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ファリサナ公爵令息
王宮の一角、黄金のシャンデリアが揺れる舞踏会場。
その中央で、ファリサナ公爵令息──カークスは、取り巻きたちと笑い合っていた。
金髪を無造作に撫でつけ、深緑の礼装を着崩した姿は、どこか軽薄で傲慢。
けれど、その目だけは鋭く、周囲を値踏みするように動いていた。
私とエルンストが近づくと、彼はニヤリと笑い、声を張った。
「これはこれは、話題のお2人で。
“月の花”か……いや、“暴れ馬”と言った方がいいか?」
取り巻きたちがどっと笑う。
私は微笑みを崩さず、扇子を軽く開いた。
エルンストが、型通りの挨拶を述べる。
「ブラウエンベルク公爵が息子、エルンストです。
本日はご挨拶に伺いました」
カークスは肩をすくめ、わざとらしくため息をついた。
「私たちは、関わってはいけない決まりでしょう?
……どういったご用件で?」
その瞬間だった。
私は手にしていたワイングラスを、すっと持ち上げ──
カークスの顔に、赤い液体をぶちまけた。
「きゃっ、まあ大変! 手が滑りましたわ!」
カークスが、ぐらりと揺れたかと思うと──そのまま、崩れ落ちた。
ワインには、気絶薬が仕込んでいるのだ。
私は慌てたふりをしながら、エルンストに目配せする。
「お詫びに、介抱いたしますわ」
エルンストは、無言でカークスを抱き上げる。
取り巻きたちが慌てて駆け寄ろうとするのを、私は扇子で制した。
「……ブラウエンベルク公爵令息が信用できないのですか?」
その一言に、彼らは動きを止めた。
誰もが、言葉を失ったように立ち尽くす。
そのまま、私たちはカークスを馬車に乗せ、ブラウエンベルク邸へと連れ帰った。
馬車の中、私は窓の外を見ながら、ふっと笑った。
「……うまくいったわ」
屋敷に着くと、従者たちがカークスを地下室へと運び込む。
そこには、私が密かに集めた特殊部隊が待機していた。
黒衣に身を包み、顔を隠した彼らは、私の一声を待っていた。
私はカツン、とヒールを鳴らしながら階段を下り、彼らの前に立つ。
「では──後は、よろしくね」
「イエッサー!」
声が揃い、地下に響いた。
公爵邸、子息夫人の部屋。
「ファリサナ公爵令息、自称カーミアは──王族の暗殺計画について“知らない”そうよ。
知らされていない可能性もあるけれど」
エルンストは腕を組み、難しい顔で唸った。
「うーん……そもそも、本当に“王族の暗殺未遂”なんてあったのか?
君と婚約してすぐ、騎士団から説明を受けたけど、あれも曖昧だった。
詳細を聞いても、“事件は表沙汰にせず、上が隠蔽した”としか言われなかった」
私は机の上の地図を指でなぞりながら、静かに言った。
「──前提がおかしいのよ」
「え?」
エルンストが顔を上げる。
「もし、“王族殺しの犯人”がルイジアス公爵かファリサナ公爵なら、最初から私をどちらかの婚約者にすればよかったのよ」
「……!」
「わざわざ、あなたと婚約させた上でファリサナ公爵令息と接触させるなんて、おかしいわ。
だって、4公は“親密になってはいけない”決まりがある。
ブラウエンベルク公爵令息の婚約者である私が近づいたら、拒否されるに決まってるじゃない」
私は扇子を閉じ、ぴしゃりと机に置いた。
「なのに、“スパイとして愛人になれ”なんて。
──これは、最初から破綻してる命令よ」
エルンストの顔色が変わった。
「……つまり、1番疑われてるのは──うちか?」
「違うわ」
私は彼をまっすぐに見つめ、はっきりと言った。
「潰そうとしてるのよ。
“ブラウエンベルク公爵家”を」
本当に疑ってるなら、わざわざ暗殺未遂のことは話さない。
エルンストはしばらく黙っていたが、やがて低く呟いた。
「……これは、当主の判断を仰がないといけない」
私は頷いた。
談話室には、重厚な沈黙が流れていた。
ブラウエンベルク公爵夫妻が入室すると、メイドたちは丁寧にお茶を淹れ、静かに下がっていった。
公爵は椅子に腰を下ろし、深く息を吐いた。
「……事情は聞いた。マルグリート嬢の見立ては、正しいように思う」
夫人も、静かに頷いた。
「王家に狙われていたのは──うちなのね……」
私はカップを置き、落ち着いた声で答えた。
「ファリサナ公爵令息が計画を知らない可能性もありますし、ルイジアス公爵が“白”かどうかも、まだわかりません。
もう少し、調べないと」
エルンストが真剣な顔で言葉を継いだ。
「どちらにしろ、警戒を強めないと」
だが、公爵は首を横に振った。
「いや──警戒するだけではダメだ。
いざという時は、“武力行使”も視野に入れねばならん」
その言葉に、エルンストが息を呑んだ。
「……ですが、王都に在中させられる兵の数は限られています」
私は扇子を閉じ、静かに言った。
「そこは、私の方で“特殊部隊”を編成します。
正面衝突は避け、奇襲と情報戦で対応するしかありません」
公爵はしばし黙考し、やがて静かに口を開いた。
「……マルグリート嬢。いや──マルグリート。
明日にでも、息子と入籍しなさい。
君の勇気が、我が家には必要だ」
エルンストが目を見開き、すぐに私の手を取った。
「マルグリート、明日……教会に行こう?」
私は一瞬だけ彼を見つめ、そして頷いた。
「……わかったわ」
その瞬間、エルンストの顔がぱっと明るくなり、私を強く抱きしめた。
「ありがとう、マルグリート。愛してる!」
その言葉に、胸が少しだけ熱くなる。
──けれど。
「……ゴホン」
父親の咳払いに、エルンストが慌てて私から離れた。
「ところで──」
その時だった。
扉が勢いよく開き、使用人が駆け込んできた。
「報告です! ファリサナ公爵の私兵が屋敷を包囲しています!
“息子を返せ”と、要求しています!」
空気が一変した。
エルンストがすぐに立ち上がる。
「……来たか」
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