夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)

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元夫襲来



 ──その時だった。

 カーテンの隙間から、音もなく現れたのは──

「……っ!」

 ディートリヒ。

 思わず悲鳴を上げかけた瞬間、彼の手が私の口を塞いだ。

「ずいぶん、やってくれたな」

 低く、押し殺した声。  
 その目には怒りと焦りが滲んでいた。

 私は反論しようとしたが、口が塞がれていて声が出せない。

「んーっ、んーっ……!」

「まあいい。
 ……ブラウエンベルク公爵が俺を嗅ぎ回ってて、自由に動けない。  
 手を引かせろ」

 私は彼の手を振り払い、鋭く言い返した。

「“手を引け”って……あなたが怪しいことしてるからでしょう!」

 ディートリヒは目を細め、吐き捨てるように言った。

「言っておくが──君が捕えた女たちは、何も知らない」

 その言葉に、私は息を呑んだ。

 ──やはり。  
 行方不明になった女たちは、口封じされたのだ。

「……あなた、一体何をしてるの?」

 私の問いに、彼は一瞬だけ目を伏せ、そして答えた。

「4公の一角を担い続けるのは、綺麗事だけじゃない」

「それは、わかるわ。でも──あなた、まるで犯罪組織のドンそのものよ」

 その言葉に、ディートリヒの目が見開かれ、わずかに後ずさった。

 ──図星。  
 その反応で、私は確信した。

 その時、バルコニーの扉が開いた。

「……僕がいない間に、こそこそと。  
 勝手に近づかれては困ります」

 エルンストが、冷たい声で言った。

 ディートリヒは何も言わず、私たちを一瞥すると、静かにその場を後にした。

「……何があったの?」

 エルンストが私の肩に手を置き、そっと尋ねる。

 私は小声で、今あったことを手短に伝えた。

 彼は黙って聞いていたが、やがて低く呟いた。

「……犯罪に関わってるんじゃなくて、“組織のボス”ね。  
 確かに、腑に落ちる。
 ……わかった。父に話しておく」

 私は頷いた。  
 この夜の静けさの裏で、またひとつ、真実が姿を現した。

「そろそろ、僕を紹介してもらっていいかい?」

 現れたのは、第1王子派から冷遇されているクロード第2王子。  
 その声に、エルンストが慌てて姿勢を正す。

「あ、はい。王子殿下。
 ……マルグリート、こちらはクロード殿下だ。知ってるね?」

 私はドレスの裾をつまみ、深くカーテシーをした。

「直接お声掛けいただくのは、初めてですわ。
 マルグリート・カールと申します」

 クロードは微笑みながら、私を見つめた。

「“月の花”は、僕も知ってるよ」

「……学年が被りませんのに?」

 クロードは20歳。私は23。  
 貴族学園は16から18までの3年間。  
 つまり、私が卒業した頃、彼はまだ入学していなかったはず。

「噂は、時を越えるものさ」

 その言葉に、私は少しだけ微笑んだ。

「ところで殿下、うちに住むことはできませんの?」

「ええっ?!」

 エルンストが、思わず声を上げた。

「このままだと、エルンスト様が過労死してしまいます。  
 エルンスト様は私を好いてくれてますが、まだ一線は越えてません。  
 越える前に死んでは、可哀想ですもの」

 クロードが一瞬、目を細めた。

「っ、……仕事の資料を持っていくわけにはいかないよ?  
 つまり、短時間しか滞在できないのに、転居する意味はあるかな?」

「エルンスト様は、あなたの命を守るために奔走しているのです。  
 来ていただければ、負担が減ります」

 あまりに不敬な物言いに、エルンストが息を呑む。

 けれど、クロードは微笑を崩さず、静かに言った。

「ならば──あなたが出仕して、手伝うのはどうだろう?」

「殿下! それは反対です!」

 エルンストが即座に声を上げた。

 私は肩をすくめて答えた。

「寝泊まりはブラウエンベルク公爵家でしてくださるなら、構いませんわ」

「移動には、かなりの注意が必要になる。  
 万一家で何かあれば、ブラウエンベルク公爵家も取り潰しになる可能性がある」

 私は少し考え、扇子を閉じて言った。

「……わかりました。では、私が城に泊まり込んで、警備して差し上げます」

 クロードが目を細め、頷いた。

「わかった。では、君を──侍女に任命しよう」

「なりません! ダメです!」

 エルンストが声を荒げた。

「拝命します」

「マルグリート! 君は無茶苦茶だぞ!」

「やめて欲しければ、寝ることね」

「……ちゃんと寝るから、侍女はやめて欲しい」

「経過観察」

「っ……殿下、このお話は、保留に……!」

 クロードは肩をすくめて笑った。

「カール侯爵令嬢の意思に委ねるよ」

「ありがとうございます……もう少し、待って欲しい。お願いだ」

 私は、エルンストの真剣な目を見つめ、静かに頷いた。

「……エルンスト様の言う通りにいたします」

 エルンストは、ようやく安堵の息をついた。  
 その肩が、ほんの少しだけ、軽くなったように見えた。

 クロードが去った瞬間、エルンストは何も言わずに私を引き寄せた。  
 そして、深く、強く、唇を重ねてくる。

 「……っ、ちょっと……!」

 私は彼の胸を押しながら、ようやく口を離した。

「3ヶ月はダメって言ってるでしょう。まだ、あと半月あるのよ?」

 性病検査した侍医が「3ヶ月、様子見」と言ったのだ。

 エルンストは、じっと私を見つめたまま、低く呟いた。

「僕は……怒ってるんだよ」

「ええ? 私、なにもしてないわ」

「君を守るのが僕の役目であって、僕が君に守られる必要はない」

 その言葉に、私は目を細めた。

「……もしかして、プライドが傷ついたの?」

「そういうことじゃない。  
 君は僕より、か弱いんだ。だから、守られて当たり前なんだ。逆はない」

 その瞬間、反論しようと口を開いた私の唇を、彼が再び塞いだ。

 ──言葉を奪われ、息を奪われ、  
 体から力が抜けていくのを感じながら、私はただ、彼に身を預けた。
 

 足が立たなくなり休憩室に運ばれ、ソファに横たわると、エルンストが甲斐甲斐しく毛布をかけ、髪を整え、水を差し出してくる。

「……もう!」

 私は顔を背けながら、唇を尖らせた。

「ファリサナ公爵令息を誑かさなきゃいけないのに!」

 エルンストは眉をひそめ、真剣な顔で言った。

「それも僕がやるから。君はじっとしててくれ」

「女装するつもり? 背が高すぎるわよ」

「そんなことしない。とにかく、任せて」

 私はじっと彼を見つめ、にっこりと笑った。

「だめよ。私には完璧な計画があるの。  
 従わないなら──去勢してしまうわよ?」

 その瞬間、エルンストがびくりと肩を震わせ、反射的に両手で股間を守った。



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