「10歳の頃の想いなど熱病と同じ」と婚約者は言いました──さようなら【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)

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初夜



 セドリックが城へ向かった日から、1週間が過ぎた。  

 新婚早々、夫が帰ってこなければ、不安で押し潰されそうになるのかもしれない。  

 けれど私は、幼い頃から通い慣れたリースフェルト公爵邸で、変わらぬ日々を過ごしていた。
  
 ケイティーもそばにいてくれて、寂しさを感じる暇もなかった。


 その間に、王都では大きな噂が駆け巡っていた。  
 ベルティーユは、早産の末に命を落とした──というのが、王宮の公式発表だった。  
 だが、実際には違う。  

 産まれた赤子は、褐色の肌をしていた。  
 王家の血筋ではないと判断され、ベルティーユは出産直後に斬首されたという。  

 赤子は未熟児ではなかったが、呼吸器官に不具合があり、産まれて間もなく息を引き取った。


 玄関の扉が静かに開いた。

「ただいま」

 セドリックの声だった。  
 私は駆け寄り、思わず息を呑んだ。

 目の下には濃い隈ができ、頬はこけ、髪は乱れている。  
 まるで別人のよう……。

「……セドリック?」

 彼は微かに笑い、私の前に立った。

「俺が王太子になったよ。よろしく、王太子妃」

 やはり、そうなると思っていた。  
 けれど、実際にその言葉を聞くと、胸がドクリと鳴った。

 きっと夫は引き継ぎや手続き、そして王宮内の調整で、毎日徹夜だったのだろう。  
 その疲労は、隠しようもなく滲み出ていた。

「大変だったわね。さあ、ゆっくり休んで」

「ありがとう」

 セドリックは私をそっと抱き上げ、そのまま寝室へと運んだ。  
 ベッドに下ろされると、彼はそのまま私に覆い被さる。

「今から初夜をさせてくれ」

「何を言ってるの? 今すぐ寝ないと死んでしまうわ」

「どれだけ俺が、初夜を楽しみにしてたと思う? 
 できないと本当に、死んでしまうかもしれない。
 そのために2時間だけ、抜けてきたんだ。さあ」 

 目の下は真っ黒で、顔色も悪い。  
 それなのに、瞳だけはギラギラと光っていて、少し怖かった。

「では……30分だけ寝ましょう。
 大丈夫よ、逃げたりしないから」

 私は彼をそっと横たえ、背中を優しくさすった。

「いやだ……させてくれ……初夜を……抱きたい……」

 そのままセドリックは、言葉の途中で力尽きたように眠りに落ちた。  
 まるで石のように動かず、彼は丸1日眠り続けた。


 翌朝、目を覚ました彼は、寝台の上でしばらく呆然としていた。  
 そして、はっと我に返ると慌てて身支度を整え、城へと戻っていった。

 その背中は、どこか恨みがましく、私は思わず笑いを堪えながら手を振った。




 しかし、すぐにセドリックは屋敷へと戻ってきた。  
 扉を開けるなり、満面の笑みで私に駆け寄ってくる。

「ありがとう、アメリア! 君は最高だ。
 俺が寝ている間に城へ行って、あいつらがサボってた分の執務や、滞ってた手続きを進めてくれたんだって?
 おかげで、急ぎの作業がほとんど片付いたよ。君は……女神だ」

 彼が眠り続けている間に、私はこっそり城へ行き、残務を片付けてきた。
  
 元々王宮での仕事は慣れていたし、手続きも把握していたから、難しいことではなかった。

「私だって、あなたの役に立ちたいのに、“家にいろ”って言うんだもの」

 頬を膨らませて言うと、セドリックは少し慌てたように手を振った。

「ああ、誤解しないで、アメリア!
 新婚早々、負荷をかけるのが嫌で、俺1人で処理してたんだ。
 君を侮ったわけじゃない」

「気遣いは嬉しいけど新婚早々、私を未亡人にしたくないなら──手伝わせてちょうだい」

 私がそう言うと、セドリックは一瞬きょとんとした後、ふっと笑った。

「わかった。ありがとう。
 ……ただし、初夜が先だ。それだけは譲らない」

「わかったわ」

 私が頷くと、アイスブルーの瞳が嬉しそうに細められた。  
 ようやく、2人の時間が本当に始まる。  
 今度こそ、誰にも邪魔されずに。





 翌朝、柔らかな陽光がカーテン越しに差し込む中、私はゆっくりと目を覚ました。  
 隣では、セドリックが私の髪を指に絡めて、くるくると遊んでいる。

「……起きてたの? 少しでも寝なくちゃ」

「勿体なくて。君を見てたかったんだ、俺の女神」

 その甘い声に、思わずくすっと笑ってしまう。

「……本当に、あいつバカだな。
 こんな素晴らしい女性と婚約できたのに、あの変な女の何が良かったんだろうな? 
 アメリアより良いところ、1つもないのに」

「自由という幻覚を見せてくれたのよ」

「自分を見失うほど、過酷な環境だったわけでもあるまいし」

「それは、本人にしかわからないわ。 
 外からはよく見えても、内情は違ったりするのよ」

「……確かにね」

 セドリックはそう言って、私をそっと抱き上げた。
 そのまま、風呂場へと向かう。  
 穏やかな朝の始まりだった。



 私たちの結婚式には国中の高位貴族をはじめ、他国からの貴賓も多数参列していた。  

 その場に、身重のベルが突如乱入し騒ぎを起こしたことは、瞬く間に国中へ広がった。

 婚約者を略奪した相手の結婚式に、招待もされていないのに押しかけ騒ぎを起こし、挙げ句の果てに会場で陣痛を起こしてパーティーを台無しにした──その一連の行動は、国際問題にまで発展した。

 さらに、以前から高まっていた国民の不満も重なり、フリードリヒの父王は退位を決断。  

 甥のセドリックが王として即位するまで、わずか半年だった。




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