前世の記憶を思い出したのは、攻略対象と結婚してしまった後でした【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)

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自分の人生を




 まぶたの裏に、白い光が差し込んでいた。  

 遠くで誰かの声がする。  

 水の底から浮かび上がるように、私はゆっくりと意識を取り戻した。

「お嬢様! 目を覚まされたんですね!?」

 クラリッサの声が耳元で弾けた。  
 そのすぐ後ろで、誰かが駆け出す音がする。

「急いで医師を呼んできます!」

 視界がぼやけていた。  
 天井の模様が、ゆらゆらと揺れている。  

 私はかすかに首を動かし、声を絞り出した。

「……クラリッサ……?」

「良かった、お嬢様! 丸1日、目覚めなかったんですよ」

「……そんなに……私……」

 言葉が喉で途切れた。  
 体が重い。頭が痛い。  

 何か、大事なことを忘れている気がする。

「結婚式が終わったあと、階段から落ちたのです」

 私はハッと息を呑んだ。  

 その瞬間、脳裏に走馬灯のように記憶が流れ込んでくる。

 教会、青空、ライスシャワー。  
 カイザーの舌打ち。  
 「誓います」と言った自分の声。  
 ──乙女ゲーム。  
 そして、階段から落ちた瞬間の、あの浮遊感。

「うう……」

 頭を抱えると、クラリッサが慌てて私の手を取った。

「安静にしてないと。まだ動いちゃいけません」

 そのとき、医師が部屋に入ってきた。  
 白髪混じりの髪を後ろに撫でつけた老医師が、私の顔を覗き込む。

「気が付いたのですね。どれ……」

 彼は手際よく脈を取り、瞳孔を確認し額に手を当てた。

「全身打撲と、左足の骨折。それに後頭部を強く打っています。
 全治3~4ヵ月はかかるでしょう。しばらくは絶対安静です」



 温かいスープを数口飲み、柔らかなパンを少しかじる。  

 薬を飲み終えると体を清めてもらい、髪を梳かれる頃には、まぶたが重くなっていた。  

 本当は、頭の中を整理したかった。  
 けれど、眠気がそれを許してくれなかった。

 深い眠りに落ち、目覚めてはまた眠る。  
 そんな日々が続いた。



 ──そして、3日後。  

 ようやく視界がはっきりし、思考も霧が晴れたように冴えてきた。

 馴れない天蓋付きのベッドの中で、静かに天井を見つめた。  

 ここは、乙女ゲームの世界。  
 私は、その中で“悪役令嬢”として設定された存在。

 本来の物語では、ヒロイン・ジャネットが攻略対象カイザーと恋を育み、結婚して終了。  
 ──これがハッピーエンド。

 バッドエンドでは、悪役令嬢である私とカイザーが結婚するが、教会のシーンはなくナレーションで語られるのみ。

 ヒロインが死亡するルートなんて存在しなかった。

 ……おそらく、物語は途中まではハッピーエンドに向かっていた。  

 でも、私が前世の性格を引き継ぎヒロインに嫌がらせしなかったため、婚約破棄のイベントが発生しなかった。  

 その結果、物語がバグを起こし、ヒロインが“消された”のだろうか。

 それとも単に"現実"が勝ったのか。

 普通に考えて、男爵庶子が王太子と結婚できるはずない。

 まして「王子の婚約者である公爵令嬢が、浮気相手の男爵令嬢を虐めた」という理由で、婚約破棄できるはずない。

 王子の婚姻は国家政策なのだ。

 よくわからない。  
 これはハッピーエンドなのか、バッドエンドなのか。  

 ただ、ひとつだけ確かなのは──

 私は、もうカイザーと結婚してしまったということ。

 幸い(?)新婚早々、私は寝たきりになったため初夜をしなくて済んだ。

 そこだけは正直、ラッキーだった。  

 できれば、結婚する前に前世の記憶を思い出しておきたかったけれど。


 扉が静かに開き、濃紺の髪が見えた。  
 ヴィクトルが見舞いに来たのだ。

「意識がない時も付き添ったんだが、侍女たちに追い出されて……。
 まあ……とにかく、命に別状がなくてよかった」

 彼はベッドの傍らに腰を下ろし、私の顔を覗き込んだ。  
 本当の兄妹ではないのに、またこんなに顔を近づけて……。

 しかし、濃紺の瞳に浮かぶ安堵の色が、心を和らげてくれた。

「ご心配おかけしました」

 義兄の声が低くなる。

「あいつがエスコートもしないくせに、ヴィオを急かしたせいで落ちたんだ。来場者は、みんな見てたよ。
 あれは、もう廃嫡して鉱山送りにするしかないな」

 そうそう。
 結婚式でカイザーは、エスコートを拒否した。

 だから私は両手でブーケを持っていて、落ちるとき受け身を取るのが遅れてしまった。

 なんせウェディングドレスも重いし、頭にはヴェールとティアラで、動きにくかったのだ。

 しかし、私は小さく首を振った。

「私も、不注意でした」

「いいや、あいつが悪い」

 ヴィクトルは、きっぱりと言い切り深くため息をついた。

「……ただな、これだけ(エスコートしなかった)では離婚理由には弱い。
 ジャネットの死は、隠されてるしな」

 表向き、“ジャネットは家庭の事情で、他国に働きに行った”ことになっている。  

 卒業の1週間前に、急に学園を辞めるなど、どう考えても不自然だが……。

 つまり──あの夜、カイザーが私の部屋に乗り込んできた件も、伏せなければならない。

「……医者を抱き込んで『階段から落ちたせいで子供が産めなくなった』って診断して貰えば、婚姻無効にできるかも」

 ぽつりと、そんな言葉が口をついて出た。  
 自分でも驚くほど、冷静な声だった。

「えっ」

 ヴィクトルが目を見開く。  
 私ははっとして、慌てて言い添えた。

「あ、良くなかった? いけないわよね……」

「いや、ヴィオの口から“離婚”なんて言葉が出てくるとは思わなかった。
 てっきり、義父上の言いなりかと」

「……ああ。死に目にあって、考えが変わったのよ」

 親の決めた結婚をするのは当然。  
 そう思い込んでいた。  

 でも、前世の記憶を取り戻してからは「どうして、自分の人生を親に決められなければならないのか」と、疑問が湧いた。

 私は、私の人生を生きたい。  
 誰かの駒としてではなく──




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