前世の記憶を思い出したのは浮気王子と結婚してしまった後でした

星森 永羽(ほしもりとわ)

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天使を拾う

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 翌朝。馬車は予定とは違う山道を進んでいた。  

 車輪が石を踏むたびに、車体が大きく揺れる。

「予定と違う道だから揺れる。横になってた方がいい」

 義兄がそう言って、私の肩に毛布をかけてくれる。

「でも……」

 私はためらった。  
 義理の兄弟とはいえ、こんな狭い空間で横になるなんて──  
 はしたないのでは?

 そう思った瞬間、ヴィクトルが私の体を軽々と抱き上げ、自分の膝の上に乗せた。

「お、お兄様!」

「俺が抱えてるから落ちない。さ、昼寝でもしなさい」

 その声は、まるで子どもをあやすように優しい。  
 けれど──

 寝れるか!



 急に馬車が停まり、護衛の1人が駆け寄ってきた。  
 甲冑の隙間から覗く顔には、緊張の色が浮かんでいる。

「どうした?」

 ヴィクトルが馬車の扉を開けて尋ねると、騎士は一礼して答えた。

「子供が倒れていました。
 痩せ細ってぼろぼろですが、着ているものは上等なのです。
 貴族の子息が誘拐され、逃げてきた可能性があります」

「ふうむ……」

 義兄が顎に手を当てて考え込む。  
 私はそっと身を乗り出した。

「見に行きましょう」

「起きたか、お寝坊さん。
 ──武器は?」

 義兄が、寝惚けてる私から騎士に目を向ける。

 膝の上でなんか、寝れるか! と思いながら寝ていた。

「没収してあります。今は無抵抗です」

「なら、見に行こう」

 義兄は私を抱き上げ、軽やかに馬車を降りた。  
 私はその腕の中で、静かに頷いた。


 手当てのために敷かれた毛布の上、横たわるその姿に、私は目を細めた。

 ──子供?  
 にしては、大きい。  
 背丈も、骨格も、もう“少年”というより、青年になりかけの年頃。

 彼は朦朧としていたが、その顔立ちは整いすぎていて──

 ……美しい。  
 まるで、絵画から抜け出してきたみたい。  
 それに、この気品。  
 育ちの良さが、滲み出ている。

 手当てをしていた護衛騎士が、包帯を巻きながら静かに言った。

「傷は浅いようです。ですが、かなり衰弱しています。
 数日は休養が必要かと」

「ふむ……やはり、ただの迷子じゃなさそうだな」

 義兄が低く呟いた。  
 私は、目の前の“彼”から目を離せなかった。

「君、家名を教えてくれないか」

 ヴィクトルの問いに、少年はしばらく黙っていた。  
 アクアマリンの瞳は、じっと義兄を見つめている。

「……言えません」

 その声はかすれていたが、芯のある響きを持っていた。

「どこの誰かわからないんじゃ、連れて行けない。ここに置いていくことになる。
 ……いいのか?」

 義兄の声は冷静だったが、どこか試すような響きがあった。  
 少年は唇を噛み、やがて小さく答えた。

「……ワセリトン家の縁者です」

「ワセリトン伯爵家か。うーん……まあ、いいだろう。
 確認を取れ」

 義兄が頷くと使用人が少年の名を確認し、すぐに伝書鳥を飛ばした。  

 空へと舞い上がる鳥を見送りながら、私はそっと少年の傍に膝をついた。

「あなた、セイランというのね。
 私はヴァイオレット・ド・ルヴァンよ」

 その名を口にした瞬間、少年の目が見開かれた。  
 驚きと、何か言いかけて飲み込んだような表情。

 その横で、義兄がすかさず口を挟んだ。

「いや、アストリア公爵令嬢だ。直に離婚する」

「義兄様、いきなりそんなこと言わないでちょうだい。相手だって困るのよ」

 私が眉をひそめると、義兄は肩をすくめた。

「しかし──これからは、アストリア公爵令嬢と名乗りなさい」

「……わかったわ」

 そのやりとりを聞いていた侍女たちが、顔を見合わせてほっとしたように微笑んだ。  
 彼女たちは、結婚後も私を“お嬢様”と呼び続けていた。  
 カイザーを“旦那”と認めたくなかったのだ。  
 ──仕方ない。私も、そうだったのだから。

 セイランは、まだ何も言わなかった。  
 けれど、そのアクアマリンの瞳が、じっと私を見つめていた。




 馬車が門をくぐり、懐かしい石畳を進む。  
 庭木、白いバルコニー、そして高くそびえる塔。  
 そのすべてが、記憶の中のままだった。

「懐かしいわ!」

 思わず声が弾む。  
 馬車が止まり扉が開くと、真っ先に現れたのは、あの人だった。

「お帰りなさいませ、お嬢様。……8年ぶりですね」

 執事のロベールが、深く一礼する。  
 白髪は増えていたけれど、背筋は変わらずまっすぐだった。

「みんな元気?」

「ええ、おかげさまで。
 ……お嬢様は……災難でしたね」

 その言葉に、私はふっと笑った。

「ふふふ。でも、今は帰って来られたから、嬉しいわ」

 ロベールは少し驚いたように目を見開き、そして穏やかに微笑んだ。

「……何だか、明るくなられましたね」

「そうね。今までは、“公爵令嬢として”ちゃんとしなきゃって、気にしすぎてたみたい」

 私は空を見上げた。  
 この屋敷の空は、王宮よりずっと広くて、青かった。

 真面目な性格が、裏目に出ていたのだ。  
 “正しくあらねば”と自分を縛って、苦しめていた。  
 でも今は──少し、肩の力を抜いてもいい気がする。




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