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離婚してからわかった不貞
しおりを挟む少年と別れた帰り道。
馬車の窓から、ぼんやりと街並みを眺めていた。
春の陽が石畳を照らし、行き交う人々の影が長く伸びている。
ふと、視界の端に見覚えのある後ろ姿が映った。
黒い軍装。鋭い背筋。
──あれは、元夫ディートリヒ。
その隣には、女がいた。
艶やかな黒髪を揺らし、彼の腕にしなだれかかっている。
彼はそれを拒む様子もなく、むしろ自然に受け入れていた。
王命による離婚?
──本当に、そうかしら。
ディートリヒは王子の側近。
もしかしたら……愛人と過ごすために、私が邪魔だったのかもしれない。
それで、王子に何か取引を持ちかけて離婚を強行した?
高位貴族の婚姻は国政にも関わるので、簡単に離婚できない。
だから……。
「……レナ。ディートリヒと、今の女について調べるよう指示を出して」
侍女は馬車を止めると、護衛の1人に耳打ちをする。
命を受けた騎士は、無言で列を離れ、街の中へと消えていった。
私は再び、窓の外に目を向けた。
風に揺れるカーテンの隙間から、遠ざかる2人の背中が見えた。
結婚するまで、実家を無力だなんて思ったことはなかった。
けれど、リーベンタール家の権力は、あまりにも強大だった。
すべてを手に入れられるように見えて、すべてを失わせる力も持っていた。
それでも──私を裏切ってたなら、無傷では済ませない。
夜の帳が降り、屋敷の居間には暖炉の火だけが灯っていた。
静寂の中、絨毯の上に膝をついた少年が、バスローブを滑らせて肩を露わにする。
そして、何の躊躇いもなく、私の足に唇を落とした。
──その仕草は、あまりにも自然で、あまりにも痛々しかった。
「悪いけど、子供に手を出す趣味はないの」
私の声に、少年──エリオスは蒼い目を丸くした。
その表情が、あまりにも無垢だった。
「この子を執事見習いとして教育して。使い物にならないなら、馬の世話でもさせて」
エリオスから購入した12枚の絵は、無名の作家ではあり得ない金額だった。
平民の家族が、5人で暮らせる大きさの一軒家が買えるほどだ。
勿論、それは純粋な絵の値段じゃない。
9割りは"サービス料"だ。
「お言葉ですが、まずは身元調査をしませんと」
執事の声が、背後から落ちてくる。
「必要ないわ」
「この屋敷の主は、お嬢様ではなく旦那様です」
私は言葉を失った。
「リーベンタール公爵は、お嬢様を好きにさせていたのでしょう。ここでは通りませんよ」
──それは、まったくその通りだった。
「……わかったわ」
執事は一礼し、静かに部屋を後にした。
私は暖炉の火を見つめながら、エリオスに目を向けた。
「何してるの? 使用人部屋に行って寝なさい。背が伸びないわよ」
少年は戸惑いながらも静かに立ち上がり、部屋を出ていった。
その背中が、やけに小さく見えた。
夫に自由を許されていたのは、信頼されていたからだと思っていた。
けれど、きっと違う。
ただ、興味がなかっただけ。
私が何をしていようと、どうでもよかったのだ。
香の焚かれた部屋に、オレンジの灯りが揺れていた。
私は絹のバスローブをまとい、台の上で横たわっていた。
温められたオイルが肌に垂れ、侍女の手が滑らかに背を撫でる。
舞踏会の支度は、戦の準備と同じ。
肌も、髪も、爪の先まで完璧に整えなければならない。
「リーベンタール公爵と女についての報告です」
侍女の声が、静かに落ちた。
馬車から見た、元夫と愛人の調査結果。
「続けて」
「……公爵は2日に1回のペースで、女の元へ通ってます」
「っ、……いつから?」
「通う頻度が増えたのは、離婚してからのようです。
……関係は、ここ2~3年のようです」
ガバッと身を起こした。
オイルの香りが一瞬にして冷え、メイドが短く悲鳴をあげた。
けれど、そんなことはどうでもよかった。
──まったく、気付かなかった。
考えてみれば当然だ。
婚前に素行調査をしても何も出てこなかったのだから、関係が始まったのは結婚後。
私が、彼の妻だった時。
「身分は? 相手の女の」
侍女は一瞬、言葉を詰まらせた。
「…………平民です」
こめかみに手を当てる。
脈が、じくじくと痛んだ。
仕事に必要な情報を引き出すために、高級娼婦でも囲っているのかと思っていた。
それなら、まだ納得できた。
けれど──何の役にも立たない、ただの平民。
つまり、感情だけの相手。
私は、利用されたのに。
あの人は、愛していたのだ。
私ではない、別の人を。
「それ以外の情報は?」
「セキュリティが強くて、調べられないそうで……」
──本気だ。
本命なのだ。
私は唇を噛みしめた。
心に痛みが走る。
けれど、それ以上に胸の奥が冷えていた。
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