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集まる公爵
門前に出ると、空気がぴりついていた。
ファリサナ公爵の私兵がずらりと並び、まるで戦の前のような緊張感が漂っている。
その中心に、怒りに顔を紅潮させたファリサナ公爵が立っていた。
「1週間前に、貴様らが拉致した息子を返せ!
何度も使者を送ったのに、無視しやがって!」
あら、そんなに怒鳴らなくても。
こちらは丁寧に“お預かり”していただけなのに。
そのとき、ファリサナ公爵夫人が前に出てきて、私に向かって叫んだ。
「返してちょうだい!」
合図を送ると、カークス──いえ、今は“カーミア”が兵に連れられて現れた。
門を挟んでの対面。
夫人はその姿を見るなり、膝をついて泣き崩れた。
「ああ、カークス!」
けれど、次の瞬間──
「お父様、お母様……アタシ、ここの家の子になりたいの。
帰りたくないわ」
……ふふ、やっぱり言ったわね。
その場にいた全員が、凍りついた。
私以外は。
「な、何?」
ファリサナ公爵の声が裏返る。
「アタシ、この家にいたいの。
いえ、いないとダメになってしまったの」
あのカークスが、あんなにしおらしく……。
私の“教育”の成果ってやつかしら。
「脅されてるのか? ……そして、“アタシ”って何だ?」
公爵の混乱ぶりが、見ていて少し気の毒になる。
「カークス、しっかりして! 帰って来てちょうだい!」
夫人が泣きながら手を伸ばす。
でも、カーミアは首を振った。
「お母様! その名前は捨てたの。
今のアタシの名前は“カーミア”よ。カーミアって呼んで」
……完璧な仕上がり。
私以外、誰もが絶句していた。
私は一歩前に出て、にっこりと微笑んだ。
「──本人がそう言ってるので、お引き取りを」
「ま、待って! そんな! そんなこと……!」
夫人が縋るように叫ぶけれど、もう遅い。
ブラウエンベルク公爵が、静かに口を開いた。
「まず兵を引きなさい。その上で、話し合いがしたいなら応じよう」
ファリサナ公爵は唇を噛み、妻の腕を引いた。
「……一旦、引き上げるぞ」
彼らが去っていくのを見届けて、エルンストが深く息を吐いた。
「ふう……」
私は思わず、クスクスと笑ってしまった。
「君……ファリサナ公爵令息に一体、何を……」
エルンストが私を見て、恐る恐る尋ねる。
私は扇子を唇に当てて、いたずらっぽく微笑んだ。
「聞いたら、眠れなくなるわよ?」
エルンストは目をそらしながら、苦笑した。
「……そうか。聞かないでおくよ」
──正解よ、エルンスト様。
悪女の手札は、見せるものじゃないもの。
重厚な扉の奥、静まり返った応接の間に、ファリサナ公爵家とブラウエンベルク公爵家が顔を揃えた。
王宮の目を避けるため、場所は公爵家の離れ。
窓には厚いカーテン、扉の前には私の特殊部隊が控えている。
カーミア──かつてのカークスは、私の隣にちょこんと座っていた。
艶やかな巻き髪に、深紅のドレス。
すっかり“こちら側”の人間になってしまった。
「アタシ、もう……この家の子になりたいの。
あの家には、戻りたくないの」
その言葉に、ファリサナ夫人がまた泣き崩れた。
けれど、私はそれを無視して、話の核心に切り込んだ。
「──そんなことより大事なのは、あなた方が“王族殺し”を計画したかどうか、ということです」
部屋の空気が一変した。
ブラウエンベルク家の皆が、私を見た。
でも、もうここまで来たら、隠す意味なんてない。
「なっ……何故、我々がそんなことを!
我々には充分な権力も財力もある!」
ファリサナ公爵が声を荒げる。
「王家が、目の上のたんこぶではないのですか?」
私がそう返すと、公爵は机を叩きかけて、怒鳴った。
「逆だ! 1番上にいる人間は、その分の責任がある。
2番手の方が、よほど楽だ!」
その言葉に、ブラウエンベルク公爵も静かに頷いた。
「では、残るルイジアス公爵を調べて“白”なら、やはり狙われているのは、うちで確定ですね」
「……何の話をしてるんだ?」
ファリサナ公爵が眉をひそめる。
私はそっと身を乗り出し、未来の義父に小声で囁いた。
「ファリサナ公爵は、嘘はついていません。
彼らのカップには、自白剤が塗ってあります」
ブラウエンベルク公爵が、静かに頷いた。
「……ここまで来たら、話した方がいいだろう」
そして、私たちは語った。
4公爵家のうち、誰かが狙われているのではないかという仮説。
いや、もしかすると──全員が、共倒れさせられようとしているのではないかという疑念を。
「王家は、共倒れを狙っているのではないでしょうか」
私の言葉に、ファリサナ公爵が黙り込んだ。
やがて、低く唸るように言った。
「……確かに。話を聞く限りでは、そうかもしれん。
だが、今まで付き合いのなかった相手を、簡単に信用することはできない」
その目が、私を射抜く。
「そもそも、これを我々に話したということは──
裏で“結託”しようということだろう?
だが、バレた時のリスクは大きい」
重苦しい空気の中、突然バタバタと廊下を駆ける足音が響いた。
扉が勢いよく開き、私の使用人が顔を真っ赤にして飛び込んでくる。
「お嬢様、大変です! 絵の売り子の少年の身元が……わかりました!」
私は思わず立ち上がり、彼に駆け寄った。
「えっ……何ですって?」
エルンストもすぐに隣に来て、眉をひそめる。
「どうした?」
私は深く息を吸い、使用人の言葉を繰り返した。
「──うちで保護した少年が……ルイジアス公爵のご子息だったそうです」
部屋の空気が、またしても凍りついた。
「……どういうことだ?」
ブラウエンベルク公爵の声が低く響く。
私は落ち着いて、これまでの経緯を語った。
1ヶ月前、街角で絵を売っていた少年。
身なりは粗末で、名も偽っていたが、妙に育ちの良さが滲んでいた。
気になって保護し、屋敷で静養させていたということ。
「とりあえず、ここに呼んでくれ」
ブラウエンベルク公爵が短く命じると、使用人は再び走り去っていった。
続いて彼は椅子に深く腰を沈め、苦笑した。
「……今日はもう、帰れないと思った方が良さそうですな。
おい、客室に案内して差し上げろ」
ファリサナ公爵夫妻は、もはや何も言わず、静かに立ち上がった。
先ほどまでの剣幕が嘘のように、ただ黙って客室へと向かっていく。
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