだった。
──出入り口の方が、ざわつき始めた。
大きなお腹を抱えたベルティーユが、金糸の刺繍がぎらつく派手なドレスをまとい、こちらへ向かってくる。
まだ妊娠7ヵ月のはず。
それにしては、お腹が異様に大きい。
産み月が近いという建前で、招待はしていなかったが……。
「警備は、どうなってるのよ!」
ケイティーが怒鳴る。
「申し訳ありません!
『私に触れて子供を流産させたら、一族打首よ!』と叫ばれて……」
騎士が青ざめながら答える。
ベルティーユは、私の前にずかずかと歩み寄り、そのまま怒りをぶつけてきた。
「ちょっと、あんた! ふざけるんじゃないわよ!
あんたに学ぶことなんかないわよ!
何が家庭教師よ! 何が侍女よ!
あんたにできる仕事は、私にもできるわ!」
私は、静かに答えた。
「さようですか」
「用が済んだら、お帰りください」
セドリックが冷たく言い放つ。
「まだ終わってない!
あんたでしょう、リヒに余計なこと吹き込んだの!」
「余計なこととは?」
「私の友人たちが、実は愛人だって!
ずっと疑われてるんだから!」
私は、わずかに首を傾げた。
「友人たちとは、具体的に誰です?」
「それは……酒屋のトムと、八百屋のシアンと、剣闘士のラディンよ!」
──会場が、一斉にざわめいた。
「……えっ?」
「え、今、自分で言った?」
「浮気相手、暴露した!?」
「剣闘士って……奴隷だろ!?」
ベルティーユは周囲の反応に気づき、顔を真っ赤にして口を押さえた。
私は、静かに一礼した。
「申し訳ありません。
私は、その方々と面識がございませんので当然、彼らから妃殿下と関係があると聞いたこともありません。
──お疑いは、晴れましたでしょうか?」
「でも……だって……調べたのを教えたのでしょう!?」
「教えられて困ることがないのなら堂々としているが、よろしいのでは?」
「っ……!」
ベルは言葉を失い、ただ唇を震わせていた。
その姿に、誰もが目を逸らす。
祝福の場にふさわしくない空気が、静かに彼女を包み込んでいった。
──そこへ。
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