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美貌の婿の評価
しおりを挟むやはり別人なのか──そう思った瞬間。
「ロルフ・ルクレツィアです」
「っ!」
ルクレツィアは私の姓だ。
つまり、婿である。
執事長が静かに口を開いた。
「僭越ながら、陛下に申し上げます。
ロルフ殿下の肌は日焼けしなくなったために元の色に、体重も10キロほど戻られました……標準以下でしたので。
栄養改善と侍医の努力で視力は回復され、眼鏡は必要なくなりました。
あと髪などの手入れはメイド達が」
淡々とした説明だが、嘘をつく理由はない。
影武者を用意するなら、もっと巧妙にやるだろう。
目の前の男は、本当にロルフなのだ。
「……そちが、昨夜の通訳を?」
「はい、陛下。
エルダ夫人が、もうすぐヤカン族と交易を結ぶ、と教えてくださったので学びました」
エルダ夫人はロルフの言語の教師で、その夫は外交官だ。
だが──
「学んだと言っても、ヤカン族の資料や語学の本は、図書室に殆どないはずだ。
どうやって?」
問いかけると、執事長が静かに答えた。
「行商人に無理を言って、取り寄せて貰いました。
少し高くつきましたが、これまでを考えれば遣うべきだ、と進言いたしました。
ロルフ殿下は、予算を全く遣われないのです」
思わず眉が寄った。
「予算を遣ってない? なぜ?
持参金もないのに、どうやって暮らしている?」
ロルフは少しだけ視線を落とし、控えめに口を開いた。
「下着と寝巻きと普段着は、リネン室に」
胸が痛むほど驚いた。
「あれは、使用人のための物だ。
勝手に使ってはいけない」
「申し訳ありません。
しかし新調しようとすると、侍従が高級絹で仕立てると言ってきかないのです」
その声音は恐縮しきっていて、嘘の影がまったくない。
「高級絹を使うのは、王族なのだから当たり前だろう」
「しかし……」
言い淀むロルフの視線が、わずかに揺れた。
そのエメラルドの瞳は、1年前とは比べものにならないほど澄んでいる。
ふと、彼の服装に目がいった。
「そちが今着てるのは、執事見習いの制服か?」
「はい。家から持ってきた服を繕っていたのですが、とうとう入らなくなってしまいまして……」
礼儀正しく立つ姿は、どこか執事のように見える。
布越しにわかる肩幅と胸板は、もはや“痩せた青年”のものではなかった。
1年前、骨のようだった身体は、今や均整の取れた長身へと変わっている。
私は頭を抱えた。
まず、大人しくしていろと言ったのに、勝手にパーティーに出たことを叱るつもりだった。
だが、今目の前にある現実は、それどころではない。
これは──私が彼を放置してきたことへの、執事長からの静かな反発なのだろう。
関係者たちは、ずっと見ていたのだ。
ロルフが自分を削り、必要最低限すら使わず、“買われた身”として生きている姿を。
その事実が胸に重くのしかかる。
「……衣装室に、必要な服を全て作らせろ。予算は越えて構わない」
思わず強い声が出た。
ロルフの肩がびくりと震える。
「っ……」
その反応が、さらに胸を締めつけた。
怯えではない。
“自分には過ぎたものだ”と本気で思っている者の反応だった。
執事長が静かに問い返す。
「それは、王配殿下に必要な衣装でしょうか?
それとも、執事見習いに必要な衣類でしょうか?」
私は唇を噛んだ。
「……王族の外交官としてだ」
その言葉を口にした瞬間、ロルフのエメラルドの瞳がわずかに揺れた。
驚きか、戸惑いか、それとも別の感情か。
読み取れないほど静かで、深い色をしていた。
「かしこまりました」
執事長は深く頭を下げた。
その所作は、まるで“ようやく陛下が気づいてくださった”と告げているようだった。
2人が部屋を出ていくと、静寂が落ちた。
その静けさの中で、罪悪感がじわりと頭をもたげた。
「取り敢えず、外交部で働いて貰いますか?」
補佐官の声が、思考を現実へ引き戻した。
「例の少数民族の時だけでいい。
王配教育を優先させてくれ」
「教育でしたら、すでに終えられてます」
「は? そんなバカな……」
思わず声が漏れた。
あれは、学園に通っていない者なら5年はかかる内容だ。
1年で終わるはずがない。
「先日、修了されました。それで──」
「なんだ、どうした?」
「実は、前に執事長が『ロルフ殿下に執務をさせて欲しい』と頼みに来たのですが、宰相閣下が『余計なことをするな』とお怒りになって……」
胸の奥がひやりとした。
「それは……わらわの意思を省みて、そう言ったのだろう」
ルネの立場がなくなると困る。
宰相は、それを理解している。
だから、ロルフが表に出ることを止めたのだ。
だが──それは同時に、ロルフの努力を封じることでもあった。
「メイド長と彼の従者を呼べ」
しばらくして、2人が入室した。
ロルフがどんな人物か尋ねると、2人は顔を見合わせ、すぐに口を開いた。
「勤勉でございます。
礼儀正しく、控えめで……使用人間トラブルがあれば、必ず解決してくださいます」
メイド長が落ち着いた表情で述べると、従者は緊張した面持ちで続いた。
「仕事が早いのです。驚くほどに。
使用人を決して見下さず、誰よりも働かれます」
次々と溢れる称賛の言葉。
それはお世辞ではなく、心からの評価だった。
私は息を呑んだ。
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