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エンディング/即位
春風が王都を包み、花びらが空を舞う中──
王と王妃の戴冠を祝うパレードが、盛大に始まった。
あの卒業パーティーで、私が婚約破棄を宣言された日から1年が経つ。
沿道には、国中から集まった人々の歓声が響いていた。
「アメリア様ー!」
「セドリック陛下、万歳!」
花束が投げられ、子どもたちが手を振る。
笑顔と祝福に満ちた、まさに新時代の幕開けだった。
「君が理不尽に立ち向かった結果だよ」
隣で手を取りながら、セドリックが囁いた。
その声は優しく、誇らしげだった。
だが、その時──
人々の歓声を裂くように、1人の男が群衆をかき分けて飛び出してきた。
フリードリヒ・アルヴァレン男爵。
やつれた顔に、乱れたミルクティーブラウンの髪。
かつての気品は見る影もなく、目の焦点も定まっていない。
馬車の御者が慌てて手綱を引き、パレードは急停止した。
「何事だ!? ……何してる、フリード!?」
セドリックが立ち上がり、鋭い声を放つ。
「アメリア……! 話があるんだ! 1度だけでいい、聞いてくれ……!」
フリードリヒは馬車の前に立ちはだかり、息を切らしていた。
群衆がざわめき、兵士たちが動き出す。
「護衛を──この場は王妃の安全が最優先だ」
セドリックが私の前に立ち、腕を広げる。
「違う! 俺は……俺は、ただ……!」
「いいわ、聞きましょう。最後になるかもしれないし」
私が馬車を出て、そう言うと、兵士たちの動きが止まった。
「許して欲しい。僕が間違っていた。
子供の頃の想いなど熱病だ、なんて言って悪かった。
──僕は君が好きだった。
目の前のことに惑わされて、大切なものを失ったとわかった。だから──」
「アルヴァレン男爵」
私は彼の言葉を遮った。
「私は既に人妻なのだから、愛の告白や過去の想いを掘り返す言葉など要らないの。
要件を手短に」
「……ああ……そうか。そうだな……。
何度も嘆願書を出してるが、返事を貰えなくて……」
夫が王太子になった後、フリードは男爵に落とされ、辺境の領地に飛ばされた。
そこは崖に囲まれた集落で、かつては鉱山から金属が採れていたが、今は何も残っておらず廃村に近い。
しかも彼は、国民から“裏切り者”とまで呼ばれるため支援者もいない。
まだ赴任して数ヵ月のはずなのに、この有様。
明日食べるものにも困っているのだろう。
「謝るから……せめて、水源の確保だけでも融資して欲しい。
この通りだ……!」
フリードリヒが地面に膝をついた、その時だった。
「ふざけるんじゃない!」
怒号が飛んだ。
現れたのは、1年前の卒業パーティーに私が連れて行ったエバータウンの貧民たちだった。
「あれからアメリア妃陛下が、布の端切れを集めて人形やぬいぐるみの服を作る仕事をくださった。
材料も道具も、妃陛下が用意してくれた。
2日に1回だった炊き出しも、今じゃ毎日だ。
これ全部、妃陛下が個人資産でされてることだ。
おかげで、餓死するやつが減った」
「お前は、どうだった?
浮気相手に白金貨7枚もするドレスを贈っておいて、俺たちには銅貨1枚も寄越さなかった!」
「今まで税金を貪って、のうのうと生きてきたやつが、たった数ヵ月ひもじい思いをしたくらいで泣き言いうんじゃねえ!」
「そうだ、税金泥棒!」
「恥を知れ!」
「自分が敵ばかり作ってきた結果だ!」
怒号が飛び交い、フリードに向かって卵や石が投げつけられる。
彼は顔を覆い、うずくまった。
その姿は、かつての王子の面影を完全に失っていた。
セドリックが私の肩に手を置き、静かに囁いた。
「同情してはいけないよ。自業自得なんだから」
「……ええ、わかってる」
「わかってない」
その言葉に、私は小さく笑った。
「私は、もう彼を恨んでないのよ。言いたいことは全部言ったしね」
そう。
この2年、確かにストレスはあった。
けれど、その都度、私は言葉で彼を打ち返してきた。
だからこそ、心の奥に澱のように残る恨みは、もうなかった。
「あいつが本気で生まれ変わるなら、自力で立ち上がるさ。
さあ、馬車に戻って」
セドリックの言葉に頷き、私たちは馬車へと戻った。
同時に、警備兵たちが民衆をなだめ、道を開いていく。
馬車が、ゆっくりと進み出す。
その車輪が、フリードリヒのすぐ脇を通り過ぎた。
──哀れだと思った。
死んだと思ってた……フリードの幼馴染みであり婚約者だったアメリアは、まだ完全には死んでおらず、想いの片隅で心を痛めている。
それでも──
私は王妃。
個人の感傷に構っている暇などない。
やるべきことは、無限にある。
愛する夫が、賢王として歴史に名を刻めるように。
私は、ずっと前を向いて歩いていこう。
□完結□
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