女王に婿入りした辺境伯令息は、"お飾り"として冷遇される【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)

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お飾り婿を買う

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「そちを愛することはない。
 わらわが愛しているのは、このルネだ。
 公式行事にはルネと出る。

 そちは、"お飾りの婿"として王配教育の名の元、静かに過ごしてほしい」


 初めて彼を見た時の印象は──骨、だった。  
 痩せ細った身体は服の中で折れそうに見え、日に焼けた肌は荒れており、頭には鳥の巣のように乱れたダークブラウンの髪。

 瓶底眼鏡の奥のエメラルドの瞳は、感情の色が読み取れず、ただ虚ろに揺れていた。  

 伯爵家以上という条件だけは辛うじて満たしているが、貧しくて貴族学園に通ったこともなく、当然、持参金もない。

 後ろ楯と言えば、遠い辺境の地にいる脳筋の武力集団のみ。

 年齢も26と、婚期を逃したと言われる頃合い。

 所作も田舎じみていて、洗練とは程遠かった。

 これを王配とするのは、どう考えても問題があるだろう。
 ──そう思った。  

 だが、後がない私達には、彼を迎える以外の選択肢がなかった。


 学園卒業後、正式に後宮へ迎えたルネは、王配になるべく教育を受け始めた。  
 淡いピンクの髪を揺らし、同色の瞳を潤ませながら、彼は必死に礼法を覚えようとしていた。

 だが、後宮入りの1年前まで平民だった彼には、王族どころか高位貴族のマナーや教養を身につけるだけで精一杯。
 王配としての適性は無し、と判断された。

 この国では、王位を継ぐ者が独身でいることは許されない。  
 そのため、私は結婚する必要があった。  

 しかし、真実の愛で結ばれている私達のもとへ進んで来たがる貴族は少なく、こちらとしてもルネを邪険にする相手など論外だった。

 妥当な人物を探し続け、ようやく見つかったのが、ロルフ・リンドホルム辺境伯令息だった。

 私は彼を、お飾りの婿にするべく“支度金”という名目で買い取った。


 そして伝統に乗っとり、豪勢な結婚式を挙げた。  

 煌びやかな式場で見た彼は、豪奢な衣装に包まれてなお細すぎて、布の重みで倒れてしまいそうだった。

 王族の婚礼衣装に身を包んでいるのに、威厳よりも痛々しさが勝っていた。

 正直、初夜以前に男性機能が働くとは思えなかった。
 それほど痩せすぎていたし、栄養失調のせいか覇気もなく、おとなしい。 
 
 わざわざ夫婦の寝室に出向き「愛することはない」などという自意識過剰な台詞を言うつもりはなかった。
 だが、ルネがどうしても言ってくれと言って聞かず、渋々口にすることになった。


 豪奢な天蓋付きの寝台の前に立つ彼は、細い肩をわずかに震わせながらも、逃げるような素振りは見せなかった。  

 そして「愛することはない」に対して返ってきた言葉は、予想外に落ち着いていた。

「はい。陛下のご負担にならないよう努めます」

 その声音は弱々しいのに、不思議と芯があった。  

 私もルネも一瞬、虚をつかれた。
 嫌みの1つでも言ってくるだろう、と思っていたからだ。  

 眼鏡の奥の瞳は怯えではなく、ただ静かに受け入れている色をしていた。

「……そうか。そちが不便なく暮らせるよう執事長に言っておくから、必要なものがあれば使用人に言うように」  

「ありがとうございます」

 深く頭を下げた彼の姿は、痩せているのに妙に整って見えた。  

 粗末な環境で育ったはずなのに、所作の端々に誠実さが滲む。  

 この男は、ただ従順なのではない。  
 自分の立場を理解し、受け入れ、役目を果たそうとしている──そんな気配があった。



 後宮の一室。
 淡い黄色のカーテンが揺れ、甘い香油の匂いが漂う。  

 ふわふわしたピンク色の髪を揺らしながら、ルネが豪奢な寝台の上で膝を抱えていた。
 小動物のような可愛さはそのままに、今は不安でしょんぼりしている。

「ベレッタ様~。あの人、なんか怖い~」

 泣きそうな声で抱きついてくる。  
 細い腕が腰に絡みつき、柔らかい髪が胸元に触れた。

「え? ああ……。
 気持ちは、わからなくはないが悪く言ってはダメだ」

 ルネには、ロルフが“何を考えているかわからない”と映ったのだろう。

「はい。ごめんなさい。
 僕が王配教育完了できなかったせいだよね」

「いや、そういう意味で言ったわけでは……」

 うつむいたルネの長いまつ毛が震えた。  
 瞳が潤み、今にも涙がこぼれそうになる。

「いいんだ。どうせ僕なんか……」

 その言葉を遮るように、両手で頬を包んだ。  
 小さくて柔らかい顔。
 触れれば壊れそうなほど繊細で、けれど誰よりも私を愛してくれる存在。

「形が夫であれ愛妾であれ、我らは真実の愛で結ばれているのだろう?」

「うん、そうだよ。ベレッタ様、大好き~」

 勢いよく抱きついてくる。  

 甘えるように頬を寄せてくるその仕草は、まるで春の妖精のようだった。

 ──これでいい。  
 この時は、そう思った。





 ──1年後。

 建国祭の準備が進む王宮は、朝から鮮やかな布と香油の匂いに満ちていた。

 侍女たちが、薄紅の生地に金糸を織り込んだ式典用ドレスを広げ、私を囲んでいる。

 薄紅と金は、ルネと私の髪色だ。

「このドレスは、高いヒールが合うのに……」

 侍女の嘆きに、思わず苦笑いが漏れた。  

 平均より身長の高い私と、平均より少し低いルネは、目線があまり変わらない。


 扉が軽く叩かれ、甘い香油の匂いが流れ込む。  

 青いハンカチーフを、胸に差した青年が姿を見せた。
 白い礼服に包まれた身体は華奢で、まるで春の妖精のようだった。

「ああ、天使かと思った。世界一綺麗」

 恥ずかしい台詞を、呼吸するように言う。  
 頬を染めながら近づいてくるその仕草は、甘く無邪気で愛らしい。

「ルネも素敵だ。わらわの最愛」

 瞳が、ぱっと花開くように輝いた。

「嬉しい。行きましょう」

 手を取られ、軽く引かれる。  
 その温もりは、いつも通りの幸福そのものだった。




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