gimmick-天遣騎士団-

秋谷イル

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二章・夢の終わり

階段の先

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「以上が各隊からの報告です」
「ご苦労」
 城で最も高い尖塔の最上階、団長執務室にて報告を行ったのは天士トークエアーズ。その報告を受け取ったのは団長のブレイブだった。ブレイブは背が高く、絵物語の主人公がそのまま出てきたような甘い顔立ちの美形。それでいて精悍さも併せ持っており、役職通り天士の中の天士と呼び声高い青年である。
 一方、エアーズは神の使徒にしては気弱で容貌にもそれが表れている。背丈はブレイブより少し低い程度。なのに腕の太さは半分程度しかなく全体的に細い。これでも人間相手ならどんな屈強な大男にも負けないほどの力の持ち主ではあるが。
 そんな彼は『声』を遥か遠くにまで届け、そして受け取ることができる力を有しているため伝令役として働いていることが多い。今も高速移動を得意とする他の天士と二人で数日かけて大陸各地を巡り、作戦の進捗状況などの情報を持ち帰って来たところである。
「これで三人のアイリスを倒したか」
「はい」
 副長ノウブルの率いる西方派遣部隊が一人。東に派遣されたリトルリーク隊も一体を発見し撃破している。
「しかし、いずれも向こうから姿を現したことが捕捉に繋がっています。やはり息をひそめて隠れられると発見は厳しいかと」
「わかっている」
 嘆息しながら椅子を押して立ち上がるブレイブ。そう、この後でエアーズが何を言いたいのかも理解している。
「だが、アイズはまだ派遣できない」
「何故です? リリティアへの疑いはもう晴れたでしょう」
 アイズが付きっきりで一ヶ月監視を継続した。それで異常が見つかっていないなら、やはり彼女は普通の人間の子供と考えるべき。
「正直、あの二人の元へ戻るのは気が重いです」
 エアーズは一刻も早くアイズに通常の任務に戻って欲しいと思っている。なにせ彼女の補佐でもある彼は、日に日に上官の機嫌が悪くなっていくのを間近で見続けて来たのだ。
「そう言うな、お前が間に入ってくれないとリリティアはともかくアイズが保たない」
「私の精神もすり減るのですが……」
「嘘をつくな、お前はアイズと一緒にいられるだけで嬉しいだろう」
「な、何を仰る」
 動揺しつつ咳払いするエアーズ。それから表情を正して改めて問いかける。
「団長はやはり、副長に人との付き合い方を学んで欲しいのですか?」
「ああ、その点に関してはお前も同意してたな」
「ええ……」
 先月の一件を思い出し、頷く。この街で頻発していた魔獣被害。その謎を解き明かすためだったとはいえ、両親を喪ったばかりで酷く傷付いていたリリティアにアイズは酷な尋問を行った。彼もやはり、あんな真似は二度として欲しくないと思っている。
 とはいえ、どう見てもアイズとリリティアは相性が悪い。せめてもう少し付き合いやすい相手を見繕って学ばせた方がいいのではないか?
 けれどブレイブは頭を振る。天士達の中で最年長の彼は、他の面々には見えないものでも見えているかのような遠い眼差しで言葉を続けた。
「自分と似たような相手と一緒にいても学べることは少ないぞ。より遠い存在の方が教師としては適役なんだ」
「はあ……」
 そういうものだろうか? 納得しかねる様相で佇むエアーズ。
 直後、ブレイブはさらに何か言おうとした。しかし、その言葉を遮って扉の外から軽やかな足音が響いて来る。木靴が石の段を一歩一歩踏みしめて上がって来る音。
「この音は……」
「来たようだな、大方お前が戻って来たのを聞きつけて迎えに来たんだろう」
 やがて足音は扉の前で止まり、そのかわりにノックの音が響く。
『入っていいですか!』
「どうぞ」
 ブレイブが苦笑と共に答えると、重い鉄扉を黒い甲冑に覆われた細腕が軽々押し開けた。声の主ではなく、その同行者の仕業。
「簡単に許可するな団長」
 苦虫を噛み潰した顔で苦言を呈すアイズ。その腕の下を潜ってリリティアが一足先に入って来る。そしてエアーズの顔を見つけ破顔した。
「エアーズ! おかえり!」
「はは、戻りました」
 駆け寄って来た少女に彼も笑みを返す。この少女はアイズがなかなか構ってくれない時、代理としてエアーズを遊び相手に指名する。だもんだから、この一ヶ月ですっかり懐かれてしまった。
「どこに行ってたの?」
「あちこちに。大陸各地にいる仲間からの報告を受け取り戻って来たところです」
「ふーん、もう終わった?」
「ええ、団長には報告しましたが……」
「構わん、もう行っていいぞ。キッカー共々しっかり休め」
「では失礼します」
「いこっ。団長さん、またね!」
 許しを貰ったエアーズを外へ連れ出すリリティア。だが、アイズだけはその場に留まりブレイブを見据えた。
「なんだ?」
 椅子に座り直し問いかける彼。焦りは無い、こんなこともあろうかとエアーズとキッカーを伝令として派遣し、書面ではなく口頭でのみ情報のやり取りをさせて来た。

 ――そう、大陸各地の仲間達が『アイリス狩り』をしていると示す証拠は、ここには何一つ存在していない。

「私はいつまで子守りを続けたらいい?」
 批判がましい目で上官を見据えるアイズ。ブレイブは内心の喜びをおくびにも出さず厳しい表情で睨み返す。
「音を上げるのか」
「何?」
「もう音を上げるのかと訊いている。まだ一ヶ月だぞ、たったこれだけで終わるような簡単な任務だと思っていたなら認識が甘い。思い出せ、お前は半年かけて追跡したにも関わらず、アイリスを見つけられなかった。彼女の出した謎かけを解くのにも時間を要したな。なのに、たった一ヶ月で完全にリリティアの正体を見極められたとでも言うつもりか?」
「……」
 黙り込むアイズ。どうやら詭弁に上手く乗ってくれたようだ。
 実際のところリリティアの監視など単なる名目に過ぎない。ブレイブにとって本当の目的は目の前にいる彼女の成長を促すことであり、それには一定の成果が出ていると確信できた。
(徐々に反抗的になっている。それでいいんだ)
 反骨心の芽生え、それは自意識が成長した証。以前のように疑問を持たず、どんな命令にも唯々諾々と従ってしまうよりずっと良い。
「焦るな」
 一転、声を柔らかくする。これは本音。彼女はまだ成長を始めたばかり、今はまだゆっくり前進していけばいい。階段を上るように一歩一歩、確実に。
「もう少し続けてみろ」
「……わかった」
 彼女の中でも何かしら折り合いがついたのだろう、ひとまず頷いて背を向けるアイズ。その姿が閉ざされた扉の向こうに消え、リリティア達の声と共に遠ざかっていく。すると、ようやく微笑むブレイブ。
「お前はそれでいい」
 リリティアは良い目くらましにもなっている。彼はまだアイズに複数の『アイリス』が存在する事実を伝えていない。他の団員達にも緘口令を敷いてある。
「それでいいんだ……」
 呟いた彼の瞳は、また遠いどこかを見つめていた。
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