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結婚式
「わかりました。では私は、これで」
踵を返した瞬間──
女が、こちらに突っ込んでくる気配がした。
私は軽く身をかわす。
──ドサッ。
女は勝手に転び、床に倒れ込んだ。
私はため息をつき、髪の毛を掴んで持ち上げた。
「大丈夫ですか?」
「あああっ、痛い、やめて」
その声に、周囲の客がざわつく。
「これ、王女殿下の侍女じゃないか」
「フェリシア嬢が妬ましいからって、こんな汚い真似を……」
王女は真っ青になって叫んだ。
「ち、違う! 私は本当に知らない!」
女は震えながら言った。
「わ、私が勝手に姫様のためにやったことです……」
私は眉をひそめた。
「私にワインかけたら、なんか解決するの?」
女は唇を震わせた。
「……嫌がらせが嫌で婚約を辞めるかと……」
私は淡々と指摘した。
「それならエーベルハルト公爵にしないと意味ないでしょう。
あちらからの申し入れで、家格もあちらが上なんだから」
客たちが一斉に頷く。
「確かに……」
「フェリシア嬢に嫌がらせしても意味ないだろう」
「王女殿下の侍女が勝手に? そんなわけ……」
「王女殿下も巻き込まれてるのか?」
王女は真っ青になり、瞳を揺らしている。
ジークの従者が王女に近づき、控え室へ誘導しようとした。
だが──
「……庭に出てるわ。侍女の処罰は、ちゃんとするから」
そして、ふらつく足取りで大広間を出ていった。
会場は静まり返り、誰もがその背中を見送った。
──まず謝罪すればいいのに。
私は公爵に向き直り、言った。
「公爵、持参金の支払いは結婚後、子供が生まれた後ということに契約書を直してください」
エーベルハルト公爵は一瞬固まり、口ごもった。
「は、いや、それは……」
私は淡々と続けた。
「まさか、公爵ともあろう方が、家格が下のうちから入る持参金を目当てに結婚を急いでるのですか」
「ま、まさか、そんな……それはない」
「通常、貴族の結婚は婚約から1年以降というのが通例ですから、持参金が出産以降でも問題ないですね?」
公爵の顔が、みるみる引きつる。
「拒否したら、どうする」
「結婚式を欠席します」
大広間がざわついた。
「わかった……契約書を直そう」
「お父様も、きちんと立ち会って」
父は頷き、公爵は苦々しい顔で従者に指示を出した。
庭へ向かった。
月明かりの下、王女がしゃがみ込み、肩を震わせて泣いていた。
私は近づき、静かに声をかけた。
「──力が欲しいか?」
王女は涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。
「はあ?」
「力が欲しいか?」
王女は眉をひそめた。
「王女より上の力って……王じゃないの?」
「そういう力じゃない」
私は首を振った。
「腕力?」
「知恵とだけ言おうか」
「はあ?」
王女は理解していない。
けれど──今の彼女は、初めて“助けを求める側”になっていた。
結婚式。
厳かな誓いの言葉が終わり、婚姻届にサインする。
ジークが震える手でベールを上げた瞬間、彼の青灰色の瞳が大きく見開かれた。
「エリザ!」
王女──いや、今は“フェリシア”と名乗っている少女が、涙ぐんだように微笑む。
「ジーク」
そして、抱きついてキスをした。
聖堂が、ざわめきに包まれる。
「どういうことだ……?」
「新婦はフェリシア嬢では……?」
「王女殿下……?」
エーベルハルト公爵が立ち上がり、怒鳴った。
「どういうことだ!」
私はゆっくりと席を立ち、変装を外した。
会場が息を呑む。
「彼女はフェリシア・フォン・ハーシェル。
そして私はフェリシア・ド・サヴォワ」
ざわめきが爆発した。
公爵が困惑気味に問う。
「何が、どうなって……すり替えか!?」
私は淡々と説明した。
「婚約契約書には“フェリシア・フォン・ハーシェル”と“ジーク・フォン・エーベルハルト”の婚姻とあります。
そこでエリザベート元王女は王族籍から抜け、我が家の養子になりました。
その時、同時にファーストネームも“フェリシア”に改名したのです。
そして逆に、ミハイルは我が家との養子縁組を解消しました。
私は一時的に平民になり、夫の家族が住む隣国で入籍しました。
私の今の名前はフェリシア・ド・サヴォワです」
公爵は愕然とした顔で、私を見つめた。
だが──次の瞬間、彼はにやりと笑った。
「なるほど、契約通りなのだな?
ならば問題ない。
むしろ王家の血を我が家に取り入れられる。
ジークも嫌いな相手でなく、幼い頃から好きだった王女殿下──いや、フェリシアと結婚できて良かったな」
こうして──ジークと元王女の結婚は、瞬く間に国中へ広まった。
王女が独断で戸籍を変え、勝手に養子入りした件は王宮でも大騒ぎになったが、国王は静かだった。
恐らくエリザベートを「廃嫡しろ」という声が大きすぎて、好都合だったのだろう。
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