夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)

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入籍できない



 しばらくして、再び全員揃った談話室の扉がそっと開いた。  
 入ってきたのは、あの少年──エリオス。  
 私が街で拾った、絵の売り子。  

「緊張しなくていい。事情を聞かせてくれ」

 ブラウエンベルク公爵の穏やかな声に、エリオスは小さく頷いた。

 ──そして、語られた真実は、想像以上に重かった。

 彼は本来、ルイジアス公爵家の嫡男だった。  
 けれど、後妻が連れてきた息子に家督を奪われ、虐待に耐えかねて家出。  
 その途中で闇売春組織に捕まり、 あのままなら、命すら危うかったかもしれないこと。

 私は、扇子を握る手に力が入るのを感じた。

「……どうする?」

 ファリサナ公爵が、沈痛な声で尋ねる。

「どうするも何も、うちで保護するしかないだろう。  
 カール侯爵家では荷が重い」

 ブラウエンベルク公爵の言葉に、私は内心で頷いた。  
 そう、これはもう“家”の問題ではない。  
 “国”の根幹に関わる話だ。

「任せて。アタシが子育てするわ!」

 カーミアが胸を張って言い放つ。  

「子育てって……たいして年違わないだろう」

 ファリサナ公爵が呆れたように言う。  
 カーミアは17歳、エリオスは14歳。  
 確かに“育てる”というより“兄弟”。

「いいではないですか。任せましょう」

 ブラウエンベルク夫人が、ふわりと微笑んだ。  

「それでは、おたくの負担が多すぎます。  
 うちで引き取りますわ」

 ファリサナ夫人が、涙を拭いながら申し出る。

「ふむ……そうだな。2人の面倒は、うちで見ましょう。  
 ──ただし、特殊部隊を貸してもらえないか?」

 その言葉に、私はにっこりと笑って返した。

「冗談は顔だけにしてください。  
 ご子息に会いたければ、同盟を組んでもらいます」

 息子を回収するついでに、私の特殊部隊とエリオスを奪おうなんて、ふざけすぎてる。

「……っ!」

「そうだな」

 ブラウエンベルク公爵が、私の言葉に頷いてくれる。

「自分1人では決められない。持ち帰らせてくれ」

 ファリサナ公爵が渋い顔で言ったその瞬間、私は一歩踏み出した。

「残念ですが──秘密を話した以上、同盟の約束なしでは、帰せません」

 一同、息を呑んだ。

 けれど、私は引かない。  
 ここで曖昧にすれば、また誰かが消える。  
 また誰かが、闇に呑まれる。

「……負けた。わかった。  
 ただし──息子を正気に戻してくれ」

「アタシは正気よ!」

 カーミアがすかさず叫ぶ。  
 ……まあ、あれが“正気”かどうかはさておき。

「すべてが終わったら、そうしましょう」

 私は静かにそう告げた。

 陽光が差し込む談話室の窓辺で、エルンストが椅子から立ち上がった。

「では私たちは入籍しに行ってきます」

 その言葉に、ファリサナ公爵が目を細めた。

「もう入籍するのか。まだ婚約して2ヶ月だろう?」

「彼女を愛してしまいまして。早く妻にしたいのです」

 エルンストの真っ直ぐな言葉に、私は少しだけ頬が熱くなるのを感じた。

「では私が立会人に……と言いたいが、表だって一緒に行動するわけにはいかないな」

 ファリサナ公爵が苦笑する。

「アタシなら、きっと気付かれないわ」

 カーミアが、腰に手を当てて胸を張る。
 鮮やかな紅のドレスに身を包み、金髪をふわりと揺らす。

「みんなは昔、男だった頃のアタシしか知らないもの。アタシが行ってくる」

「僕も同行します……」

 エリオスがそっと名乗り出た。
 まだ幼さの残る顔に、決意の色が浮かんでいる。
 蒼の瞳がまっすぐで、どこか儚げだった。

 こうして、3人の公爵令息と共に、私は教会へと向かった。
 
 

 教会は白い石造りの荘厳な建物で、高い天井からは色とりどりのステンドグラスの光が差し込んでいた。
 静寂の中、私たちは婚姻届を手に、受付の前に立った。

「マルグリート嬢は、リーベンタール公爵と離婚されていません」

 受付の言葉に、場の空気が凍りついた。

「そんなはずは……」

 エルンストが声を震わせる。
 私は彼の手をそっと握った。

「押し通すなら重婚罪に問われます」

 受付の女性は冷静に告げた。

「……1度、帰りましょう」

 私は静かにそう言った。  
 このままでは、彼を巻き込んでしまう。  



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