王子と悪役令嬢の12時間

星森

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 次の瞬間、部屋の扉が勢いよく開く。

 継母と義妹が、香水の匂いを撒き散らしながら入ってきた。義妹は明るい金髪を揺らし、わざとらしく私を見下ろす。

「まあ! もう帰って来ないと思ったのに、なぜ帰ってきたの? 信じられない! その顔は、やはりお義父様に殴られたのね?」

 継母は冷たい目で私を見つめ、鼻で笑った。

「どうして帰ってきたのか、理解できないわ。今後、縁談があるとも思えないのに。ただの役立たずじゃないの」

 義妹は待ってましたと言わんばかりに、抱えていた箱を開けて見せつけてくる。

「それより見て! また(王室が用意した)婚約者予算で買い物してきたの」

 宝石、ドレス、靴──どれも高価なものばかり。  
 私は淡々と答えた。

「そう。きちんとドレスルームにしまっておくといいわ」

「言われなくてもやるわ。嫌な言い方。さすが負け犬ね!」

 義妹は勝ち誇った笑みを浮かべ、継母とともに去っていった。  
 扉が閉まると、部屋に静寂が戻る。

 やがてクロゼットの扉がゆっくりと開き、王子が蒼白な顔で姿を現した。

「今のが……シャルロッテ? 医者の検診を受けた後は泣いていたから、落ち着くまで王宮にいるよう言ったのに買い物?
 しかも婚約者予算だって? 今日、婚約者にすると発表しただけで何の手続きもしてないのに、なぜ勝手に婚約者予算を遣っている?」

 私は肩をすくめた。

「ずっと前からですよ? この部屋を見れば予算が私に回って来ないことくらい、おわかりでしょう」

 王子は言葉を失い、呆然と部屋を見回した。

「そんな……」

「王宮で使う宝石も、いつもレンタルでした」

「なっ……王子の婚約者がレンタル?」

「私が準備できる範囲もそうですし、王宮で用意してくださるものも、いつもレンタル品でした。だから影で笑われてましたよ」

 王子は額に手を当て、深く息を吐いた。

「…………もう充分だ。帰る」

 私は首を横に振った。

「これから決定的なものが見れますのに」

 王子は言葉を失い、ただ私を見つめる。

「少しだけ、お待ちください」




 夜の屋敷は静まり返り、廊下には私と彼の足音だけが落ちていた。  
 薄暗い灯りの向こうから、ベッドの軋む音が聞こえる。私は歩みを止め、ジュリアンと目を合わせた。

 その直後、甲高い声が響く。

「レイナルドっ! レイナルドぉ! もっと……」

 義妹の声だ。  
 レイナルドとは、ミルフィーユ公爵の名である。
 王子は歯を食いしばり、拳を震わせた。

 私は無言で扉に手をかけ、ゆっくりと押し開けた。

 ベッドの上で絡み合っていた2人は、私とジュリアンの姿に気づくと、悲鳴を上げてシーツを掴んだ。  
 ミルフィーユ公爵は蒼白になり、義妹は震えながら身を隠す。

「な、なんだ?!」

 公爵の狼狽を無視して、私は壁を指差した。

「あそこに」

 王子は壁に飾られていた剣を手に取った。  
 そして、鞘から剣を抜くと、憎しみを込めて2人を斬りつけた。

 部屋の中に悲鳴と混乱が渦巻き、私は目を閉じた。  

 すべてが終わったとき、屋敷中が騒然となり、駆けつけた継母が悲鳴を上げて倒れ込んだ。





 公爵家は取り潰され、継母は流刑となった。  
 私は全面的な被害者として扱われ、女侯爵の爵位を賜る話まで出たが、丁重に辞退した。他国で静かに暮らしたかったからだ。

 港町のカフェで、私は待ち合わせの相手に微笑みかけた。

「ごめんなさい、待った?」

「いいや、いま来たとこ」

 銀髪の騎士──セドリック・ヴァルターが穏やかに笑う。

「嘘つき」

 私も笑い返し、問いかけた。

「奥さんは?」

「本当の旦那が迎えに来て、無事に離婚したよ」

「良かった。それにしても、バカな王子で助かった」

 王子は一連の騒動の責任を負い、王族籍を外され、今は屋敷に引きこもっていると聞く。

 セドリックは肩をすくめた。

「僕らが嵌めなくても、あれはいずれ失脚してたね」

 私は小さく笑った。  
 義妹の言っていたこと──それは事実だった。

 私とセドリックは、昔から恋仲だった。  
 それが露見すれば、すべてが壊れるため、彼は偽装結婚し愛妻家を演じ続けていた。


 継母からの虐待など、実際には殆どなかった。母が亡くなってすぐに再婚してやってきた継母と義妹を、使用人たちがあっさり受け入れたことがどうしても許せず、自分で彼らから世話を拒否した。

 公爵令嬢としての予算も、実父への当て付けで受け取らなかった。  
 食事を減らしたのも、自分の意思だった。  
 継母が来てから痩せ細れば世間は虐待だと思うだろうし、実際あの親子と同じ屋敷にいるだけで食欲など湧かなかった。

 使用人部屋だったのも、主人家族のいるフロアが嫌だったからだ。  
 自分の資産は家族を信用できず、別の場所に預けていた。  
 だから自室には何もなかった。

 私は殿下とのやり取りで、一言も嘘は言っていない。  
 ただ、彼が勝手に思い込んでくれただけだ。



 港へ向かう道で、私は隣を歩く彼に微笑みかけた。

「これから行く先が楽しみだね」

「ああ。これからは2人でいられる」

 セドリックは穏やかに笑い、私の手を握った。

 私たちは、一連の騒動がきっかけで恋仲になった──と公表した。  
 彼の妻は以前から不倫していたという設定にしたため、世間は私達の恋を美談として受け入れた。

 けれど、この国に長くいれば、いつか綻びが出る。  
 どこで事実が明るみに出るかわからない。  
 だから私たちは爵位も役職も捨てて、他国へ行くことにした。

 私に対する婚約破棄と冤罪の慰謝料は、義妹と実父が王族を騙したことへの慰謝料とで相殺された。しかし、実家の資産を継いだことで、一生遊んで暮らしても余るほどの財が残った。  
 騎士団団長と女侯爵という肩書きを捨てるのは少し惜しいが、これだけの資産があれば、爵位などいくらでも買える。

 春風が頬を撫でる。  
 私は彼の手を握り返した。

 私たちは手を繋いで歩き出した。  
 お腹には、新しい命がいる。

 未来は、誰にも奪わせない。





□完結□




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