夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)

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戦闘



 教会の白い石段を降りたところで、エルンストが立ち止まり、私を見つめた。

「どういうことなんだ?」

 私はため息をつきながら、扇子を閉じた。

「離婚届にサインしろと言われて、サインして渡したの。
 ……でも、提出してなかったってことね」

 エルンストが頭を抱える。  
 その横で、カーミアが目を輝かせた。

「待ってよ。チャンスだわ!  
 このことを王家が知ってるか、どうか……離婚再婚の王命が嘘になるなら、玉座から降ろせる」

 私は顎に指を添え、すぐに判断を下した。

「なら、義父様(ブラウエンベルク公爵)に王宮に行ってもらいましょう」

 その瞬間だった。

「──そこまでだ」

 聞き慣れた、けれども聞きたくなかった声が響いた。

 振り返ると、そこにいたのはディートリヒ。  
 漆黒の軍服に身を包み、冷たい灰色の瞳が私たちを射抜いていた。  

 その背後には私兵たちがずらりと並び、教会前の広場を取り囲んでいた。

「大人しくするんだ」

 私は舌打ちし、スカートの裾をめくる。  
 仕込んでおいた革のホルダーから、次々と武器を取り出す。

「エルンスト、これ。剣よ」

 彼の手に銀の細剣を投げ渡す。  
 彼はすぐに構えを取り、私の隣に立った。

「カーミア、あなたにはこれ。2mの鞭よ。得意でしょ?」

「任せて!」

 カーミアが笑い、鞭を手に取る。  
 紅いドレスが風に舞い、金茶の髪が陽を弾いた。

「エリオス、あなたはこれ。煙幕と火炎瓶。逃げ道を作って」

「う、うん……!」

 震える手でそれを受け取るエリオス。  
 けれど、その瞳には確かな覚悟が宿っていた。

 私は最後に、自分の吹き矢を構える。  
 毒針はすでに装填済み。狙うべき的は、はっきりしている。

 ディートリヒの怒声が響いた瞬間、教会前の空気が爆ぜた──。

「怯むな! 相手は女子供だ! 捕まえろ!」

 その言葉が、どれほど浅はかだったかを、彼はこの数秒後に思い知ることになる。

 私は即座に反応した。

 シュッ──!

 吹き矢が音もなく空を裂き、一直線に飛ぶ。
 狙いは正確。
 私兵の1人が目を見開いたまま、その場に崩れ落ちた。

 そして、戦が始まった。

 エルンストは剣を抜き、迷いなく前線へと躍り出る。
 陽光を弾く鋼の刃が、私兵の槍を受け止めた。
 彼の剣筋は正統派。
 無駄のない動きに、ただ1つの意志が宿っている。

「彼女を守る」

 その想いが、剣を通して伝わってくる。


 カーミアの鞭が唸り、空を裂いた。
 しなやかな軌道が私兵の手から武器を弾き飛ばす。
 紅いドレスが翻り、金髪が舞う。
 まるで舞踏のような動き。
 元・令息のしなやかな体術が、戦場で花開いていた。


 エリオスは震える手で煙幕を投げた。
 白煙が一気に広がり、視界を奪う。
 続けて火炎瓶を投げ込むと、ゴォッと炎が走り、私兵たちが後退した。


 私は吹き矢を構えたまま、戦況を見渡す。
 狙うべきは兵じゃない。
 私の標的は──ディートリヒ。あの男だ。


 私たちは苦戦しながらも、次々と敵を倒していった。
 けれど、カーミアが膝をついた。

「カーミア!」

 私はスカートの中から、ある“切り札”を取り出す。

「あなたの好きな三角木馬よ!」

「そ、それに乗りたい……!」

 カーミアの目が潤む。
 けれど、私は無言でその三角木馬を地面に叩きつけ、粉々に砕いた。

「今は武器にするしかないわ」

 木片を拾い上げ、私兵の顔面に向かって投げつける。

「私の楽しみを! くそっ!」

 カーミアが叫び、火事場の馬鹿力で立ち上がった。  
 そのまま、怒涛の勢いで私兵たちを次々に薙ぎ倒していく。

 私もナイフを抜き、次々に投げた。
 1本、2本、3本──狙いは外さない。


 やがて、教会前に倒れ伏した私兵の数は、30人。  
 全員が地面に横たわり、動かない。

 私は吹き矢を下ろし、ディートリヒを見据えた。

「さて、次は──あなたの番よ」

 ディートリヒは、倒れた私兵たちを見下ろしながら、口元を歪めた。

「ふっ……今日は引き分けだ。
 だが、すぐにマルグリートは俺のところに戻ってくることになる」

 そのまま背を向け、去ろうとした瞬間だった。  

 教会の裏手から、憲兵たちが駆けつけてきた。

「その人が襲撃犯よ!」

 私は即座に指を差す。  
 憲兵たちが一斉にディートリヒを取り囲んだ。

「くそっ、俺に触るな! 俺はリーベンタール公爵だぞ!」

 ディートリヒが怒鳴る。  
 けれど、すぐにエルンストが前に出た。

「僕はブラウエンベルク公爵の長子だ。奴の身柄は、こちらで預かる」

 憲兵たちは顔を見合わせ、どうしていいかわからず立ち尽くした。  

 その一瞬の隙を突いて、ディートリヒは身を翻し、煙の中へと姿を消した。

「……逃げたわね」

 私は舌打ちを噛み殺し、吹き矢を下ろした。

 
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