gimmick-天遣騎士団-

秋谷イル

文字の大きさ
21 / 127
一章・天士と少女

反転攻勢(1)

しおりを挟む
「これは……」

 ──家具職人の一家が襲われた日から四日後の夜、アイズはついに決定的な手がかりを発見した。これまでの魔獣トーイ被害の現場を遡って順に再調査していたところ、最初の事件が起きた場所にそれは落ちていた。

「どうしました副長?」
「この虫を見ろ」
「虫?」
 しゃがんで手を伸ばす彼女。その後ろから覗き込むエアーズ。アイズがつまんで拾ったそれは、なるほど虫の死骸。死んでからかなり時間が経っているらしく完全に干からびており、彼にはなんの変哲も無いように見える。このあたりではよく見る種類。
「ラニカ虫と言いましたか。危険を感じると悪臭を放つやつですね」
 昨年の帝都への侵攻時にも何度か出くわし、連合軍の兵士達に教えてもらった。非常に環境適応力の高い生物で大陸のどこへ行っても生息していると言う。最北のカーネライズにもだ。越冬するため冬の間は人家に入り込むらしい。
「ああ」
 アイズも見たことがある。だからこそ違和感を覚えた。
「見た目はそうだ。だが中は違う」
「えっ?」
「構造が微妙に異なっている。ラニカ虫にそっくり外見だが中身は別物のようだ。むしろあれに近い」

 イリアムが作り出した食人昆虫。多くの人間を苦しめた羽虫。あれを、ありふれた虫に擬態させたような生物に見える。
 しかも体内に石を抱えている。銀色の小さな結晶。歪みの無い球体で人工物を思わせる造形。

「そうか……もしかすると」
 閃いた。突然いるはずのない場所に魔獣が発生する、そのからくりを解き明かせたかもしれない。アイズは静かに立ち上がって周囲に目を凝らす。幸い、それらしき兆候は今は皆無。
 だからこそ急ぐ必要がある。今なら次の被害が生まれる前に対処できる。
 踵を返す彼女。クラリオに呼び戻されてから一ヶ月。ナルガルでの戦いから八ヶ月以上が経過して、ようやく尻尾を掴めた。もう逃がしはしない。
「城へ戻るぞ。団長への報告と確認作業を行う」



「お待ちください! まだ早すぎます!」
「副長!」
 看護師とエアーズに制止されたが、アイズは一切待たなかった。許可など取らず勝手に病院の中を進み、目的の部屋の前で立ち止まる。
 そして命じた。
「鍵を開けろ」
「できません。先生からは、もうしばらく安静にさせるようにと」
「四日経った、十分だろう」
「たった四日です」
 首を横に振る看護師。どうしても鍵を開けるつもりは無いらしい。ならばとアイズは剣の柄に手をかける。
「副長!?」
「ひっ──」
 抜き放ち、エアーズが止めるより早く一閃。看護師を避けて走った刃は病室の扉の錠の部分のみを切断した。速度だけでなく剣筋の正確さも並外れている。
「どけ」
 蒼白になって固まったままの看護師を押し退け、扉を開いて中へ入る彼女。気配に気が付き、例の少女が振り返った。窓から外を眺めていたらしい。
「アイズ様!」
 相変わらず人懐っこい笑みを浮かべ子犬のように駆け寄って来る。対するアイズは表情一つ変えず、そんな少女の眼前に小瓶を突きつけた。中身はさっき見つけた虫の死骸。
「これに見覚えはあるか?」
「!」
 少女は大きく目を見開き、足を止める。笑顔が一転、凍り付いた。そしてその場で頭を抱え、膝をついて叫び出す。
「い、いや……! お父さん、お母さん……! やだっ、やだやだやだっ! いやああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
「リリティアちゃん!?」
 事件後に目を覚まして以来初めて見せる激しい感情。絶望と恐怖、そして嘆き。記憶を封じていた扉が強引にこじ開けられた。急いで駆け寄り抱きしめる看護師。
「む、虫、虫が……集まって……」
「大丈夫、大丈夫よ。ここには怖いものはいない。安心して」
 アイズはそんな二人の様子を観察しつつ耳を傾ける。
「虫……! 虫が、集まって……! 私が、噛まれ……っ、お母さんと、お父さんも……首から血が……! あっ……ああっ……あああ……っ」
「リリティアちゃん、ゆっくり呼吸して」
「わた、私のせいっ! わたし、が──」
「リリティアちゃん!? まずい、誰か! 先生を呼んで!」
「副長!」
 激昂したエアーズが彼女を外へ連れ出す。入れ替わりに駆け付け、中へ入って行く医師。ちょうど近くにいたらしい。
 その時にはもう少女は静かになっていた。先日と同じように虚ろな眼差しで床を見つめ、涙や涎を垂れ流している。また記憶を閉ざすのかもしれない。あるいは完全に心が壊れてしまったか。

 構わない、必要なことは聞けた。

「やはりか」
「何がです!? あんな目に遭わせてまで、何を聞き出したかったんですか!?」
「ここでは言えん。団長のところまで行くぞ、そこで説明する」
「くっ……」
 怒りに拳を震わせ、それでもまだ冷静さを残した部分でそうすべきと判断するエアーズ。アイズをこの場所に留まらせるべきではない。人間と天士、どちらにとっても良い結果を生まない。
 病室の中に視線を戻すと、医師と二人の看護師が凄まじい目付きでこちらを睨んでいた。さっさと失せろと言いたいらしい。言葉にせずとも伝わって来る。
 不甲斐ない。アイズだけでなく自分も悪い。少女があれほど深刻な反応を示すとは予想できなかった。わかっていればもっと強く上官を止めたのに。
 己もまた人の心に対する理解が浅い。ブレイブ以外、天士ギミックは皆そうである。
 気が付くとアイズは歩き出していた。エアーズは逡巡したが、やはり追いかける。少女の無事を祈り、後悔しながらその場を去った。



 同時刻、ブレイブはいつもの執務室にいた。ここはある意味、城で最も守りの堅い場所。街全体を見渡せる塔の最上階にあり、一日の大半の時間は彼が在室している。不在時には必ず施錠するし、頑丈な鉄扉は複製の難しい特殊な鍵を使わない限り開けられない。高価なガラス越しに四方の景色を眺められるが、全ての窓には鉄格子が嵌まっており、まるで囚人の部屋。
 実際に昔、高貴な人物を幽閉していたと聞いた。たしか婚約者の死で正気を失った皇子だったか? なんにせよ窓から侵入することも困難。階段を使わずにここまで登ってくること自体が人間には不可能に近い。
 最強の天士が守り、そして忍び込むのも難しい空間。だからイリアムの研究資料は全てここに運び込まれた。以来、彼が内容を精査し続けている。今もそう。椅子に座って大量の紙束を一枚一枚読み返す作業の繰り返し。
 本当なら燃やしてしまいたい。だが禁忌の知識とは別の有用な情報も記されているかもしれない。そういう建前で残してある。
 部屋の半分を埋め尽くす紙の山。全て一度は目を通した。しかし、見落としなど何一つ無いと断言することはできない。暗号の解読を間違えた可能性もある。むしろ見落としていた情報があってくれとさえ願う。
「ん……?」
 魔獣被害を止める手立てかアイリスを見つけ出す手がかりが欲しい。そう考えて再読を進めていた彼だったが、ふと気配を察して顔を上げた。同時にノックの音が響く。

『団長、アイズだ』
「入れ」

 不便なので在室時には鍵をかけない。許可を出した途端、アイズとエアーズが入室して来た。この二人ということは魔獣関連の話だろう。何か掴んだか、それともまた犠牲者が出てしまったか。
 前者だった。単刀直入に切り出すアイズ。
「魔獣を市街地に発生させる方法がわかった」
「話せ」
「おそらくは、この虫だ」
 机の上に例の小瓶を置くアイズ。ブレイブは眉をひそめる。
「ラニカ虫か?」
「見た目はそうだ、だが中身は違う。これはありふれた昆虫に擬態しているだけの小型の魔獣だ」
「魔獣だと?」
 驚いて改めて観察する。しかし外見からは全く違いがわからない。
「わからんな。これが魔獣だとして、どうやって別の魔獣を生み出す?」
「生み出すのではなく、変わるんだ。ナルガルで私が見た光景を報告しただろう。あの時、魔獣化した人間達の一部がどうなったかを」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...